高齢者うつの現状
うつ病の現状
厚生労働省の調査によると、うつ病を含む気分障害の患者数は増加の一途をたどっており、1996年には43万人だった患者数が2017年には127万人と約3倍にまで膨れ上がっています。その原因として情報化社会への移行、雇用の不安定さ等があげられますが、いずれにしてもそれだけストレスフルな社会であるということを表しています。
これまでうつ病の原因として慢性的なストレスと環境の変化があると紹介してきました。その具体的なケースとして、新入社員や20代後半における若年層のうつ病や、管理職など壮年期におけるうつ病について取り上げてきましたが、なにもうつ病は働き盛りの年代のみが罹患する疾患ではありません。ご高齢の方もうつ病になるのです。
高齢者うつ病の現状
出典:『平成30年版厚生労働白書』より(注1)
厚生労働省の同調査によると、気分障害の年齢別患者割合は、20代が6.8%、30代12.9%、40代 21.1%、50代 18.7%、60~64歳 7.6%に対し、65歳以上は 31.7%という結果になっています。
日本人の平均寿命が85歳前後ということもあり、「65歳以上」が含む人数が他の年齢と比べて多いことを加味しても、決して無視できる数値ではないでしょう。ではなぜこれほどまでに高齢者のうつ病が多いのでしょうか。今回は高齢者のうつ病について、うつ病になる原因、高齢者がうつ病になるとどうなるのか、またうつ病にならないためにはどうすればよいのかについてまとめていきます。
高齢者うつの原因
先ほども取り上げたように、うつ病の原因は慢性的なストレスと環境の変化だと考えられています。高齢者のうつ病は他の世代と同様の原因から引き起こされますが、大きく異なる部分が存在します。それは「喪失感を感じる頻度」です。
長い人生の中で様々な人と関係を築くことができた反面、その人たちを失うことで大きな喪失感を感じてしまいます。友人や兄弟、そして両親との死別は特に大きな喪失感を生むでしょう。また、失うのは人だけではありません。長年使っていた物、大切な思い出のある場所など、よりどころを失っていくことは大きなストレスとなります。高齢になればなるほど、このような経験をする機会が増えていくため、その都度、心が疲弊してしまうのです。
また環境の変化も他の世代とは異なっています。例えば新入社員はそれまでの大学生活と社会人生活のギャップを感じ、うつ病へと発展してしまう場合が多く、管理職についても、それまでの業務から管理職として求められる業務への切り替えが上手くいかず、心を病んでしまうケースが多いと紹介させていただきました。しかし、高齢者の場合は突然の身近な人の死から、1人暮らしを余儀なくされたり、施設での生活をせざるを得なかったりなど、突発的かつ選択肢のない中で環境の変化を強いられてしまうことが多いのです。
高齢者うつになると
高齢者のうつ病は、抑うつ気分や食欲の減退/増加など、典型的なうつ病の症状を示す人の割合が低く、特定の症状が出ない、症状の強弱が激しいなどの特徴がみられるため、うつ病だと気づかれず、重症化してしまうケースが多いとされています。
また、意欲や集中力、認知機能の低下がみられることが多いため、認知症と誤解されてしまうことも少なくありません。自覚症状の有無や記憶障害の進行速度、症状が始まった直前の喪失体験の有無など、うつ病と認知症を見分けるポイントはいくつかあります。うつ病と認知症が併発している可能性や他の病気が隠れている可能性もありますので、少しでも異変を感じた際には医療機関への受診を強くお勧めします。
高齢者うつの予防法
うつ病の予防として、人とのつながりの強化が挙げられます。急激で強烈な喪失体験をした際に、自分一人で抱え込んでしまったり、発散できる場がなかったりすると、うつ病の発症リスクは高まってしまいます。
また厚生労働省によって2016年に行われた国民生活基礎調査では、要介護者と介護者の年齢組み合わせにおいて、65歳以上同士が54.7%、75歳以上同士が30.2%という結果が出ており、2001年と比べてもそれぞれ10ポイント以上増加していることがわかっています。
出典:『平成28年 国民生活基礎調査の概況』(注2)
このような高齢者が高齢者を介護する「老々介護」は数年前から問題視されています。介護者の負担が重くなっているだけでなく、「自分がしっかりしないと共倒れになってしまう」という気持ちからますます自分を追い込むことにつながってしまうのです。
そうならないためにも、「自分一人で何とかしよう」と抱え込まないようにしましょう。日ごろから介護サービスを活用し負担を軽減する、趣味や息抜きなどの余暇活動を積極的に取り入れる、老人会などに参加し自分の思いを共感してくれる仲間づくりをするなどの行動をとることで、心の余裕が生まれ、精神的な健康度が増し、うつ病の予防へとつながっていきます。
また、将来の生活についてあらかじめ考えておくことも重要です。急に直面した問題に対してすぐに適応することは誰にとっても簡単ではありません。そこで起こりうる未来についてあらかじめ家族や周囲の人と相談しておけば、万が一の場合でもスムーズに行動に移すことができるでしょう。
最後に
うつ病は誰にでも起こりうる病気です。特に高齢者は身近な人の死や急激で大きな環境の変化などが原因で大きなストレスを感じてしまい、うつ病になりやすいとされています。
他の世代のうつ病とは異なる点が多いため、早期発見・早期治療が難しい場合がありますが、やりがいなど生きる意欲につながる趣味を探したり、老人クラブに積極的に参加して活動の場所を増やしたりすることでうつ予防につなぐことができます。また、早い段階から将来的に起こりうる可能性について考え、家族と話しておくことで将来に対する不安感の低減につながります。
うつ病の要因はコントロールできるものではないため、発症の可能性をゼロにすることはできませんが、あらかじめ対策を講じ、予防行動をとっておくことで、リスクを低く抑えることができます。まずはできるところから始めてみるのはいかがでしょうか。
脚注
注1)厚生労働省(2019)『厚生労働白書:障害や病気などと向き合い、全ての人が活躍できる社会に』, 平成30年版, p.80(参照:2023/8/17)
注2)厚生労働省(2017)『平成28年 国民生活基礎調査の概況:IV 介護の状況』, p.31(参照:2023/8/19)
参考・引用文献
大野裕(編)(2006)『高齢者のうつ病』,金子書房
厚生労働省(2019)『平成29年(2017)患者調査の概況』(参照:2023/8/15)
高橋祥友(2009)『老年期うつ病』, 新訂, 日本評論社
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