トラウマが残り続けるとどうなる? ~PTSDとうつ病の関係~

はじめに

はじめに

芸能事務所における性被害が報道され、メディアで「トラウマ」という言葉が大きく取り上げられ、耳にする機会が増えています。また、今年で発生から100年経過した関東大震災の報道を見て、阪神淡路大震災や東日本大震災のことを思い出す方もいるかと思います。
性犯罪や災害に巻き込まれるといった強烈な体験は、被害者や被災者の心に大きな傷を作ります。一般的には時間の経過とともに記憶が薄れ、少しずつ元の生活に戻ることができるようになりますが、いつまでも心の傷が残り続けてしまうケースがあります。このような場合は単なるトラウマではなく「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」という病名が付き、自然治癒は難しくなってしまいます。PTSDという名称については広く知られていますが、具体的な症状や治療法についてはまだまだ認知されていない部分があります。
そこで今回はPTSDについて基本的な部分から、うつ病との関係性、PTSDの治療方法についてお伝えしていきます。

PTSDとは

PTSDは、生命の危機に瀕する場面を目撃・体験するなど、強烈な恐怖を経験した後に、さまざまな症状が起きてしまう疾患です。日本人の60%が一度はトラウマ体験をするという調査結果がでていますが、そのすべての人がPTSDになるわけではありません。生涯有病率は1.3%といわれており、特段珍しい疾患というわけではありません。
PTSDの原因としては主に

  1. 暴力被害関連イベント(自らの生命の危機につながる暴力、脅し)
  2. 他人の死や重症の目撃
  3. 性的被害
  4. 大切な関係にある者に起きた経験(大切な人の不慮の死や心の傷になるような出来事)

の4つが挙げられます。

トラウマとPTSDの違い

トラウマとPTSDは混同されやすいですが、異なった概念です。
トラウマとは前述の①~④のようなつらい体験が原因によって心の状態に悪影響が及ぶ状態のことで、生活に支障をきたす場合があります。多くの場合は時間経過とともに心の傷が回復していきますが、トラウマ体験が強すぎたり、ショックが記憶に残り続けてしまったりすることで日常生活に影響を与えている状態が4週間以上続いた場合、PTSDと診断されます。

トラウマの種類と複雑性PTSD

トラウマは単回性トラウマと長期反復性トラウマに分類されます。
単回性トラウマとは、自然災害、自動車事故、犯罪など、突発的な出来事によって生じるトラウマのことを指します。一般的にイベント後4週間以内に始まることが多く、3日以上症状が続くこともあります。
単回性トラウマは、1か月以上持続することはない「急性ストレス障害」と6か月以内に始まり、1か月以上続く「PTSD」に分類されます。

それに対し、長期反復性トラウマは虐待やいじめなど、日常的に繰り返される出来事で生じるトラウマのことを指します。長期反復性トラウマの後には「複雑性PTSD」が生じることがあります。複雑性PTSDはPTSDの基本的な症状に加えて、感情の調節や対人関係に困難がある、外部からの刺激に対して過剰反応を示すなどの症状が見られます。

PTSDの症状

PTSDの症状は大きく分けて4つあります。

侵入症状、再体験症状

トラウマとなる体験をした時の恐怖感や危機感が、自分の意思とは関係なく、何度も鮮明に思い出され、まるで当時に巻き戻されたかのように感じる症状を指します。

過覚醒症状

心が休まらず、常に気持ちが高ぶったような状態が続き、ドキドキしたり、物音にも過剰なほど敏感になったりする症状のことです。少しのことでイライラしやすくなり、それまで温厚な性格だった人でも怒鳴り散らすようになります。

回避・麻痺症状

トラウマとなった出来事を思い出させるもの(場所や一緒にいた人など)を避けるようになる、出来事の前後の記憶を思い出せなくなる、出来事があったことをまるでひとごとのように感じるようになるといった症状を指します。

認知と気分の陰性変化

出来事が起こるまで楽しめていた趣味などが楽しめなくなる、「うれしい」や「楽しい」といったポジティブな感情を持てなくなる、興味関心が薄れる、物事に対して過剰に否定的な感情を持つようになります。

PTSDの症状は個人差があるため、全ての症状が出るとは限りませんが、どれも日常生活に支障をきたす症状ですので、早期治療が必要となります。

PTSDとうつ病の関係

PTSDの症状

PTSDの症状が続くことで、心身ともに疲弊していきます。その結果、他の精神障害を併発することも珍しくありません。なかでもうつ病を併発する方は多く、川上らの研究(注1)ではPTSDとうつ病の併発率は約50%という結果も出ています。

PTSDの治療法

PTSDとうつ病の症状が似ていることもあり、PTSDの治療薬としてSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が用いられます。幸せホルモンと呼ばれるセロトニンの働きを活性化させることで、症状の緩和を促します。
また、心理療法も有効とされています。なかでも認知行動療法の一つである持続エクスポージャー法が用いられることが多いです。持続エクスポージャー法とは、PTSDの原因となっている出来事を思い出さないようにしている患者に対して、あえて思い出させたり、当時の様子を話させたりすることによって、不安や不快感との向き合い方や自身のリラックスの仕方を体験的に学び、トラウマとなった出来事と上手く付き合っていく術を身につける療法です。
その他にも「眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)」や認知処理療法(CPT)が治療法として挙げられますが、いずれも熟練した技術と知識が必要となりますので、有資格者の治療が必要となります。

まとめ

生命の危機に瀕する場面や強烈な恐怖体験を経験した記憶が生活に支障をきたし、時間経過とともに改善しない場合、PTSDの可能性があります。PTSDは自然に治る疾患ではありません。そのままにしておくと、うつ病などの他の精神疾患を併発する可能性もあります。医療機関での薬物療法や有資格者からの心理療法を用いて、早期の治療を行っていきましょう。

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脚注
注1) Norito Kawakami, et al.(2014)"Trauma and posttraumatic stress disorder in Japan: results from the World Mental Health Japan Survey", J Psychiatr Res, 53, 157-165(閲覧:2023/09/15)

参考文献
川上憲人(2010)『トラウマティックイベントと心的外傷後ストレス障害のリスク』[PDF:1.42MB](閲覧:2023/09/15)
金吉晴(2014)『トラウマとうつ病との関連について』[PDF:98KB](閲覧:2023/09/15)
原田誠一(2021)『複雑性PTSDの臨床:“心的外傷~トラウマ”の診断力と対応力を高めよう』, 金剛書房

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