働きすぎてうつ病に?
心理学から見た「働く」意味
生きていく上で労働は必要不可欠です。もちろん「お金を稼ぐ」という意味でも重要ですが、心理学の観点から見るともっと別の意味が見えてきます。それが「より高次な欲求の充足」です。
人間には様々な欲求があります。アメリカの心理学者であるマズローは人間の欲求を5段階にわけ、「下位の欲求を満たすとその1つ上の欲求を満たしたくなる」という説を提唱しました。これを「欲求5段階説」と言います。
5つの欲求は以下の通りです。
欲求5段階説
- 生理的欲求:「食べたい・寝たい・子孫を残したい」と願う欲求
- 「安全に暮らしたい」と願う欲求
- 社会的欲求:「他人や集団に受け入れられたい」と願う欲求
- 承認欲求:「他人から認められたい」と願う欲求
- 自己実現欲求:「こんな自分になりたい」と願う欲求
①から④までは欠乏欲求と呼ばれ、それぞれの欲求が満たされないとフラストレーションが溜まり、精神的に不安定な状態になるとされています。
例えば「①生理的欲求」が満たされない、つまり空腹だったり睡眠不足だったりするとイライラしてしまいますし、「④承認欲求」が満たされないと劣等感や無力感を強く感じてしまいます。
5段階のうち①生理的欲求と②安全欲求を満たすことはさほど難しくはありませんが、③社会的欲求、④承認欲求、⑤自己実現欲求は他者と関わる環境や成功体験がないとなかなか満たされません。
しかし労働は誰かに必要とされ、感謝され、認められるわけですから、これらの欲求を満たすのに都合がよいのです。
働きすぎるとうつになる?
前述の通り、金銭的な部分だけではなく精神衛生上でも、働くことで得られる満足感は重要です。
学生時代のテスト期間終了後や長距離走を完走した後に満足感や達成感を味わうことができるように、適度な負担やストレスはメリハリを生みます。
仕事にやりがいを持つことは素晴らしいことですが、過度な労働は逆効果となります。身体的、精神的に疲労が蓄積し続けることになります。どんなに満足感や達成感が得られたとしても長く続けることはできないでしょう。
それではどこからが「働きすぎ」なのでしょうか。
独立行政法人労働政策研究・研修機構による労働政策研究報告書(注1)によると超過労働時間(残業時間)が月間50時間を超えると健康に大きな悪影響があるとしています。仮に1日8時間、月20日働くとすると、1日あたり2.5時間残業する計算になります。通勤時間を含めると、1日の大半を労働時間に充てていることになります。
労働時間が長くなると生活に必要不可欠な食事や睡眠時間、そして余暇の時間が必然的に減少します。その結果、十分な栄養や睡眠をとることができなくなります。欲求5段階説でもふれた通り、①生理的欲求や②安全欲求が満たされないと心理的な安定性が取れなくなり、イライラしたり、抑うつ状態になりやすくなったり、うつ病などの精神疾患に繋がってしまう危険性が高まってしまうのです。
「うつ病かも」と思ったら
ストレスは意外と自分自身で意識できないものです。気が付いた時には心に余裕がなくなっているというケースは決して珍しいことではありません。そのため、睡眠時間は足りているだろうか、バランスの良い食事をとれているのか、月にどれぐらい残業しているのかなど、定期的に自分の状況を振り返っていく必要があります。
また、厚生労働省のホームページには職場でのストレス状態を確認できる「5分でできる職場のストレスセルフチェック」(注2)が掲載されていますので、こちらも活用してみてください。
うつ病の症状に心当たりがある方は以下に対処法をいくつか挙げますので参考にしてください。
①精神科医やカウンセラーに相談する
体や心に異変を感じたり、心配なことがあったりしたら、すぐに近くの精神科や心療内科を受診してください。自分の状態を診てもらい、必要があれば薬を処方してもらうことで抑うつ気分や睡眠問題が改善されます。
また、カウンセリングルームで臨床心理士や公認心理師のカウンセリングを受けることも効果的です。カウンセリングというとハードルが高いように感じるかもしれませんが、自分の心の内をプロのカウンセラーに聞いてもらうことで、客観的に自分を捉えることができるため、それまで気づけなかった自分を知ることができたり、問題解決の手がかりとなったりするかもしれません。
友人や職場の同僚に話を聞いてもらうことも1つの手ですが、必ずしもメンタルヘルスについて知識があるとは限りません。早い段階で専門家に繋がることで、回復までの期間も短くなってきますので、違和感を持った段階で医療機関やカウンセリングルームに足を運ぶことをお勧めします。
②会社に相談する
医師に診断書を書いてもらい「業務量を減らしてもらう」、「時短勤務に変更してもらう」などの配慮を受けることが可能かどうか、会社と話し合いを行ってください。うつ病になった原因が仕事によるストレスなら、根本的な部分を解決しなければ良くなることはありません。
配慮を求める際に「迷惑をかけている」「申し訳ない」といった罪悪感が生まれるかもしれません。しかしうつ病を抱えたまま働き続けるよりも少しずつ回復しながら働いた方が、自分自身はもちろん会社にとってもプラスとなります。
どうしても罪悪感がなくならないなら、「迷惑をかけた分は元気になった後に仕事で返し、うつ病になりそうな職員に対して自らの経験を踏まえてサポートしていこう」と前向きに考えてみてはいかがでしょうか。
③休職・退職を視野に入れる
配慮を受けることが難しい場合や、配慮してもらっても働くことが難しい場合は休職するのも手です。体の傷と違い心の傷は回復が遅く、目に見えないため治ったかどうかがわかりにくいため、一度完全に仕事から離れゆっくり休んでみてください。
最後に
労働はお金の面だけでなく、「人に認められる、必要とされる場」として心の健康にも重要な意味を持ち、人生をより豊かにしてくれる手段です。しかし労働が大きなストレスとなってしまうと、うつ病などの精神疾患へつながりかねません。少しでも自身に異変を感じたら、専門家へ相談し、職場に業務量の削減などを相談することでストレスの原因を取り除いていきます。それでもうまくいかなければ休職や退職を視野に入れるなど、仕事から離れうつ病の治療に専念し、再スタートの準備を自分のペースで行ってみてください。
うつ病の発症には様々な要因が関係してきます。生真面目で責任感が強いといった性格、部署や立場が変わるなど環境の大きな変化、身近な人が亡くなるなどの強烈な出来事など、様々なストレスが積み重なって発症するといわれています。
今回は労働や職場環境に注目してきましたが、うつ病発症の原因としては氷山の一角かもしれません。医師やカウンセラーなどの専門家の意見も参考にしながら、今一度自分を見つめ直していく必要があるのかもしれませんね。
脚注
注1)独立行政法人労働政策研究・研修機構「労働政策研究報告書No.22:日本の長時間労働・不払い労働時間の実態と実証分析」(参:2023/06/15)
注2)こころの耳「5分でできる職場のストレスセルフチェック」, 厚生労働省(参照:2023/06/15)
参考文献
金井篤子(編)(2017)『産業・組織心理学』太田信夫監修, (シリーズ心理学と仕事11), 北大路書房
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