昇進うつとは? ~管理職とうつ病~

昇進はうれしいことばかりではない?

昇進はうれしいことばかりではない?

職場内での働きが評価され、管理職へ昇進することは大変喜ばしいことです。これまでの頑張りが実を結び、これからはより高度な業務を求められることになり、ますます仕事にやりがいをもって取り組めるようになるでしょう。
しかし昇進はいいことばかりではありません。残業代が出なくなる、責任が増える、労働時間が長くなるなど、職場によっては負担ばかりが大きくなる可能性があります。人によっては昇進をマイナスに感じてしまうかもしれません。

昇進して管理職になると、今までのように働くことができなくなり、環境が大きく変化してしまいます。そのため大きなストレスとなり、うつ病へと発展する場合があります。このように昇進できたがゆえに発症するうつ病のことを、俗に「昇進うつ」と呼びます。

管理職のうつ病の実態

ここで管理職になったがためにうつ病を発症してしまった事例を2つ紹介します。

まずは名古屋大学名誉教授である笠原嘉医師が報告している事例です(注1)。
56歳のAさんは大企業に30年以上勤め、上役へと出世しました。3か月ほどして今まで感じたことの無い気持ちの落ち込みを感じて来院し、うつ病と診断されました。症状は軽く1か月の休職でほとんどの症状がなくなり、Aさん自身からも「出勤したい」と申し出がありましたが、念のためにもう1か月休職してからの職場復帰となりました。
しかし出勤開始後10日目ごろから熟睡感の減少、朝の疲労感などの症状を訴えるようになり、1か月後には不安感、職場での息苦しさを訴えるようになりました。
笠原医師は再度休職を勧めましたが「これ以上会社に迷惑をかけることはできない」と拒否、その2か月後に自ら命を絶ってしまいました。

次に厚生労働省が紹介している事例です(注2)。
41歳の5月に課長へ昇進したMさんは、8月中旬ごろから寝つきが悪いにも関わらず朝早く目覚めてしまい、強い疲労感を感じていました。9月ごろには仕事にも支障が出てしまうほどでした。その後精神科診療所を受診し、うつ病と診断され、3か月程度の自宅療養が必要と医師から言われました。
休職1か月目は身体のだるさがひどくなり、午後3時ごろから2~3時間起き上がるのが精いっぱいで、食事も夕食を1食しかとることができませんでした。3か月目で午前中から活動できるようになり始めましたが、会社の産業医と面談した結果、もう3か月休職を延長することになりました。そして5か月目に主治医から正式な復職許可の診断書が発行され、休職から6か月目で復職という判定になりました。

昇進うつの原因

次に昇進うつの原因について考えていきます。
管理職になると業務時間や責任が増加するだけでなく、仕事の質も変わってきます。これまでは平社員として目の前の仕事に向き合ってきましたが、管理職になると日々の業務に加え、部下のマネジメントもしていく必要があります。
残業時間削減や有給休暇取得義務など、働き方改革によって働きやすい職場になりつつある一方で、管理職はその調整を行い、必要があれば自ら現場に立つ必要があります。また、部下のメンタルヘルス管理も欠かせません。
さらに上司からの期待に応え、指示に従っていかなければならない責任感と、部下に対して威厳を見せていかなければならないというプレッシャーの中で仕事を進めていかねばなりません。例え部下の失敗でも管理監督者としての責任を取らなければならないなど、管理者としての重責にも向き合っていかねばなりません。

このように平社員から管理職になることで業務量・質、責任が急激に増加することから、そのギャップについていけず、不適応状態となっていき、うつ病が発症してしまうのです。

管理職がうつ病になるとどうなるのか

では管理職がうつ病になると、待遇面についてはどのようになるのでしょうか。
国家公務員の場合は人事院規則に「職員の身分保障」が定められており、基本的には休職中も同じ官職を維持し、復職時にも休職前と同じ待遇での復職となります。地方公務員は、自治体によって条例に差がありますが、大抵の場合は国家公務員と同様の仕組みが決められています。
民間企業の場合は特に法律によって定められていないため、就業規則によって決められます。そのため企業ごとに休職・復職の取り決めが異なりますが、基本的には同じ部署や役職に戻ることが多いようです。まったく知らない業務や人間関係の中で復職するよりも、ある程度業務や人柄がわかっている部署の方がストレスも少なく、スムーズに復職することができるためです。
先ほどのMさんも、はじめはMさんを課長に推薦したA部長の補佐業務を行うとして担当課長に異動し、時短勤務からはじめ8か月ほどして元の課長職に復職しています。

うつ病にならないためには

うつ病にならないためには

管理職になることは光栄なことではありますが、それだけ責任が重くなります。それをすべて抱え込もうとしてもいずれ限界が来てしまいます。管理職として働きながらうつ病にならないようにするにはどうすればいいのでしょうか。いくつかポイントを紹介します。

①部下に任せる

「業務内容をわかっている自分が作業した方が早いから」「後で修正するのが面倒だから」という理由で部下にさせずに自分でやってしまう場合があると思います。今はそれでうまくいっているかもしれませんが、業務量は増える一方で部下は育っていきません。将来への投資と考え部下の教育に今のうちから取り掛かることで、結果として管理職の業務量が減り、ストレスフルな状況を作りにくくします。

②社内の人間関係を良好にしておく

社内での関係性を作っておくことで業務に追われている際にスムーズに助けを求められるようになります。特に上司や同僚と日ごろから関わりを持っておくことで、改善策のヒントをもらえることもあるでしょう。また、ただ話を聞いてもらうだけでも気持ちが楽になります。

③自分の状態を見直す

日々の生活の中ではなかなか自分の状況について気づくことができません。仕事が忙しいと思った段階で「睡眠はとれているのか」「食欲は以前と比べて落ちていないか」を確認することが大切です。それらが足りていないようなら「どんなに忙しくても8時間は寝る」「3食きっちりとる」など意識的に改善していくことが必要です。家族や友達に今の状態を評価してもらうことで、客観的な情報が得られ、より自分を見直すことができるでしょう。

最後に

人は慣れないことをするときに大きなストレスを感じます。管理職になって今までとは異なる大きな責任や膨大な業務になんなく適応できる人はそうそういません。それだけ管理職は大変な立場です。「自分は管理職に向いていないのでは」「こんなの自分には無理だ」と思い込み、1人で抱え込むのではなく、周囲の人を頼り、少しでも異変を感じたらすぐに医療機関へ受診してください。

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脚注
注1)笠原嘉(1991)「上級管理職の自殺」, 『精神保健研修』, 37, 41-45
注2)こころの耳「課長昇進後にうつ病となった技術者の6か月間自宅療養の経過の事例」, 厚生労働省(参照:2023/7/18)

参考文献
金井篤子・小野公一・角山剛・芳賀繁・永野光朗(2019)「産業・組織心理学を学ぶ: 心理職のためのエッセンシャルズ」, (産業・組織心理学講座 1), 北大路書房

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