身体表現性障害の原因はストレス?身体症状症との関係を解説

身体表現性障害は、医学的な検査や診断では十分に説明できない様々な身体の不調が続くにも関わらず、それによって強い苦痛を感じたり、日常生活に支障をきたしたりする状態を指します。
これらの身体症状は本人にとって非常に現実的であり、大きな苦悩の原因となります。
なぜこのような症状が現れるのか、その「身体表現性障害 原因」について、心理的、生物学的、環境的な側面から多角的に解説します。
また、代表的な症状、他の疾患との違い、診断・治療法、回復の可能性、周囲の接し方についても詳しく見ていきましょう。
この情報が、身体表現性障害への理解を深め、適切な対応や支援につながる一助となれば幸いです。

身体表現性障害とは?定義とDSM-5での分類

身体表現性障害は、かつて精神疾患の診断・統計マニュアル第4版(DSM-IV)において、医学的に説明できない身体症状が中心となる一群の障害を指す広い概念でした。
しかし、2013年に改訂されたDSM-5では、この概念が見直され、「身体症状症および関連症群(Somatic Symptom and Related Disorders)」という新しいカテゴリーに分類されました。

このDSM-5における「身体症状症および関連症群」では、症状の数や特定の身体部位に限定するのではなく、「身体症状そのもの、あるいはそれに伴う考え、感情、行動に異常なほどの注意が向けられている状態」に焦点が当てられています。
つまり、医学的に説明できる身体的な問題があるかどうかに関わらず、その症状やそれに関する自身の反応によって、本人が過度な苦痛を感じたり、日常生活が著しく妨げられたりしている場合に診断が検討されます。

身体症状症および関連症群には、以下のような疾患が含まれます。

  • 身体症状症 (Somatic Symptom Disorder): 1つ以上の身体症状があり、それ自体やそれに関する考え、感情、行動に過度に気を取られ、苦痛や日常生活の障害が生じている状態。
  • 病気不安症 (Illness Anxiety Disorder): 重大な病気にかかっている、あるいはかかるのではないかという強い不安があり、身体症状は軽微か、あっても不安の程度と不釣り合いな状態(旧・心気症に近い)。
  • 変換症/機能性神経症状症 (Conversion Disorder / Functional Neurological Symptom Disorder): 神経学的または医学的な疾患と矛盾しない、随意運動や感覚機能の変化があるが、医学的な説明ができない状態(例:麻痺、失明、声が出ないなど)。
  • 心理的要因によるその他の医学的状態 (Psychological Factors Affecting Other Medical Conditions): 身体的な医学的状態があるが、心理的または行動的な要因がその状態の発症や悪化に影響を与えている状態。
  • 人工障害 (Factitious Disorder): 病気のふりをしたり、意図的に症状を作り出したりする状態(本人や他者に対するものを含む)。

かつて「身体表現性障害」と呼ばれていた疾患群の多くは、DSM-5では主に「身体症状症」として診断されるようになりました。
重要なのは、これらの症状が「偽病」や「演技」ではないということです。
本人にとっては本当に苦痛であり、その苦痛や症状へのとらわれによって、精神的にも身体的にも疲弊し、社会生活にも大きな影響が出ている状態なのです。

身体表現性障害の主な原因

身体表現性障害の原因は単一ではなく、様々な要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
特定の遺伝子や単一の脳機能異常が原因であると断定できる段階には至っていません。
一般的には、以下のような複数の要因が相互に影響し合っていると考えられています。

心理的な要因とストレスとの関連

身体表現性障害の発症や悪化には、心理的な要因が深く関わっているとされています。

  • 抑圧された感情や未解決の葛藤: 怒り、悲しみ、不安といった感情をうまく表現できなかったり、心の中に抱え込んでしまったりすることが、身体症状として現れることがあります。
    心理的なエネルギーが行き場を失い、身体という経路を通して表現される、という考え方です(変換機制など)。
  • 心理的ストレス: 仕事や人間関係の問題、喪失体験、人生の大きな変化など、様々な心理的ストレスが身体症状の引き金となることがあります。
    ストレスによって自律神経のバランスが崩れたり、痛みの感じ方が変わったりすることも関連していると考えられます。
  • 不安やうつ: 身体表現性障害は、不安障害やうつ病と合併することが少なくありません。
    不安や抑うつ状態が身体症状を悪化させたり、身体症状そのものが不安や抑うつの原因となったりする悪循環が生じることがあります。
  • ストレス対処能力の低さ: ストレスをうまく処理したり、感情を健康的に表現したりすることが苦手な場合、身体症状として現れやすいという考え方もあります。
  • 症状への過度な注意や破局的な解釈: 少しの体の変化や不調に対しても過敏に反応し、「何か重大な病気なのではないか」と破局的に解釈することで、不安が増大し、さらに身体症状が悪化するというサイクルに陥ることがあります。

幼少期の経験や生育環境の影響

幼少期の体験や生育環境も、身体表現性障害の発症リスクに関連する可能性が指摘されています。

  • 児童期の虐待やネグレクト: 身体的、精神的、性的虐待や育児放棄といったトラウマ体験は、心身の発達に深い影響を与えます。
    このような経験は、将来的にストレスへの脆弱性を高めたり、感情の調節困難を引き起こしたり、身体感覚への異常なとらわれにつながったりする可能性があります。
  • 家庭環境における病気や健康への過度な関心: 家族の中に常に病気を心配している人がいたり、少しの体調不良でも大げさに反応するような環境で育ったりした場合、自分自身の身体や健康に対しても過度に注意を向けたり、不安を感じやすくなったりすることがあります。
  • 病気による「利益」の学習: 子供の頃に病気になった際に、周囲から特別な注意を向けられたり、責任を免除されたりといった経験があると、無意識のうちに身体症状を示すことが何らかの「利益」につながる学習をしてしまう可能性もゼロではありません(ただし、これは意図的なものではなく、あくまで無意識のレベルで生じうるプロセスです)。

生物学的要因の可能性

心理的・環境的要因に加え、生物学的な要因も身体表現性障害の原因として研究が進められています。

  • 脳機能の異常: 身体症状、特に痛みの処理に関わる脳領域(例えば、島皮質、前帯状皮質など)の活動が、身体表現性障害の患者さんでは過剰になっているという研究報告があります。
    これにより、本来は些細な体の信号を、脳が「痛み」や「不快な症状」として強く認識してしまう可能性が考えられます。
  • 神経系の感受性の高さ: 自律神経系や痛みを伝える神経系の感受性が遺伝的に高い、あるいは後天的に高まっている状態も関連する可能性があります。
    これにより、外部からの刺激や内部の体の変化に対して、過剰に反応してしまうことが考えられます。
  • 遺伝的要因: 身体表現性障害や関連する疾患(不安障害、うつ病など)の家族歴がある場合、発症リスクが高まる可能性が指摘されています。
    ただし、特定の遺伝子によって身体表現性障害が直接引き起こされるというよりは、ストレスへの脆弱性や特定の気質(神経質な傾向など)が遺伝的に受け継がれる可能性が高いと考えられています。
  • 神経伝達物質のバランスの乱れ: セロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質は、気分や痛みの調節に関わっています。
    これらの物質のバランスが崩れることも、身体症状の発現に関与している可能性が研究されています。

これらの心理的、環境的、生物学的な要因はそれぞれ独立して存在するのではなく、相互に影響し合いながら、身体表現性障害という形で現れると考えられています。
例えば、遺伝的に神経系の感受性が高い人が、幼少期にトラウマを経験し、さらに成人になってから強いストレスにさらされた結果、身体症状症を発症するといったように、複数の要因が重なることで発症リスクが高まる可能性があるのです。

身体表現性障害の代表的な症状

身体表現性障害における症状は多岐にわたり、体の様々な部位に現れます。
これらの症状の主な特徴は、医学的な検査や画像診断、生理学的なデータなどでは十分に説明がつかない、あるいは症状の程度が医学的な所見と不釣り合いである点です。
しかし、本人にとっては紛れもない苦痛であり、仮病や詐病とは異なります。

医学的に説明できない身体の不調

身体表現性障害の患者さんは、様々な体の不調を訴えますが、医師が身体的な検査や専門医への紹介などを行っても、症状の原因となる明らかな病気や体の異常が見つからない、あるいは見つかったとしても症状の重さや性質を十分に説明できない、ということが特徴的です。

これは、症状が「気のせい」だという意味ではありません。
脳と身体は密接に連携しており、特に感情やストレスは脳の働きを通じて身体の機能に影響を与えます。
例えば、強いストレスを感じるとお腹が痛くなったり、緊張すると心臓がドキドキしたりするのは、健康な人でも経験することです。
身体表現性障害では、この心身の相互作用がより顕著に現れ、本人にとって耐えがたい苦痛や日常生活の支障となるような、医学的に説明困難な症状が持続的に現れます。

具体的な症状例(痛み、しびれ、歩けないなど)

身体表現性障害でよく見られる具体的な症状には以下のようなものがあります。

  • 痛み: 最も頻繁に訴えられる症状の一つです。
    頭痛、背部痛、胸痛、腹痛、関節痛、手足の痛みなど、体のあらゆる部位に痛みを感じることがあります。
    痛みの性質も様々で、ズキズキする、チクチクする、締め付けられるようなどと表現されます。
    特定の場所だけでなく、全身が痛いと感じることもあります。
  • 消化器症状: 吐き気、嘔吐、腹部膨満感、腹痛、下痢、便秘、呑酸(胸やけ)など。
    過敏性腸症候群や機能性ディスペプシアといった、医学的には明確な異常が見つかりにくい消化器疾患と症状が重なることもあります。
  • 神経症状:
    • しびれや感覚異常: 手足や体の特定の部位にしびれやピリピリ感、感覚が鈍い、熱い・冷たいといった異常な感覚を訴えます。
    • 脱力感や麻痺: 手足に力が入らない、完全に動かせないといった麻痺の状態になることがあります。「歩けない」と訴える方も、医学的な原因が見つからない変換症の症状である場合があります。
    • けいれん: 意識は保たれている場合が多いですが、手足などが involuntarily(不随意に)動くけいれん様の症状が現れることがあります。
    • 失神やめまい: 意識を失ったり、立ちくらみや回転性のめまいを感じたりします。
    • 発声困難や失声: 声が出なくなる、かすれるといった症状が現れることがあります。
    • 視覚障害: 視界がかすむ、狭くなる、全く見えなくなるといった症状を訴えることがあります。
  • 心血管・呼吸器症状: 動悸、胸痛、息切れ、過呼吸など。
    これらの症状はパニック障害の症状と似ていることもあり、鑑別が必要です。
  • 性器・泌尿器症状: 排尿困難、頻尿、性交痛、性欲減退、月経不順など。
  • 疲労感、倦怠感: 明らかな身体疾患や睡眠不足がないにも関わらず、強い疲労感や全身の倦怠感が続くことがあります。

これらの症状は、医学的な検査で異常が見つからないからといって、本人が「大げさに言っている」「演技している」わけではありません。
脳と身体の複雑な相互作用の結果として、本人にとっては現実の苦痛として感じられているのです。
重要なのは、これらの症状が本人の強い苦痛となり、仕事や学業、家事、対人関係といった日常生活に大きな支障をきたしている点です。
例えば、「痛みで体が動かせず、仕事に行けない」「めまいがひどくて外出できない」「しびれで字が書けない」など、具体的な生活上の困難を伴います。

他の疾患との違い:身体化障害・うつ病との区別

身体表現性障害は、他の精神疾患や身体疾患と症状が似ている場合があり、正確な診断には専門的な知識と丁寧な鑑別が必要です。
特に混同されやすいのが、かつて関連疾患として分類されていた身体化障害や、身体症状を伴うこともあるうつ病です。

身体化障害と身体表現性障害の違い

「身体表現性障害」はDSM-IVで用いられていた概念ですが、前述の通りDSM-5では「身体症状症および関連症群」に分類されました。
かつてDSM-IVに存在した「身体化障害」は、身体表現性障害の一種として定義されており、複数の身体部位にわたる多数の医学的に説明できない症状が長期にわたって続く状態を指していました。
診断には特定の数の症状項目(例:痛み、消化器症状、性症状、神経症状から一定数以上)を満たす必要がありました。

一方、DSM-5の「身体症状症」では、症状の数よりも「症状やそれに関連する自身の思考、感情、行動への過度なこだわり」に診断の焦点が移っています。
つまり、たとえ1つや2つの身体症状でも、それが本人にとって強い苦痛や悩みとなり、そのことばかり考えてしまったり、過剰な医療行動(様々な病院を受診するなど)をとってしまったり、逆に活動を極端に避けてしまったりする場合に診断が検討されます。

特徴 DSM-IVの身体化障害 DSM-5の身体症状症
診断の焦点 身体症状の数と種類 身体症状そのもの、およびそれに関連する思考・感情・行動
必要な症状数 特定の数の身体症状が必要 1つ以上の身体症状があれば診断検討の対象となる
症状の医学的説明 医学的に説明できない症状が前提 医学的に説明できる症状があっても診断対象となる
診断のポイント 症状の「多さ」「多様性」 症状への「こだわり」「反応の異常性」
目的 多様な身体症状を呈する状態を捉える 身体症状を巡る苦痛や機能障害を多角的に捉える

このように、DSM-5では診断基準が変更され、より柔軟に、かつ症状そのものだけでなく、症状に対する本人の精神的な反応や行動パターンを重視するようになりました。
したがって、現在「身体表現性障害」という言葉が使われる場合、文脈によってはDSM-IVの定義(身体化障害を含む広い概念)を指すこともあれば、DSM-5の身体症状症を指すこともあり得ます。
専門的には、DSM-5の診断名(身体症状症など)を使用することが推奨されます。

うつ病との違い

うつ病もまた、身体症状を伴うことが多い精神疾患です。
食欲不振、体重減少、不眠または過眠、疲労感、全身の痛みやコリといった症状は、うつ病でもよく見られます。
これらの症状だけを見ると、身体表現性障害(特に身体症状症)と区別がつきにくい場合があります。

しかし、両者には以下のような違いがあります。

特徴 身体症状症 うつ病
中心的な問題 身体症状そのもの、およびそれへのこだわり・不安 気分(抑うつ)、興味・喜びの喪失
精神症状 身体症状に関連する不安、健康への過度な心配 気分の落ち込み、絶望感、無価値感、自殺念慮など
身体症状への関心 身体症状への注意が強く、原因究明や治療を強く求める 身体症状はあるが、気分や意欲の低下がより前面に出る
活動性の変化 症状のために活動を制限することが多い 気分の低下や疲労感により活動性が低下する
自己評価 健康問題に悩んでいるという認識が強い 自分自身を否定的に捉える傾向がある
身体症状症 (DSM-5) うつ病 (DSM-5)
中核症状 1つ以上の身体症状と、それに関連する過度な思考・感情・行動 抑うつ気分、または興味・喜びの喪失(どちらか一方必須)
よくある身体症状 多様(痛み、消化器、神経症状、疲労など)、医学的に説明困難または説明を上回る苦痛 疲労、睡眠障害、食欲・体重の変化、精神運動性の焦燥または制止、痛みなど(診断基準の項目の一部)
心理的焦点 身体症状や病気に関する過度な心配、健康への過度な注意、症状に対する破局的な解釈など 絶望感、無価値感、罪悪感、集中力低下、死や自殺に関する思考など
診断基準 身体症状に加えて、特定の思考・感情・行動のパターンが6ヶ月以上続くなど 中核症状を含む9項目のうち5つ以上が2週間以上続くなど
治療アプローチ 心理療法(認知行動療法など)、身体症状への対処、合併症(うつ病など)への薬物療法 薬物療法(抗うつ薬)、精神療法(認知行動療法、対人関係療法など)

簡単に言えば、身体症状症では「体の不調とそのことへの悩み」が中心的な問題であるのに対し、うつ病では「気分の落ち込みや意欲の低下」が中心であり、身体症状はそれに伴って現れることが多い、と言えます。

ただし、うつ病の患者さんが身体症状を強く訴え、身体症状症のように振る舞うこともありますし、身体症状症の患者さんが症状に悩むうちにうつ病を合併することもよくあります。
そのため、経験豊富な精神科医や心療内科医による丁寧な問診と鑑別診断が不可欠です。

身体表現性障害の診断と治療法

身体表現性障害は、診断が容易ではない疾患です。
なぜなら、まず身体的な病気が原因でないことを慎重に確認する必要があるからです。
診断と治療は専門家によって行われる必要があります。

診断プロセスと身体疾患との鑑別

身体表現性障害(特に身体症状症)の診断プロセスは、まず徹底的な身体疾患の除外から始まります。

  1. 詳細な問診と身体診察: 患者さんの訴える症状、症状の出現パターン、これまでの病歴、家族歴、現在の生活状況、心理的ストレスの有無などを詳しく聞き取ります。
    身体診察も行い、症状に関連する身体的な異常がないか確認します。
  2. 各種検査: 血液検査、尿検査、X線検査、CTやMRIといった画像検査、内視鏡検査、神経学的検査など、症状に応じて必要な医学的検査を行います。
    これらの検査は、症状の原因となる身体的な病気(例:神経系の病気、内分泌系の病気、膠原病など)を除外するために非常に重要です。
  3. 専門医への紹介: 必要に応じて、神経内科、消化器内科、循環器内科など、症状に関連する分野の専門医に紹介し、さらに詳しい検査や診断を依頼することがあります。
  4. 精神科医・心療内科医による評価: 身体的な病気が十分に除外された後、あるいは医学的な所見だけでは症状が説明できない場合に、精神科医や心療内科医が精神医学的な評価を行います。
    DSM-5などの診断基準に基づき、症状そのものだけでなく、症状に対する患者さんの考え方、感情、行動パターンなどを評価し、身体症状症などの診断を検討します。
  5. 他の精神疾患との鑑別: うつ病、不安障害、パニック障害、強迫性障害、統合失調症など、身体症状を伴う可能性のある他の精神疾患との鑑別も重要です。

診断は、これらの情報が総合的に検討された上で下されます。
身体疾患の除外は非常に重要ですが、いたずらに多くの検査を繰り返したり、不必要な医療行為を受けたりすることは、患者さんの負担を増やすだけでなく、症状へのとらわれを強めてしまう可能性があるため、経験豊富な医師による判断が必要です。

治療の柱:精神療法・心理療法、薬物療法

身体表現性障害の治療は、主に精神療法(心理療法)と薬物療法を組み合わせて行われます。

1. 精神療法・心理療法:

身体表現性障害の治療において最も重要で効果が期待できるのは、精神療法や心理療法です。
症状の根底にある心理的な要因や、症状に対する非適応的な考え方・行動パターンに働きかけます。

  • 認知行動療法 (CBT): 身体症状に対する破局的な思考(「これは重篤な病気に違いない」など)や、症状を恐れて活動を避けるといった行動パターンに焦点を当てます。
    症状に対する考え方をより現実的なものに変えたり、症状があっても少しずつ活動量を増やしたりする練習を通じて、症状へのとらわれを軽減し、QOL(生活の質)の向上を目指します。
    特に、症状への注意をコントロールする技法(例:マインドフルネス)や、リラクゼーション法なども有効です。
  • 精神力動的心理療法: 症状の背景にある幼少期の経験、トラウマ、抑圧された感情、対人関係の問題といった無意識的な要因を探求し、それらを理解することで症状の軽減を図ります。
    症状の「意味」を理解することが治療につながると考えられます。
  • 支持的精神療法: 患者さんの苦痛に寄り添い、症状を否定せず受け止めながら、安心感を提供し、治療への意欲を高めます。
    症状管理の方法やストレス対処法について助言することもあります。
  • 家族療法: 家族が患者さんの症状や疾患について理解し、適切な対応を学ぶことは、治療を円滑に進める上で非常に重要です。
    家族全体のコミュニケーションを改善し、患者さんをサポートする体制を整えます。

2. 薬物療法:

身体表現性障害そのものに直接的に作用する特効薬はありません。
しかし、合併する不安やうつ症状、睡眠障害などに対して、症状緩和のために薬物療法が用いられることがあります。

  • 抗うつ薬: 特にSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬は、うつ症状だけでなく、不安症状や慢性的な痛みの緩和にも効果を示すことがあります。
    低用量から開始し、効果を見ながら調整します。
  • 抗不安薬: 不安症状が強い場合に一時的に使用されることがありますが、依存のリスクがあるため、漫然とした長期使用は避けるべきです。
  • 鎮痛薬: 痛みが主な症状である場合、鎮痛薬が処方されることがありますが、原因不明の痛みに対して安易に長期にわたって使用すると、薬物乱用頭痛のようにかえって痛みが悪化したり、薬物依存のリスクが生じたりするため、慎重な使用が必要です。
    非薬物療法(心理療法、運動療法など)を優先することが推奨されます。

治療は、患者さんの個々の症状、状態、背景に合わせてカスタマイズされます。
精神療法と薬物療法を組み合わせることで、より効果が期待できる場合が多いです。
治療には根気が必要であり、症状が一進一退を繰り返すこともありますが、医師や心理士と連携し、継続的に取り組むことが大切です。

身体表現性障害は治るのか?予後と治療期間

身体表現性障害を抱える方やその家族にとって、「治るのか?」ということは最大の関心事の一つでしょう。
この疾患の予後や治療期間について解説します。

回復の可能性と経過

身体表現性障害は、適切な診断と治療によって症状が改善し、日常生活を送れるようになる可能性が十分にあります。
しかし、風邪のように短期間で完全に「治りきる」という性質の疾患とは異なり、症状が軽快したり悪化したりを繰り返しながら、少しずつ回復していくことが多いです。

  • 回復の可能性: 多くの患者さんで、症状の強度や頻度が軽減し、症状に対する苦痛やこだわりが減ることで、以前のように社会生活を送れるようになることが期待できます。
    特に、早期に診断されて適切な治療(特に心理療法)を開始できた場合や、症状への対処法を身につけられた場合に、予後が良い傾向があります。
  • 経過: 症状の経過は個人差が大きいです。
    数ヶ月で症状が目立たなくなる方もいれば、症状が長期間続いたり、一時的に良くなってもストレスなどをきっかけに再燃したりすることもあります。
    慢性化するケースもありますが、症状との付き合い方を学び、症状があっても日常生活への影響を最小限に抑えることができるようになることを目指します。
  • 予後に影響する要因: 回復の可能性や経過には、以下のような様々な要因が影響します。
    • 治療開始までの期間(早期介入は予後を良くする可能性がある)
    • 症状の性質や重症度
    • 合併する他の精神疾患(うつ病、不安障害など)の有無
    • 患者さん自身の疾患や症状に対する理解、治療への意欲
    • ストレス対処能力
    • 家族や友人からのサポート体制
    • 医師や心理士との良好な信頼関係

予後は一律ではありませんが、決して回復の見込みがない病気ではありません。
根気強く治療に取り組み、症状とうまく付き合っていくスキルを身につけることが、回復への鍵となります。

治療にかかる期間について

身体表現性障害の治療は、短期間で終了することは少なく、ある程度の期間を要することが一般的です。

  • 期間の目安: 症状の改善が見られるまでには、数ヶ月かかることが多いです。
    安定した状態を維持したり、症状が再燃した場合に対処したりするためには、数ヶ月から年単位での継続的な治療が必要になることもあります。
    特に心理療法は、効果が現れるまでに時間がかかることがありますが、症状の根底にある問題に働きかけるため、長期的な回復につながる可能性があります。
  • 治療の継続の重要性: 症状が一時的に良くなったからといって、自己判断で治療を中断してしまうと、症状が再燃したり、より慢性化したりするリスクがあります。
    医師や心理士と相談しながら、治療計画に基づき、根気強く続けることが重要です。
  • 再発予防: 症状が安定した後も、必要に応じて治療を続けたり、定期的にフォローアップを受けたりすることで、症状の再燃を防ぎ、安定した状態を維持しやすくなります。
    ストレス管理や再発のサインに気づく練習なども有効です。

治療期間は症状の重さや個人の反応によって大きく異なりますが、専門家と協力して、焦らず一歩ずつ取り組む姿勢が大切です。

身体表現性障害の方への接し方

身体表現性障害は、本人だけでなく、周囲の家族や友人、職場の人々にも大きな影響を与えることがあります。
症状が医学的に説明できないため、「理解してもらえない」「気のせいだと言われる」といった苦痛を抱える患者さんも少なくありません。
ここでは、身体表現性障害の方への適切な接し方について解説します。

本人への理解と適切なコミュニケーション

身体表現性障害の患者さんにとって、周囲からの理解と共感は何よりも重要です。

  • 症状は「気のせい」ではないと理解する: 身体症状は本人にとって紛れもない現実の苦痛です。「気のせいだよ」「考えすぎだよ」といった言葉は、本人の苦痛を否定することになり、信頼関係を損ねてしまいます。
    医学的な原因が見つからなくても、本人がつらいと感じていることをまずは受け止めましょう。
  • 症状そのものより、つらい気持ちに寄り添う: 症状について原因を追求したり、安易な解決策(「〇〇を試してみたら?」など)を提案したりするのではなく、「しんどいね」「つらいね」と、本人の感情に寄り添う姿勢を示しましょう。
    症状を話題にしすぎると、かえって症状へのこだわりを強めてしまうこともあるため、注意が必要です。
  • 話を聞く際は、根拠なく安心させようとしない: 「大丈夫だよ、すぐ良くなるよ」といった根拠のない励ましは、本人が期待外れを感じたり、理解されていないと感じたりする原因になります。「辛い気持ちを聞かせてくれてありがとう」「何かできることはある?」といった形で、共感とサポートの意思を示すことが大切です。
  • 安易なアドバイスや医療情報を提供しない: インターネットで調べた医療情報や、自分の経験に基づくアドバイスを安易に行うのは避けましょう。
    かえって不安を煽ったり、治療の妨げになったりする可能性があります。
    治療については専門家に任せるという姿勢が重要です。
  • 身体的な問題だけでなく、精神的な側面にも目を向けるよう促す: タイミングを見て、身体的な症状と心の状態が関係している可能性に優しく触れ、精神科や心療内科といった専門機関への相談を促してみましょう。「身体の専門家は異常ないって言うけど、すごくつらいみたいだから、心の専門家にも相談してみたら、何か症状が楽になるヒントが見つかるかもしれないよ」といった伝え方が考えられます。
  • 治療への取り組みを尊重する: 専門家による治療(心理療法や薬物療法)を始めたら、その取り組みを応援し、焦らず見守りましょう。
    治療の経過には波があることを理解し、一進一退があっても批判したり落胆させたりしないことが大切です。

周囲ができるサポート

家族や周囲の人ができる具体的なサポートには、以下のようなものがあります。

  • 専門機関への受診をサポートする: 患者さん自身が精神科や心療内科への受診に抵抗がある場合があります。
    一緒に病院について調べたり、予約を手伝ったり、場合によっては受診に付き添ったりするなどのサポートが有効です。
  • 治療計画への協力を促す: 医師や心理士から出された課題やアドバイス(例:活動量を少しずつ増やす、リラクゼーションを行うなど)に対して、患者さんが取り組めるよう、無理のない範囲でサポートします。
    ただし、過干渉にならないよう注意が必要です。
  • 日常生活での活動を促す: 症状のために活動を避けてしまう傾向があるため、患者さんが無理のない範囲で活動を続けられるよう、一緒に散歩したり、趣味の時間を設けたりすることを提案するなど、日常生活をサポートします。
  • 症状にとらわれすぎないよう、別のことに目を向けさせる: 症状のことばかり考えてしまう時間を減らすために、患者さんの興味を引くような話題を提供したり、一緒に楽しめる活動に誘ったりすることも有効です。
  • 家族自身の心身の健康にも気を配る: 身体表現性障害の患者さんを支える家族は、大きな精神的、身体的負担を抱えることがあります。
    家族会に参加したり、家族自身もカウンセリングを受けたりするなどして、孤立せず、自身の心身の健康を保つことが重要です。
    支える側が疲弊しないよう、適切な休息やリフレッシュも必要です。

身体表現性障害と難病指定について

身体表現性障害は、様々な身体症状によって日常生活が著しく制限されることがありますが、国の定める「指定難病」には含まれていません。

指定難病とは、「発病の機構が明らかでなく、かつ治療法が確立していない希少な疾病であって、当該疾病にかかることにより長期にわたり療養を必要とすることとなるもの」のうち、国民の健康に重大な影響を与えるおそれがあるものとして厚生労働大臣が定める疾患です。
指定難病と診断されると、医療費助成などの支援を受けることができる場合があります。

身体表現性障害は、発病の機構がまだ完全に解明されているわけではありませんが、治療法(精神療法や薬物療法など)は存在しており、多くの患者さんで症状の改善が見込めます。
また、難病の定義に含まれる「希少な疾病」という点においても、比較的多くの人が経験しうる状態であるため、指定難病の対象とはなっていません。

しかし、身体表現性障害の症状によって、仕事や学業、社会参加が困難となり、QOLが著しく低下するなど、患者さんや家族が直面する困難は少なくありません。
指定難病の医療費助成の対象にはなりませんが、精神疾患として、精神科や心療内科での治療には医療保険が適用されます。
また、症状によって就労が困難な場合は、障害年金の対象となる可能性もあります。
具体的な支援制度については、主治医や地域の相談支援事業所などに相談することをお勧めします。

【まとめ】身体表現性障害の原因を理解し、適切な治療とサポートを

身体表現性障害は、医学的に説明できない様々な身体症状が続き、強い苦痛や日常生活への影響を伴う疾患です。「身体表現性障害 原因」は単一ではなく、心理的ストレス、幼少期の経験、生物学的な脆弱性など、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられています。

代表的な症状は、痛みやしびれ、脱力感、消化器症状など多岐にわたり、時には「歩けない」といった重い神経症状のように現れることもあります。
これらの症状は本人にとって現実のものであり、「気のせい」ではありません。

診断は、徹底的な身体疾患の除外を行った上で、精神科医や心療内科医が精神医学的な評価に基づき行われます。
かつて「身体化障害」と呼ばれた状態の多くは、現在はDSM-5の「身体症状症」として捉えられており、症状の数よりも、症状に対する本人の過度なこだわりやそれに伴う苦痛・機能障害に焦点が当てられています。
うつ病など他の精神疾患との鑑別も重要です。

治療の柱は、症状への考え方や行動パターンを変える認知行動療法などの精神療法・心理療法です。
必要に応じて、合併する不安やうつに対して薬物療法が併用されます。
治療によって症状は改善し、回復は十分に可能ですが、一進一退を繰り返したり、治療に時間がかかったりすることがあります。
根気強く治療に取り組むことが大切です。

身体表現性障害の方への接し方としては、症状を否定せず、つらい気持ちに寄り添う理解と共感が非常に重要です。
安易なアドバイスや医療情報は避け、専門機関への受診や治療への取り組みをサポートすることが、周囲ができる支援です。
身体表現性障害自体は国の指定難病ではありませんが、適切な診断と治療、そして周囲の理解とサポートがあれば、症状の改善と生活の質の向上は十分に期待できます。

もし、ご自身や身近な方が医学的に説明できない身体の不調に長く悩まされており、それが日常生活に大きな影響を与えている場合は、一人で抱え込まず、精神科や心療内科といった専門機関に相談されることを強くお勧めします。
専門家のアドバイスを受けながら、適切な対応を一緒に探していくことが、回復への第一歩となるでしょう。

【免責事項】

この記事は、身体表現性障害に関する一般的な情報を提供することを目的としており、医学的なアドバイスや診断、治療の代替となるものではありません。
個々の症状や状況については、必ず専門の医療機関を受診し、医師の診断や指導を受けてください。
この記事の情報に基づいて発生したいかなる損害についても、筆者および公開者は一切の責任を負いません。
情報の正確性には細心の注意を払っていますが、最新の知見や個別の状態によって当てはまらない場合があることをご了承ください。

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