躁鬱の原因とは?遺伝・脳機能・ストレスの影響を解説

躁鬱(そううつ)病、正式には双極性障害と呼ばれるこの病気は、単なる気分の浮き沈みとは異なり、医学的な治療が必要な精神疾患です。
気分が異常に高揚したり活動的になったりする「躁状態」と、意欲や活動性が低下し強い悲しみを感じる「うつ状態」を繰り返すことが特徴です。
これらの気分の波は日常生活に大きな影響を及ぼし、本人だけでなく周囲の人々も混乱させることがあります。

なぜ、このような極端な気分の波が生じるのでしょうか。躁鬱病の原因は一つだけではなく、様々な要因が複雑に絡み合っていると考えられています。
この記事では、躁鬱病の主要な原因として考えられている医学的な側面、そして病気の発症や悪化に関わる環境的・心理的な要因について詳しく解説します。
また、どのような症状が現れるのか、どのように診断され、どのような治療法があるのかについても触れていきます。
躁鬱病への理解を深めることは、適切な対応や早期の専門家への相談につながります。

躁鬱症の定義と特徴

躁鬱症、医学的には「双極性障害」と呼ばれます。
これは、単に「気分屋」とか「感情の起伏が激しい」といった日常的な表現とは一線を画す、脳の機能障害に基づく精神疾患です。
最も顕著な特徴は、極端な気分の波、すなわち「躁状態(または軽躁状態)」と「うつ状態」を繰り返すことです。
これらの状態は、その人の普段の気分や行動からはかけ離れており、日常生活や社会生活に著しい支障をきたします。

双極性障害にはいくつかのタイプがあります。

  • 双極I型障害: 典型的には、重度の躁状態とうつ状態を経験します。躁状態は1週間以上続き、入院が必要になるほどの重症度になることもあります。
  • 双極II型障害: 重度のうつ状態と、双極I型ほど重くない「軽躁状態」を経験します。軽躁状態は通常4日以上続きますが、社会生活に著しい支障をきたすほどではないことが多いです。しかし、その後に続くうつ状態が重いことが特徴です。
  • 気分循環性障害: 双極I型やII型ほど極端ではない、軽躁状態とうつ状態の軽度の症状が長期間(成人で2年以上)続きます。気分の波はありますが、それぞれの期間が診断基準を満たすほど明確ではない場合に診断されます。

これらの病型に共通するのは、気分の波が本人自身の意思ではコントロールできない点です。
気分が高揚している時も、落ち込んでいる時も、それは病気によるものであり、適切な治療が必要です。

躁鬱症の主要な原因と学説

躁鬱症の正確な原因はまだ完全に解明されていませんが、近年の研究により、いくつかの要因が複雑に関係し合って発症すると考えられています。
主な原因論として、生物学的な要因、特に遺伝、脳の機能、そして神経伝達物質のバランスが挙げられます。

遺伝的要因と家族歴

躁鬱症は、遺伝的な要因が発症に大きく関わっていると考えられています。
家族の中に躁鬱症の人がいる場合、そうでない人に比べて発症リスクが高まることが、多くの研究で示されています。

例えば、双極性障害の患者さんの親族における発症率は一般人口よりも高い傾向があります。
特に、一卵性双生児の研究では、一方が双極性障害の場合、もう一方も発症する確率は二卵性双生児よりも高いことがわかっています。
これは、遺伝情報が完全に一致する一卵性双生児において、遺伝の影響がより強く現れることを示唆しています。

しかし、遺伝が全てを決めるわけではありません。
「遺伝する」というのは、「遺伝的な傾向がある」という意味であり、特定の遺伝子があるからといって必ず発症するわけではありません。
複数の遺伝子が少しずつ影響し合い、そこに後述する環境要因が加わることで、発症のリスクが高まると考えられています。
遺伝子は、あくまでも病気に対する「脆弱性(かかりやすさ)」を高める要因の一つなのです。

脳の構造および機能の異常

近年の脳画像研究(MRIやPETなど)により、躁鬱症の患者さんの脳では、健常者とは異なる構造や機能が見られることが報告されています。
特に、感情の制御、意思決定、衝動性のコントロールなどに関わる脳の領域に違いがある可能性が指摘されています。

具体的には、以下のような領域における異常が研究されています。

  • 前頭前野: 思考、計画、意思決定、社会的な行動の制御などを司る脳の司令塔とも言える部分です。躁鬱症では、この領域の活動が低下している、あるいは異常な活動パターンを示すといった報告があります。衝動的な行動や判断力の低下と関連している可能性があります。
  • 扁桃体: 感情、特に恐怖や不安といった情動反応に関わる領域です。躁鬱症の患者さんでは、扁桃体が過活動になることで、気分の不安定さや感情の制御困難が生じる可能性が考えられています。
  • 海馬: 記憶や学習に関わる領域ですが、気分の制御にも関与しているとされています。うつ状態では、海馬の体積が減少するという報告もあり、長期的なストレスの影響や、気分の落ち込みとの関連が研究されています。
  • 辺縁系: 感情や記憶、意欲などに関わる複数の構造(扁桃体、海馬、視床下部など)からなるネットワークです。躁鬱症では、辺縁系全体の活動異常や、他の脳領域との連携の障害が指摘されています。

これらの脳領域における構造的・機能的な違いは、躁鬱症の病態と密接に関連していると考えられます。
ただし、これが原因なのか、あるいは病気の結果として生じた変化なのか、あるいは別の要因によって引き起こされた変化なのかなど、まだ研究段階の部分も多いです。

神経伝達物質のバランス失調(セロトニン、ドーパミンなど)

脳内では、神経細胞同士が情報をやり取りするために「神経伝達物質」という化学物質を利用しています。
これらの神経伝達物質のバランスが崩れることが、躁鬱症の発症に関与しているという学説は古くから提唱されています。

特に注目されている神経伝達物質は以下の通りです。

  • セロトニン: 気分、睡眠、食欲などに関わる物質です。「幸せホルモン」とも呼ばれ、うつ病との関連が深く研究されています。躁鬱症のうつ状態においても、セロトニンの働きが低下している可能性が考えられています。
  • ノルアドレナリン: 覚醒、注意力、意欲、ストレス反応などに関わる物質です。うつ状態ではノルアドレナリンの働きが低下し、躁状態では逆に過剰になるという説があります。
  • ドーパミン: 意欲、快感、報酬系、運動制御などに関わる物質です。躁状態の活動性の増加や高揚感、快感追求行動には、ドーパミンの過剰な働きが関与している可能性が指摘されています。
  • GABA (γ-アミノ酪酸): 脳の興奮を抑える抑制性の神経伝達物質です。GABAの機能低下が、気分の不安定さや不安の増強に関与している可能性も考えられています。
  • グルタミン酸: 脳の興奮に関わる主要な興奮性の神経伝達物質です。グルタミン酸系の機能異常も、躁鬱症の病態に関わっている可能性が示唆されており、新たな治療薬の研究対象となっています。

これらの神経伝達物質は単独で働くのではなく、複雑なネットワークを形成しています。
躁鬱症では、特定の物質の量や受容体の機能異常だけでなく、神経伝達物質間のバランスや、それらを介した脳領域間の情報伝達の障害が問題となっていると考えられています。

誘発または悪化させる環境的・心理的要因

生物学的な要因に加えて、生活環境や心理的な要因も、躁鬱症の発症を誘発したり、症状を悪化させたり、あるいは再発のリスクを高めたりすることがわかっています。
遺伝的な脆弱性を持つ人が、特定の環境要因にさらされることで発症するという「ストレス脆弱性モデル」が支持されています。

生活ストレスイベントの影響

大きなストレスは、躁鬱症の発症や再発の引き金となる可能性があります。
人生における大きな変化や困難な出来事は、心身に大きな負荷をかけます。

具体的なストレスイベントの例としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 人間関係のトラブル: 家族との不和、恋愛関係の破綻、友人との関係悪化など。
  • 仕事や学業に関する問題: 失業、降格、過重労働、受験失敗、就職活動の難航など。
  • 経済的な問題: 借金、破産、収入の激減など。
  • 死別: 大切な人との別れ。
  • 引っ越しや環境の変化: 新しい場所での生活、転職、入学など。
  • 身体的な病気や怪我: 重い病気にかかる、事故に遭うなど。
  • トラウマ体験: 虐待、災害、犯罪被害など。

これらのストレスは、脳内の神経伝達物質のバランスを崩したり、脳の機能に影響を与えたりすることで、気分の波を引き起こしやすくすると考えられています。
特に、予測不可能で制御困難なストレスは、より影響が大きいとされています。

睡眠障害と生活リズムの乱れとの関連

睡眠と躁鬱症には密接な関連があります。
睡眠障害は躁鬱病の重要な症状の一つですが、同時に、睡眠や覚醒のパターンが乱れること自体が、躁状態やうつ状態を誘発する要因となることが知られています。

例えば、

  • 睡眠不足: 徹夜が続いたり、睡眠時間が極端に短くなったりすることは、躁状態を誘発するリスクを高めることが指摘されています。
  • 不規則な生活リズム: 日によって寝る時間や起きる時間が大きく変動するなど、体内時計(概日リズム)が乱れることも、気分の不安定さにつながります。特に、社会的なリズム(仕事や学校の時間、食事の時間など)との同期が崩れることが問題となります。
  • 海外旅行や夜勤: 時差や勤務時間の変更により、急激な睡眠・覚醒リズムの変化が生じることも、病状に影響を与えることがあります。

睡眠は、脳機能や神経伝達物質の調節に重要な役割を果たしています。
安定した生活リズムと十分な睡眠を確保することは、躁鬱病の症状を安定させるために非常に重要です。

物質乱用と薬剤の潜在的リスク

アルコールや違法薬物の使用は、躁鬱病の症状を悪化させたり、再発のリスクを高めたりすることが広く知られています。
これらの物質は脳の神経伝達物質系に直接作用するため、気分の波を激しくさせたり、精神病症状(幻覚や妄想)を引き起こしたりすることがあります。

  • アルコール: うつ状態の時に気分を紛らわすために飲酒量が増えたり、躁状態の時に衝動的に多量飲酒したりすることがあります。アルコールは気分を不安定にし、治療薬の効果を妨げる可能性もあります。
  • 違法薬物: 覚醒剤やコカインなどは、脳内のドーパミンなどを急激に放出させるため、強い高揚感や活動性の増加を引き起こし、躁状態とよく似た、あるいはより重篤な状態を引き起こす可能性があります。大麻なども、精神症状に影響を与える可能性が指摘されています。

また、一部の処方薬も、躁鬱病の病状に影響を与える可能性があります。
特に注意が必要なのは、うつ病の治療に用いられる抗うつ薬です。
うつ状態の患者さんに抗うつ薬を使用した場合、効果が出てくる過程で躁転(うつ状態から躁状態へ移行すること)するリスクが指摘されています。
そのため、躁鬱病の診断がある、あるいは疑われる場合には、抗うつ薬の使用には慎重な判断が必要です。
その他、ステロイドや甲状腺ホルモン剤なども、気分の変動に関与する可能性があります。
必ず医師に相談し、処方された薬は自己判断で中止・変更しないことが重要です。

これらの環境的・心理的要因は、生物学的な脆弱性を持つ人にとって、病気を「オン」にするスイッチのような役割を果たすと考えられます。
これらの要因に対処し、管理することは、病気の発症予防や再発予防において非常に重要な意味を持ちます。

躁鬱症のよくある前兆と異なる発作期の症状

躁鬱症は、その気分の波が特徴ですが、発症前や各エピソードが始まる前には、何らかの前兆が見られることがあります。
また、躁状態、軽躁状態、うつ状態、混合状態ではそれぞれ異なる症状が現れます。
これらの症状を理解することは、早期発見や病状の悪化を防ぐ上で役立ちます。

自分が躁鬱症かもしれないと感じたら?

もし、以下のような点に当てはまる場合、躁鬱症の可能性を考えて専門家(精神科医や心療内科医)に相談してみることをお勧めします。

  • 以前の自分とは明らかに違う、極端な気分の高まりや落ち込みを経験するようになった。
  • 気分の高まりがある時期は、ほとんど眠らなくても平気で、たくさんの活動をこなせるが、後で必ず落ち込みが来る。
  • 気分の波によって、仕事や学業、人間関係などに大きな支障が出ている。
  • 家族や友人から「最近、様子がおかしい」「前とは違う」と言われるようになった。
  • 衝動的な行動が増え、後で後悔することがよくある(例:高額な買い物を衝動的にする、向こう見ずな行動をとる)。
  • 理由もなくひどく落ち込み、何もする気が起きなくなり、楽しいと感じていたことにも興味がなくなった時期がある。
  • 家族に躁鬱病の人がいる。

これらのサインは、必ずしも躁鬱病を意味するものではありませんが、可能性を示す重要な手がかりとなります。
自己判断せずに、専門家の意見を聞くことが最も大切です。

躁期および軽躁期の行動特性

躁状態と軽躁状態は、気分の高まりや活動性の増加が見られる状態ですが、その重症度によって区別されます。
躁状態は、社会生活や職業生活に著しい支障をきたすか、入院が必要なほど重い状態を指します。
軽躁状態は、社会生活に著しい支障はないものの、明らかな変化が見られる状態です。

躁期・軽躁期に見られる主な症状は以下の通りです。

気分の劇的な変化:高揚、易怒、またはそわそわ感

  • 気分が高揚する: 必要以上に陽気で、自信に満ち溢れているように見えます。根拠のない万能感や誇大妄想を抱くこともあります。
  • 気分が易怒的またはそわそわする: 高揚感だけでなく、非常に怒りっぽくなったり、些細なことでイライラしたりします。落ち着きがなく、そわそわしてじっとしていられない様子が見られます。

精力、活動量、睡眠欲求の変化

  • 活動的になる: 普段よりも精力的に動き回り、多くの計画を立てたり、様々なことに手を出したりします。エネルギーに満ち溢れているように見えます。
  • 睡眠時間の減少: 眠らなくても全く疲労を感じず、短時間睡眠で十分だと感じます。何日も連続してほとんど眠らないこともあります。
  • 多弁になる: 普段よりも非常によくしゃべるようになり、話が止まらなくなります。早口になることもあります。

思考、会話、判断力の変化(観念奔逸)

  • 思考が速くなる(観念奔逸): 次々と新しい考えが浮かび、話があちこちに飛んでしまいます。関連性のない話題が混ざったり、話についていくのが困難になったりします。
  • 注意散漫になる: 一つのことに集中できず、外部の刺激にすぐに気が散ってしまいます。
  • 自己評価が肥大する: 自分の能力や重要性を過大に評価し、現実離れした自信や誇大妄想を抱くことがあります。「自分は何でもできる」「自分は特別な人間だ」などと考えます。
  • 判断力が低下する: リスクを軽視し、現実的でない計画を立てたり、衝動的な決定を下したりします。

衝動制御の困難と危険な行動(過度な出費、無謀な行動)

  • 衝動的な行動: 後先考えずに行動します。買い物、ギャンブル、投資、性的な行動、運転などにおいて、リスクの高い行動をとることがあります。
  • 過度な出費: 必要のない高額な買い物をしたり、借金をしてまで散財したりします。
  • 無謀な行動: 危険な性行為、無謀な運転、無計画な起業など、自分自身や他人を危険にさらす行動をとることがあります。

これらの症状は、本人にとっては非常に心地よく感じられることもありますが、周囲の人々にとっては非常に困惑するものであり、大きなトラブルを引き起こす可能性があります。

鬱期(うつ病)の症状表現

躁鬱病のうつ期は、単極性うつ病の症状とよく似ています。
気分の落ち込みや意欲の低下が中心となります。

うつ期に見られる主な症状は以下の通りです。

  • 気分の落ち込み: 強い悲しみや憂鬱感を感じます。一日中、ほとんど毎日続くことが特徴です。
  • 興味や喜びの喪失: 以前は楽しめていたこと(趣味、仕事、人間関係など)に対して、全く興味や喜びを感じなくなります。
  • 食欲や体重の変化: 食欲が減退して体重が減少することもあれば、逆に過食になって体重が増加することもあります。
  • 睡眠障害: 不眠(寝つきが悪い、夜中に目が覚める、早朝覚醒)が最も多いですが、過眠(いくら寝ても眠い、一日中寝てしまう)が見られることもあります。
  • 精神運動性の変化: 思考や動作が著しく遅くなる(精神運動抑制)こともあれば、逆に落ち着きがなくそわそわする(精神運動焦燥)こともあります。
  • 倦怠感や疲労感: 体がだるく、疲れやすく、何もする気力が湧きません。
  • 無価値感や罪悪感: 自分には価値がないと感じたり、過去の出来事に対して過度な罪悪感を抱いたりします。
  • 集中力や思考力の低下: 物事に集中できず、考えがまとまらない、決断ができないといった状態になります。
  • 希死念慮または自殺企図: 死にたいと考えるようになったり、実際に自殺を試みたりすることがあります。これはうつ状態の最も危険な症状の一つです。

これらのうつ症状は、社会生活や職業生活に著しい支障をきたします。
躁鬱病の場合、このうつ状態が非常に重く、期間が長いことも珍しくありません。

混合エピソードとラピッドサイクラー

躁鬱病の中には、典型的ではない病型もあります。

  • 混合エピソード: 躁状態とうつ状態の症状が、ほぼ同時に現れるか、非常に短期間で交互に現れる状態です。例えば、気分は落ち込んでいるのに、思考が速く多弁である、あるいは、気分は高揚しているのに、同時に強い不安や焦燥感を感じるといった状態です。この状態は、診断が難しく、自殺のリスクが高いとも言われています。
  • ラピッドサイクラー(急速交代型): 1年の間に、躁状態(または軽躁状態)、うつ状態、あるいは混合状態のいずれかが4回以上繰り返される病型です。通常の双極性障害よりも気分の波が頻繁に訪れるため、症状のコントロールがより難しい場合があります。

これらの非典型的病型も存在することを理解しておくことは、正しい診断と治療を受ける上で重要です。

躁鬱症の診断方法

躁鬱症の診断は、単一の検査(例えば血液検査や脳画像検査)で確定できるものではありません。
患者さんの症状、病歴、家族歴、そして経過を詳しく聞き取り、精神科医が総合的に判断して行います。

精神疾患診断統計マニュアル(DSM-5)に基づく診断

躁鬱症を含む精神疾患の診断は、世界的に広く使用されている「精神疾患診断統計マニュアル(DSM)」という診断基準に基づいて行われることが一般的です。
現在は第5版(DSM-5)が最新です。

DSM-5では、躁鬱病(双極性障害)を診断するために、特定の期間内に特定の数の症状が現れていること、そしてそれが社会生活や職業生活に明らかな支障をきたしていることなどが詳細に規定されています。
例えば、双極I型障害の躁エピソードの診断には、「異常かつ持続的に高揚し、開放的または易怒的な気分、および異常かつ持続的に増大した目標指向性の活動またはエネルギーが、少なくとも1週間、ほとんど毎日、一日中続いている期間」に加え、特定の症状(自己評価の肥大、睡眠欲求の減少、多弁、観念奔逸、注意散漫、目標指向性活動の増加、快楽的活動への過度の熱中)が4つ以上(気分が易怒的な場合は5つ以上)存在することなどが基準とされています。
うつエピソードや軽躁エピソードについても同様に詳細な基準が設けられています。

これらの基準に照らし合わせながら、患者さんの状態を評価します。

専門医による臨床的評価

診断基準はあくまでガイドラインであり、実際の診断は精神科医による詳細な臨床的評価が不可欠です。
医師は、以下のような情報をもとに診断を進めます。

  • 詳細な問診: 現在の症状、いつから始まったのか、どのような経過をたどってきたのか、気分の波のパターン(躁状態、うつ状態それぞれの期間や頻度、症状の重さなど)について詳しく聞き取ります。
  • 病歴と既往歴: 過去にかかった病気、受けた治療、服用している薬(処方薬、市販薬、サプリメントなど)、アレルギーなどについて確認します。特に、過去に躁状態やうつ状態を経験したことがあるかどうかが重要です。
  • 家族歴: 血縁者に躁鬱病や他の精神疾患にかかった人がいるかどうかを確認します。遺伝的な要因を知る上で重要な情報です。
  • 生活状況: 仕事、学業、人間関係、睡眠、食生活、ストレスの状況、アルコールや薬物の使用状況など、患者さんの全体的な生活状況について把握します。
  • 精神状態の観察: 診察時の患者さんの言動、表情、思考の内容、感情の安定性などを観察します。
  • 他の病気との鑑別: 躁鬱病と似た症状が現れる他の精神疾患(うつ病、統合失調症、注意欠如・多動症(ADHD)など)や、身体疾患(甲状腺機能亢進症や低下症、脳腫瘍など)、薬剤の影響などを鑑別する必要があります。必要に応じて、血液検査や脳画像検査が行われることもあります。

躁鬱病の診断は、特に軽躁状態の場合は患者さん自身が病気として認識していないことも多いため、非常に難しいことがあります。
また、うつ状態で医療機関を受診し、単極性うつ病と診断されて治療が開始された後に、躁転して初めて躁鬱病であったことが判明するというケースも少なくありません。
正確な診断のためには、経験豊富な専門医による丁寧な評価が不可欠です。

躁鬱症の治療法と目標

躁鬱症は慢性的な経過をたどることが多い病気ですが、適切な治療を受けることで症状をコントロールし、安定した生活を送ることが十分に可能です。
治療の目標は、急性期の症状(躁状態やうつ状態)を沈静化させること、そして症状が落ち着いた後も再発を予防し、社会的な機能を回復・維持することです。

治療は、主に薬物療法と心理療法、そして安定した生活習慣の確立を組み合わせた包括的なアプローチで行われます。

薬物療法の重要性と種類

薬物療法は、躁鬱症の治療において最も中心的な役割を果たします。
躁状態やうつ状態といった病的な気分の波を直接的に調整し、症状を安定させる効果が期待できます。
躁鬱病は脳機能の異常に基づく病気であるため、脳内の神経伝達物質のバランスなどを整える薬が有効なのです。

躁鬱病の治療に用いられる主な薬剤の種類は以下の通りです。

  • 気分安定薬: 躁状態とうつ状態の両方を抑制し、気分の波を小さくする効果があります。躁鬱病治療の根幹となる薬剤です。代表的なものに、リチウム、バルプロ酸ナトリウム、カルバマゼピン、ラモトリギンなどがあります。それぞれ効果や副作用のプロファイルが異なるため、患者さんの状態や病型に合わせて使い分けられます。
  • 非定型抗精神病薬: 躁状態の鎮静効果に優れているものが多く、急性期の躁状態の治療に頻繁に用いられます。また、一部の非定型抗精神病薬は、うつ状態にも効果があり、長期的な気分安定効果も期待できるため、維持療法として用いられることもあります。代表的なものに、オランザピン、クエチアピン、リスペリドン、アリピプラゾール、ルラシドンなどがあります。
  • 抗うつ薬: うつ状態が重い場合に使用されることがありますが、単独での使用は躁転のリスクを高める可能性があるため、通常は気分安定薬や非定型抗精神病薬と併用されます。使用にあたっては慎重な判断が必要です。
  • 抗不安薬/睡眠薬: 急性期の不安や不眠に対して、一時的に使用されることがあります。依存性のリスクがあるため、漫然と長期にわたって使用することは避けるのが一般的です。

薬物療法は、症状が改善した後も、再発予防のために継続して行うことが非常に重要です。
自己判断で薬を中止したり、量を減らしたりすると、高確率で再発することが知られています。
医師の指示通りに正しく服用することが、安定した状態を維持するための鍵となります。

心理療法(認知行動療法、対人関係・社会リズム療法)

薬物療法と並行して、あるいは寛解期において、心理療法も重要な役割を果たします。
心理療法は、病気に対する理解を深め、症状への対処法を身につけ、再発予防のためのスキルを習得することを目的とします。

躁鬱病に有効とされる主な心理療法は以下の通りです。

  • 認知行動療法(CBT): 自分の思考パターン(認知)と感情、行動の関係を理解し、非適応的な思考パターンを修正することで、気分の安定を図ります。特にうつ状態に対する効果が期待できるほか、躁状態の前兆に気づき、早期に対処するスキルを身につけるのにも役立ちます。
  • 対人関係・社会リズム療法(IPSRT): 対人関係の問題と社会的なリズム(特に睡眠・覚醒リズム)の安定に焦点を当てた療法です。対人関係のストレスは気分の波を誘発しやすく、また、睡眠や活動の不規則さは躁鬱病の病状に直接影響するため、これらの要素を安定させることで気分の安定を目指します。定期的な生活リズムを確立することの重要性を強調します。
  • 家族療法: 患者さんだけでなく、家族も一緒に参加する療法です。家族が病気について理解を深め、患者さんとのコミュニケーション方法を改善し、再発の前兆に気づいて協力して対処できるような支援を行います。家族のサポートは、患者さんの予後を大きく左右するため、非常に重要です。

心理療法は、薬物療法だけではカバーできない、病気との付き合い方や生活上の課題解決に役立ちます。
医師やカウンセラーと協力して、自分に合った心理療法を選択することが大切です。

安定した生活習慣とストレス管理の確立

規則正しい生活と適切なストレス管理は、躁鬱病の再発予防において極めて重要です。
体内時計を整え、心身の負担を減らすことが、気分の波を安定させることにつながります。

実践すべきことの例を挙げます。

  • 規則正しい睡眠: 毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きるように努めます。睡眠不足は躁転のリスクを高めるため、十分な睡眠時間を確保することが大切です。
  • 規則正しい食事: 毎日決まった時間にバランスの取れた食事を摂ります。
  • 適度な運動: 定期的な運動は、気分の安定やストレス軽減に効果があることが知られています。ウォーキングや軽いジョギングなど、無理なく続けられるものが良いでしょう。
  • カフェインやアルコールの制限: これらは睡眠や気分に影響を与えるため、控えることが推奨されます。
  • ストレスの特定と対処: どのような状況でストレスを感じやすいかを知り、自分なりのストレス解消法(リラクゼーション、趣味、休息など)を見つけて実践します。
  • 生活リズムの記録: 気分、睡眠時間、活動内容などを毎日記録することで、自分の気分の波のパターンや、躁状態・うつ状態の前兆に気づきやすくなります。

これらの生活習慣の調整は、すぐに効果が現れるものではありませんが、継続することで徐々に気分の安定につながります。

躁鬱症との付き合い方:患者さん本人と家族へのアドバイス

躁鬱症は長期的な付き合いが必要な病気ですが、適切な治療と周囲のサポートがあれば、症状をコントロールし、病気になる前と同じような、あるいはそれ以上に豊かな生活を送ることが可能です。
ここでは、患者さん本人とご家族に向けたアドバイスをいくつかご紹介します。

社会的サポートとリソースの活用

一人で病気と向き合う必要はありません。
利用できるサポートやリソースはたくさんあります。

  • 医療チームとの連携: 主治医(精神科医)、看護師、薬剤師、臨床心理士、精神保健福祉士など、医療機関の専門家と積極的にコミュニケーションを取りましょう。病状や治療に関する疑問、生活上の悩みなどを相談できます。
  • デイケア/リワークプログラム: 症状が安定してきた段階で、社会参加や職場復帰を目指すためのプログラムです。同じような経験を持つ仲間との交流や、生活リズムを整える訓練、対人スキル訓練などを受けることができます。
  • 患者会/自助グループ: 同じ病気を持つ人たちと経験や悩みを共有する場です。孤独感を軽減し、ピアサポートを得ることができます。
  • 家族会: 患者さんを支えるご家族のための会です。病気について学び、家族同士で支え合うことができます。
  • 精神保健福祉センターや保健所: 地域にある公的な機関です。相談支援、医療機関の紹介、利用できる制度に関する情報提供などを行っています。
  • 障害者手帳や障害年金: 病状によって、これらの制度を利用できる場合があります。経済的な支援や様々なサービスを受けるための手続きについて、医療機関の相談員や精神保健福祉士に相談できます。

これらのリソースを積極的に活用することで、病気との付き合い方が楽になり、社会生活を送りやすくなります。

躁鬱症患者のリカバリーと予後

躁鬱症は、完治というよりは「寛解(症状が落ち着いて安定した状態)」を目指し、再発を予防しながら病気と付き合っていく病気です。
リカバリーとは、単に症状がなくなることだけでなく、病気を持ちながらも自分らしい生き方を取り戻し、社会とのつながりを再構築していくプロセスを指します。

リカバリーの可能性と課題

適切な治療とサポートがあれば、多くの患者さんが症状を安定させ、仕事や学業を再開し、人間関係を良好に維持するといったリカバリーを達成することが可能です。
しかし、躁鬱病は慢性の経過をたどることが多く、再発のリスクがゼロになるわけではありません。

リカバリーにおける主な課題としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 病識(病気であるという認識)の獲得: 特に躁状態の時には自分が病気であるという認識を持ちにくく、治療を中断してしまうことがあります。
  • スティグマ(偏見): 精神疾患に対する社会的な偏見により、病気を隠したり、サポートを求めにくくなったりすることがあります。
  • 再発への不安: 症状が落ち着いても、「また再発するのではないか」という不安を抱えることがあります。
  • 治療の継続: 長期にわたる薬物療法や通院を継続することが難しい場合があります。
  • 生活上の課題: 症状が落ち着いても、仕事や経済的な問題、人間関係の困難さなどが残る場合があります。

これらの課題に対して、医療チームや周囲のサポートを受けながら、一つずつ向き合っていくことが重要です。

持続的な治療の重要性

躁鬱病の治療において最も重要なことの一つは、「持続的な治療」です。
症状が改善したからといって、自己判断で薬を中止したり、通院をやめたりすることは非常に危険です。
多くの場合、数ヶ月から1年以内に症状が再燃し、以前よりも重い症状が出たり、治療が難しくなったりすることがあります。

気分安定薬などによる維持療法は、再発を予防し、気分の波を安定させるために不可欠です。
医師の指示通りに、長期にわたって治療を継続することが、安定した状態を保つための最も確実な方法です。
もし薬の副作用に悩んでいる場合や、治療について不安なことがある場合は、必ず主治医に相談しましょう。
代替療法やサプリメントについては、必ず医師と相談の上で行ってください。

治療アプローチ主な目的具体的な内容
薬物療法急性期症状の改善、気分の波の安定、再発予防気分安定薬、非定型抗精神病薬、抗うつ薬などの処方
心理療法病気への理解、対処スキルの習得、再発予防認知行動療法、対人関係・社会リズム療法、家族療法など
生活習慣の調整体内時計の安定化、心身の負担軽減、再発予防規則正しい睡眠、適度な運動、規則正しい食事、アルコール・カフェイン制限、ストレス管理
社会的サポート孤立感の軽減、情報交換、ピアサポート患者会、家族会、デイケア、精神保健福祉センター、医療機関の相談員

もし自分や親しい人が躁鬱症かもしれないと思ったら?

躁鬱症は早期に発見し、適切な治療を開始することが、症状の改善と良好な予後につながる上で非常に重要です。
「もしかしたら?」と感じたら、迷わず専門家へ相談しましょう。

早急な専門医療機関への受診

自分自身や親しい人が躁鬱病かもしれないと感じたら、まずは精神科あるいは心療内科を受診することをお勧めします。
一般の診療科(内科など)でも相談は可能ですが、精神疾患の専門的な診断と治療は精神科医が行います。

受診をためらってしまう人もいるかもしれませんが、早期に専門家の診断を受けることが、適切な治療への第一歩です。
無理に一人で抱え込まず、勇気を出して相談してみましょう。
受診の際には、いつからどのような症状(気分の変化、睡眠、活動量、思考、行動など)が現れているか、どのような状況で症状が悪化・改善するか、家族に同じような症状の人がいるか、現在服用している薬などを具体的に医師に伝えることが重要です。

医療リソースと求助管道

受診できる医療機関を探すには、以下のような方法があります。

  • かかりつけ医に相談する: 他の病気でかかっている医師がいる場合、相談して専門医を紹介してもらうことができます。
  • 地域の精神保健福祉センターや保健所に相談する: 精神疾患に関する相談や、医療機関の紹介を行っています。
  • インターネットで検索する: お住まいの地域にある精神科や心療内科を検索できます。精神神経学会などの学会のホームページで専門医を探すことも可能です。
  • 家族や友人に相談する: 信頼できる人に相談し、受診に付き添ってもらうことも支えになります。

また、すぐに医療機関を受診することが難しい場合や、緊急性が高い場合(自殺を考えているなど)には、以下のような相談窓口があります。

  • よりそいホットライン: 0120-279-338 (岩手県、宮城県、福島県以外) / 0800-800-3380 (岩手県、宮城県、福島県) – 24時間対応、様々な悩みに対応
  • いのちの電話: 各地域に設置されており、フリーダイヤルやナビダイヤルで相談できます。
  • 精神保健福祉センター: 各都道府県・政令指定都市に設置されており、精神的な問題に関する専門相談に応じています。

これらの窓口は、話を聞いてくれるだけでなく、適切な医療機関や支援機関の情報を提供してくれます。

まとめ

躁鬱症(双極性障害)の原因は、遺伝的要因、脳の構造や機能の異常、神経伝達物質のバランス失調といった生物学的な側面と、ストレス、睡眠障害、物質使用といった環境的・心理的な側面が複雑に絡み合っていると考えられています。
どの要因がどの程度影響するかは個人によって異なります。

この病気は、躁状態(または軽躁状態)とうつ状態という極端な気分の波を繰り返すことが特徴であり、それぞれの時期で異なる症状が現れます。
躁状態では気分が高揚したり易怒的になったりし、活動性が増し、衝動的な行動が見られます。
うつ状態では気分がひどく落ち込み、意欲や活動性が低下し、様々な身体症状も伴います。

躁鬱病の診断は、これらの症状、病歴、家族歴などを踏まえ、精神科医がDSM-5などの診断基準に基づいて総合的に判断して行います。
単一の検査で診断できるものではありません。

治療は、薬物療法を中心に、心理療法や規則正しい生活習慣の確立を組み合わせた包括的なアプローチで行われます。
特に気分安定薬による薬物療法は、病的な気分の波を調整し、再発を予防するために不可欠です。
心理療法は病気との付き合い方や生活上の課題解決に役立ち、安定した生活リズムは病状の安定に大きく貢献します。

躁鬱病は慢性的な経過をたどることが多いですが、適切な診断と治療を継続し、周囲のサポートを得ることで、症状をコントロールし、自分らしい生活を送ることが十分に可能です。
もし、自分自身や親しい人に躁鬱病かもしれないと思われるような症状が見られる場合は、迷わずに早めに精神科や心療内科といった専門の医療機関に相談することが最も重要です。
早期の対応が、より良い回復へとつながります。

免責事項: この記事は躁鬱症に関する一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を代替するものではありません。もし躁鬱症の症状に心当たりがある場合や、病気について不安がある場合は、必ず医師や精神科の専門家にご相談ください。自己判断での治療や薬の調整は危険です。

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