その物忘れ、大丈夫?原因と加齢・認知症の違いを知る

最近「あれ?なんだっけ?」と物忘れが増えたと感じていませんか?年齢のせいかな、と諦めてしまう方もいるかもしれませんが、物忘れの原因は一つだけではありません。実は、若い世代から高齢者まで、様々な要因が物忘れを引き起こす可能性があります。
この記事では、物忘れのメカニズムから、年代別の主な原因、一時的な要因から注意すべき疾患まで、分かりやすく解説します。
そして、日々の生活でできる改善策や、専門機関に相談するタイミングについても詳しくご紹介します。
この記事を読めば、あなたの物忘れの不安が少しでも和らぎ、原因に応じた適切な対策が見つかるはずです。ぜひ最後までお読みください。

物忘れとは?正常な加齢による変化との違い

物忘れは誰にでも起こりうる現象ですが、それが「正常な加齢による変化」なのか、それとも「注意が必要な状態」なのかを見分けることが大切です。

正常な加齢による物忘れは、主にエピソード記憶と呼ばれる、体験した出来事に関する記憶の引き出しにくさに現れます。
例えば、「昨日の夕食のおかずが思い出せない」「芸能人の名前がパッと出てこない」「物の置き場所をど忘れする」といったものです。
これは、記憶そのものが失われたわけではなく、思い出すのに時間がかかったり、きっかけが必要だったりする状態です。新しいことを覚える効率が少し落ちることもありますが、ヒントがあれば思い出せることが多いです。また、日常生活に大きな支障をきたすことはほとんどありません。

一方、注意が必要な物忘れは、体験そのものや、最近の出来事に関する記憶がすっぽり抜け落ちてしまうことが特徴です。
例えば、「朝食を食べたこと自体を忘れてしまう」「同じ話を何度も繰り返す」「日付や場所が分からない」「物の使い方が分からなくなる」といった症状が見られます。
これは、記憶を新しく覚える機能そのものや、判断力、理解力といった他の認知機能も同時に低下している可能性を示唆しています。日常生活に支障が出始めたり、判断ミスが多くなったりする場合は、単なる加齢による物忘れではない可能性が高いです。

正常な物忘れと注意が必要な物忘れの違い

特徴 正常な加齢による物忘れ 注意が必要な物忘れ(認知機能低下の可能性)
忘れる内容 体験の一部、固有名詞、物の置き場所など 体験そのもの、最近の出来事、日付、場所、人など
思い出す力 きっかけやヒントで思い出せる 思い出せないことが多い、ヒントがあっても難しい
日常生活への影響 ほとんどない 支障が出始める(約束を忘れる、道に迷うなど)
判断力・理解力 変わらない 低下が見られる(お金の管理、複雑な作業など)
新しいことを学ぶ 時間はかかるが習得可能 習得が難しい

このように、物忘れの内容や程度、そして日常生活への影響を観察することが、正常な変化かどうかの重要な判断材料となります。

物忘れが多くなる主な原因

物忘れの原因は多岐にわたりますが、大きく分けて一時的な要因(可逆性)疾患による要因の二つに分類できます。一時的な要因による物忘れは、原因を取り除くことで改善する可能性があります。一方、疾患による物忘れは、早期に発見し、適切な治療やケアを行うことが非常に重要です。

一時的な要因には、以下のようなものがあります。

  • ストレスや精神的な要因(不安、抑うつなど)
  • 睡眠不足や疲労
  • 栄養不足
  • 薬の副作用
  • 脳疲労(情報過多、デジタルデバイスの使い過ぎなど)

これらの要因は、脳の機能に一時的な影響を与え、記憶力や集中力の低下を引き起こすことがあります。比較的若い世代の物忘れの多くは、これらの要因が関連していると考えられます。

疾患による要因には、以下のようなものがあります。

  • 認知症(アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など)
  • 脳の疾患(脳腫瘍、慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症など)
  • その他の身体疾患(甲状腺機能低下症、うつ病、ビタミン欠乏症、腎臓病、肝臓病など)

これらの疾患は、脳そのものに異常が生じたり、全身の機能低下が脳に影響を及ぼしたりすることで、物忘れを含む様々な認知機能の低下を引き起こします。特に認知症は進行性の場合が多く、早期の診断と対応がその後の経過に大きく関わってきます。

次のセクションでは、これらの原因について、より詳しく掘り下げて見ていきましょう。

年代別に見る物忘れの原因

物忘れの原因は、その人の年齢や置かれている状況によって大きく異なります。ここでは、年代別に起こりやすい物忘れの原因について見ていきます。

20代・30代の物忘れの原因

「まだ若いのに物忘れが多いなんて…」と悩んでいる20代、30代の方もいるかもしれません。この年代の物忘れは、加齢によるものではなく、主に生活習慣や環境による影響が原因であることが多いです。

最も多い原因の一つは、ストレス**です。**仕事や人間関係、将来への不安など、この年代は様々なストレスに晒されやすい時期です。強いストレスは、脳の記憶を司る海馬という部分にダメージを与えたり、脳内の神経伝達物質のバランスを崩したりすることで、記憶力や集中力の低下を招きます。

また、睡眠不足や不規則な生活も大きな要因です。脳は睡眠中に記憶の整理や定着を行います。十分な睡眠時間が取れなかったり、睡眠の質が悪かったりすると、新しい情報がうまく記憶されなかったり、必要な情報を引き出しにくくなったりします。残業や夜更かし、交代勤務などが影響することもあります。

デジタルデバイスの長時間使用による**脳疲労**も見逃せません。常に情報にアクセスし、マルチタスクをこなそうとすることで、脳は常にフル稼働状態になります。脳が疲弊すると、集中力や記憶力が低下し、物忘れが増える原因となります。

さらに、偏った食事による栄養不足も脳の機能に影響を与えます。特に、脳のエネルギー源となるブドウ糖の不足や、脳の神経細胞を作るのに必要な栄養素(ビタミンB群、DHAなど)の不足は、記憶力低下につながる可能性があります。外食やコンビニ食が多くなりがちなこの年代は注意が必要です。

一部の**薬の副作用**や、**過度な飲酒**も一時的な物忘れを引き起こすことがあります。

この年代の物忘れは、原因がはっきりしていることが多く、生活習慣の見直しや環境改善によって比較的短期間で改善が期待できます

40代・50代の物忘れの原因

40代、50代になると、「もしかして認知症の始まり…?」と物忘れに対する不安が大きくなる方が増えてきます。この年代の物忘れは、加齢による脳機能の緩やかな変化に加えて、長年の生活習慣の蓄積や**ホルモンバランスの変化**が複合的に影響していることが多いです。

加齢によって、脳の神経細胞の数は徐々に減少し、情報の伝達スピードもわずかに遅くなると言われています。これが、前述した正常な加齢による物忘れ(思い出すのに時間がかかる、ど忘れなど)の主な原因です。しかし、これだけで日常生活に支障が出るほど物忘れが増えるわけではありません。

この年代は、仕事での責任が増えたり、親の介護や子どもの独立など、家庭環境に変化があったりと、**ストレスが蓄積しやすい時期**でもあります。長期間にわたる慢性的なストレスは、脳機能に悪影響を及ぼします。

また、女性の場合は**更年期によるホルモンバランスの変化**も物忘れに関連することがあります。エストロゲンの減少は、脳の血流や神経伝達物質の働きに影響を与え、集中力や記憶力の低下を引き起こす可能性があると言われています。

さらに、この年代から増え始める**生活習慣病**(高血圧、糖尿病、脂質異常症など)も物忘れのリスクを高めます。これらの疾患は血管を傷つけ、脳への血流が悪くなる原因となり、認知機能の低下につながる可能性があります。特に、**血管性認知症**のリスクを高めるため注意が必要です。

若い頃からの**睡眠不足や不規則な生活、偏った食事、運動不足、喫煙、過度な飲酒**といった生活習慣の積み重ねが、脳の健康に悪影響を及ぼし、物忘れを加速させることもあります。

この年代の物忘れは、一時的な要因と加齢による変化、そして基礎疾患などが複雑に絡み合っていることが多いです。単なる加齢と決めつけず、原因を正しく理解し、対策を講じることが重要です。

物忘れの原因となる一時的な要因(可逆性)

ここでは、原因を取り除くことで改善が見込める、一時的な物忘れの要因について詳しく見ていきましょう。これらの要因は、比較的若い世代だけでなく、どの年代にも起こりうるものです。

ストレスや精神的な要因

強いストレスや、不安、抑うつといった精神的な不調は、脳の働きに大きな影響を与え、物忘れを引き起こす可能性があります。

ストレスが物忘れを引き起こすメカニズム

  1. 脳への血流低下: ストレスを感じると、自律神経のバランスが崩れ、血管が収縮しやすくなります。これにより、脳への血流が悪くなり、脳細胞に必要な酸素や栄養が行き届きにくくなります。
  2. ホルモンの影響: ストレスが続くと、コルチゾールというストレスホルモンが過剰に分泌されます。コルチゾールは、記憶を形成・定着させる海馬という脳の部位にダメージを与えることが分かっています。
  3. 神経伝達物質のバランス変化: ストレスは、記憶や学習に関わるアセチルコリンなどの神経伝達物質の働きを阻害することがあります。
  4. 集中力の低下: ストレスや不安感が強いと、一つのことに集中することが難しくなります。新しい情報を覚えるためには集中力が必要なので、これが低下すると物忘れが増えます。

特に、大切な出来事の前に極度に緊張したり、悩み事があって頭がいっぱいになったりすると、その前後の記憶が曖昧になることがあります。これは、脳が緊急対応モードになり、記憶の処理がおろそかになるためと考えられます。

うつ病の場合も、気分の落ち込みや意欲の低下だけでなく、思考力の低下や集中力の欠如、記憶障害といった症状が見られることがあります。これは「仮性認知症」と呼ばれることもあり、認知症と似た物忘れが起こりますが、うつ病の治療によって改善することが期待できます。

ストレスや精神的な不調による物忘れは、原因となっているストレスを取り除いたり、リラクゼーションを取り入れたり、必要であれば専門家(カウンセラーや精神科医)に相談したりすることで改善に向かうことが多いです。

睡眠不足や疲労

「よく眠れない日が続くと、頭がぼーっとして物事が覚えられない…」と感じた経験はありませんか?睡眠は、脳の機能、特に記憶にとって非常に重要な役割を果たしています。

睡眠と記憶の関係

  1. 記憶の定着: 日中に経験したり学習したりした情報は、睡眠中に脳の中で整理され、長期記憶として定着されます。特に、深いノンレム睡眠やレム睡眠中にこのプロセスが行われます。
  2. 脳の疲労回復: 睡眠は、日中に活動して疲弊した脳の神経細胞を休息させ、修復する時間です。脳の疲労が回復しないと、新しい情報を受け入れたり、既存の情報をスムーズに引き出したりする能力が低下します。
  3. 脳内の老廃物除去: 睡眠中には、脳内に溜まった老廃物(アミロイドβなど、認知症の原因となる可能性が指摘されている物質も含む)が排出される仕組み(グリ ンパティックシステム)が働いています。睡眠不足は、この老廃物の蓄積を招き、脳機能に悪影響を及ぼす可能性があります。

慢性的な睡眠不足や、睡眠の質が悪い状態が続くと、記憶の定着が不十分になったり、脳の疲労が解消されなかったりして、物忘れが増える原因となります。また、肉体的な疲労も脳の働きを鈍らせ、物忘れにつながることがあります。

夜更かし、交代勤務、騒がしい環境での睡眠、寝る直前のスマホ操作、睡眠時無呼吸症候群など、睡眠不足や質の悪い睡眠の原因は様々です。自分の睡眠習慣を見直し、改善に努めることが、物忘れの改善にもつながります。

栄養不足が物忘れの原因となる?

脳は体の中でも特に多くのエネルギーと栄養素を消費する臓器です。必要な栄養素が不足すると、脳の機能が低下し、物忘れを含む認知機能に影響が出ることがあります。

脳機能と物忘れに関わる主な栄養素

栄養素群 脳機能への働き 不足による影響 主な食材
ビタミンB群 脳のエネルギー代謝を助ける、神経伝達物質の合成に関わる 疲労感、集中力低下、記憶障害(特にビタミンB1、B12) 豚肉、レバー、魚、大豆製品、緑黄色野菜、きのこ類、玄米
DHA・EPA 脳の神経細胞膜の主要成分、神経細胞間の情報伝達をスムーズにするオメガ3脂肪酸 脳機能低下、記憶力・学習能力の低下 サバ、イワシ、アジなどの青魚
抗酸化物質 脳細胞を酸化ストレスから守る(ビタミンC、E、ポリフェノールなど) 脳細胞の老化促進、認知機能低下 果物、野菜(特にベリー類、ほうれん草)、ナッツ、緑茶
鉄分 脳への酸素供給に関わる 集中力・記憶力低下、だるさ(鉄欠乏性貧血) レバー、赤身肉、ほうれん草、ひじき
亜鉛 神経伝達物質の働き、脳の発達や機能維持に関わる 記憶力・学習能力の低下、味覚障害 牡蠣、牛肉、豚レバー、ナッツ類

極端なダイエットや偏食、インスタント食品や加工食品に偏った食事を続けていると、これらの重要な栄養素が不足しやすくなります。特に、高齢者では食欲不振や吸収率の低下により、栄養不足に陥りやすい傾向があります。

特定の栄養素の重度な欠乏は、ウェルニッケ脳症(ビタミンB1欠乏)や亜急性連合性脊髄変性症(ビタミンB12欠乏)など、認知機能障害を伴う重篤な疾患を引き起こすこともあります。

バランスの取れた食事を心がけ、様々な食品から栄養を摂取することが、脳の健康を保ち、物忘れを予防・改善するために非常に重要です。

薬の副作用や飲酒

私たちが普段服用している薬の中には、副作用として物忘れや注意力・集中力の低下を引き起こすものがあります。

物忘れの副作用が出やすい可能性のある薬の例

  • 睡眠薬・抗不安薬: 脳の活動を抑える作用があるため、記憶の形成や想起に影響を与えることがあります。特にベンゾジアゼピン系の薬剤は注意が必要です。
  • 抗ヒスタミン薬: 花粉症やアレルギーの薬に含まれることがあり、眠気やふらつき、注意力の低下とともに物忘れを招くことがあります。
  • 一部の鎮痛薬: 特定の成分を含む鎮痛薬で、認知機能への影響が報告されているものがあります。
  • 降圧剤やコレステロールを下げる薬: ごくまれに認知機能への影響が報告されることがありますが、多くの場合、これらの病気自体を適切に管理することの方が脳の健康にとっては重要です。
  • 向精神薬: 抗精神病薬や抗うつ薬など、脳に作用する薬剤は、種類によっては物忘れや思考力低下の副作用が出ることがあります。

複数の薬を同時に服用している場合(多剤併用)は、副作用が出やすくなったり、薬同士の相互作用で予期せぬ影響が出たりすることがあります。

もし、新しい薬を飲み始めてから物忘れが増えたと感じる場合は、自己判断で服用を中止したりせず、必ず**医師や薬剤師に相談**してください。原因となっている薬を変更したり、量を調整したりすることで改善することがあります。

また、**アルコールの過剰摂取**も脳機能に悪影響を及ぼし、物忘れの原因となります。一時的な酩酊状態での記憶喪失(ブラックアウト)だけでなく、長期的な過剰飲酒は脳細胞を傷つけ、認知機能の低下やアルコール性認知症のリスクを高めます。適量を守ることが大切です。

脳疲労

現代社会は情報過多であり、スマートフォンやパソコンなどのデジタルデバイスが手放せません。常に新しい情報に触れ、マルチタスクをこなす生活は、脳を慢性的な疲労状態に陥らせることがあります。これを脳疲労と呼びます。

脳疲労が起こると、脳の前頭前野という部分の機能が低下すると言われています。前頭前野は、**集中力、判断力、思考力、計画性、そして作業記憶(ワーキングメモリ)**といった認知機能の中心的な役割を担っています。作業記憶は、一時的に情報を保持し、処理するための能力で、「今、何をしようとしていたか」「さっき聞いた話の内容」「複数の情報を同時に扱う」といった日常的な行動に不可欠です。

脳が疲労すると、この作業記憶の容量が低下したり、情報処理のスピードが落ちたりします。これにより、**集中力が続かなくなり、新しい情報が頭に入りにくく、すぐに忘れてしまう**といった物忘れの症状が現れます。また、「あれ、次に何をすればいいんだっけ?」といったように、一連の作業の手順を忘れてしまうこともあります。

脳疲労の主な原因

  • デジタルデバイスの長時間使用: 目からの情報過多、ブルーライト、通知の頻繁なチェックなど。
  • 情報過多: ニュース、SNS、メールなど、常に大量の情報に晒されている状態。
  • マルチタスク: 複数の作業を同時に行おうとすること。
  • 休息不足: 脳をリラックスさせる時間がない。
  • 単調な作業: 脳への刺激が少なく、活性化しない。

脳疲労による物忘れは、脳を休息させ、適切なリフレッシュを取り入れることで改善が期待できます。デジタルデトックス、趣味の時間、自然の中で過ごす、マインドフルネスなどが有効です。

物忘れの原因となりうる疾患

単なる加齢や一時的な要因による物忘れではなく、疾患が原因で物忘れが起こっている場合は、適切な診断と治療が不可欠です。ここでは、物忘れを引き起こす可能性のある主な疾患について説明します。

認知症(アルツハイマー型、血管性など)

認知症は、脳の病気によって記憶力や思考力などの認知機能が低下し、日常生活に支障をきたす状態を指します。物忘れは、認知症の**最も代表的な初期症状**の一つです。

前述した正常な加齢による物忘れとの決定的な違いは、**体験そのものを忘れてしまう**こと、そして**物忘れの進行とともに他の認知機能(判断力、理解力、実行機能など)も低下していく**ことです。

認知症にはいくつかの種類があり、原因となる病気によって症状の現れ方や進行が異なります。

主な認知症の種類と物忘れの特徴

種類 原因 物忘れの特徴 その他主な症状
アルツハイマー型認知症 脳にアミロイドβやタウといった異常なたんぱく質が蓄積し、神経細胞が破壊される。 最も多いタイプ。 最近の出来事や新しい情報を覚えられなくなる。体験そのものを忘れる(食事したこと、話したことなど)。徐々に進行する。 時間や場所の見当識障害(いつか分からない、今どこにいるか分からない)、判断力・問題解決能力の低下、言葉の使い間違い、意欲低下、徘徊
血管性認知症 脳梗塞や脳出血などの脳血管障害により、脳の一部に血流障害が起こり、神経細胞が死滅する。 脳の障害された部位によって物忘れの程度や種類は様々。**「まだら認知症」**とも呼ばれ、できることとできないことが混在しやすい。急に発症したり、段階的に悪化したりすることがある。 運動障害(手足の麻痺)、ろれつが回らない、感情失禁(泣いたり笑ったりを抑えられない)、意欲低下、うつ症状
レビー小体型認知症 脳の神経細胞にレビー小体という異常なたんぱく質が蓄積する。 記憶障害はアルツハイマー型ほど目立たないことがある。**日によって物忘れの程度が変動する**ことがある。 **幻視**(実際にはないものが見える)、手足の震えや体のこわばりなどの**パーキンソン症状**、睡眠時の異常言動、自律神経症状(便秘、立ちくらみなど)
前頭側頭型認知症 脳の前頭葉や側頭葉が萎縮する。 記憶障害は初期には目立たないことが多い。 **人格の変化**(無関心になる、反社会的になる)、**行動の異常**(同じ行動を繰り返す、衝動的になる)、**言葉の問題**(言葉が出にくい、言葉の意味が分からない)

認知症による物忘れは、進行を完全に止める治療法は現在のところありませんが、早期に発見し、薬物療法や非薬物療法(リハビリテーションやケア)を行うことで、進行を緩やかにしたり、症状を軽減したりすることが可能です。周囲のサポートも非常に重要になります。

「もしかして認知症かも…」と不安になったら、ためらわずに専門機関に相談することが大切です。

脳の疾患(脳腫瘍、慢性硬膜下血腫など)

認知症以外にも、脳に物理的な異常が生じることで物忘れを引き起こす疾患があります。これらの疾患による物忘れは、原因を取り除く治療によって改善する可能性があります。

  • 脳腫瘍: 脳にできた腫瘍が、記憶に関わる部位を圧迫したり破壊したりすることで物忘れが生じることがあります。腫瘍の種類や場所によって、物忘れ以外にも頭痛、吐き気、手足の麻痺、けいれんなどの様々な症状が現れます。
  • 慢性硬膜下血腫: 頭部への軽い衝撃などが原因で、脳を覆う膜の下にゆっくりと血液が溜まる病気です。血腫が脳を圧迫することで、物忘れ、頭痛、手足の麻痺、ふらつき、認知機能の低下などが起こります。高齢者やアルコールをよく飲む方に比較的多く見られます。
  • 正常圧水頭症: 脳の中にある脳脊髄液の通り道が詰まったりして、脳脊髄液が溜まり、脳室が拡大する病気です。脳室の拡大により脳が圧迫され、物忘れ、歩行障害(歩き方が不安定になる)、尿失禁といった特徴的な症状が現れます。

これらの疾患は、画像検査(CTやMRI)によって診断され、多くの場合、手術によって原因を取り除く治療が行われます。早期に発見し治療すれば、物忘れを含む症状が改善することが期待できます。

突然物忘れが悪化した、頭痛や手足のしびれなど他の症状を伴うといった場合は、これらの脳疾患の可能性も考えて、早めに医療機関を受診することが重要です。

その他の身体疾患(甲状腺機能低下症など)

脳以外の臓器の機能が低下したり、全身のバランスが崩れたりすることでも、物忘れを含む認知機能の低下が起こることがあります。

  • 甲状腺機能低下症: 甲状腺ホルモンの分泌が不足する病気です。甲状腺ホルモンは全身の代謝を調整しており、不足すると様々な臓器の働きが鈍くなります。物忘れ、集中力低下、だるさ、むくみ、寒がり、便秘といった症状が現れます。血液検査で診断でき、ホルモン剤による治療で改善が見込めます。
  • うつ病: 前述の精神的な要因としても挙げましたが、重度のうつ病では思考力や集中力の低下が顕著になり、物忘れのように見えることがあります(仮性認知症)。抗うつ薬による治療や精神療法で改善が期待できます。
  • ビタミン欠乏症: 特にビタミンB12や葉酸が不足すると、神経系の働きに影響が出て物忘れや認知機能の低下を招くことがあります。偏食や胃腸の病気などが原因となることがあります。血液検査で診断でき、ビタミンの補給によって改善します。
  • 腎臓病・肝臓病: 腎臓や肝臓の機能が著しく低下すると、体内に老廃物が蓄積し、脳機能に悪影響を及ぼすことがあります。これにより、物忘れや意識障害などが起こることがあります。
  • 慢性閉塞性肺疾患(COPD)などによる酸素不足: 肺の機能が低下して体に十分な酸素が供給されない状態が続くと、脳細胞にダメージを与え、認知機能が低下することがあります。
  • 重度の貧血: 脳に十分な酸素が運ばれなくなるため、集中力や記憶力が低下することがあります。

これらの身体疾患が原因の物忘れは、**原疾患を適切に治療**することで、物忘れも改善したり進行を抑えたりできる可能性があります。物忘れ以外に、だるさ、体重の変化、消化器症状など、全身の不調を伴う場合は、これらの疾患の可能性も考慮して内科などで相談することをおすすめします。

記憶力が落ちる原因も物忘れと関連

「物忘れが多い」と感じることは、「記憶力が落ちた」と感じることと密接に関連しています。記憶は、脳が情報を受け取り、保持し、必要に応じて引き出すという一連のプロセスで行われます。物忘れは、このプロセスのどこかに問題が生じることで起こります。

記憶の3つのプロセス

  1. 記銘(コード化): 五感を通して入ってきた情報を脳が受け取り、記憶として整理・変換する段階。「覚える」行為にあたります。
  2. 保持(貯蔵): 記銘された情報を脳の中に蓄えておく段階。「覚えておく」行為にあたります。
  3. 想起(検索): 保持された情報を必要に応じて脳の中から取り出す段階。「思い出す」行為にあたります。

正常な加齢による物忘れは、主に**想起(思い出す)**のプロセスが少し苦手になることで起こると考えられています。記憶そのものは脳に蓄えられているものの、うまく引き出せない、という状態です。

一方、認知症による物忘れは、**記銘(覚える)**の段階から障害されることが多いです。新しい情報が脳にうまく入っていかない、あるいはすぐに消えてしまうため、そもそも記憶として保持されないのです。そのため、ヒントがあっても思い出せないということが起こります。

ストレス、睡眠不足、疲労、栄養不足、脳疲労といった**一時的な要因**は、**記銘**や**想起**のプロセスに影響を与えます。例えば、集中力が低下していると、新しい情報がきちんと記銘されません。疲れていると、記憶を整理・定着させる保持のプロセスがうまくいかなかったり、思い出す力が弱まったりします。

また、**記憶の種類**によっても、物忘れの現れ方が異なります。

  • エピソード記憶: 「いつ」「どこで」「何を」体験したかに関する記憶(例:昨日の夕食の内容、旅行の思い出)。正常な加齢で最も低下しやすい。
  • 意味記憶: 言葉の意味、知識、一般的な事実に関する記憶(例:日本の首都は東京、リンゴは果物)。比較的、加齢による影響を受けにくい。
  • 手続き記憶: 体で覚えた手順やスキルに関する記憶(例:自転車の乗り方、楽器の演奏)。認知症になっても比較的保たれやすい。
  • 展望的記憶: これから行う予定や行動に関する記憶(例:〇時に〇さんに電話する)。物忘れで困ることが多い記憶の一つ。

「記憶力が落ちた」と感じる場合は、具体的にどのような種類の記憶が苦手になったのかを分析してみることも、原因を探るヒントになります。一時的な脳疲労なのか、それともより注意が必要な状態なのかを見極めるためには、専門家のアドバイスが役立ちます。

物忘れを改善・予防する方法

物忘れの原因が、加齢や一時的な要因によるものであれば、生活習慣の見直しや脳を活性化させる習慣を取り入れることで、改善したり進行を遅らせたりすることが期待できます。疾患が原因の場合は、その治療と並行してこれらの対策を行うことが有効です。

生活習慣の見直し(食事、運動、睡眠)

脳の健康は、体全体の健康と密接に関わっています。バランスの取れた生活習慣は、物忘れの予防・改善の基本です。

食事

  • バランスの取れた食事: 主食、主菜、副菜を揃え、様々な食品から栄養素を摂取しましょう。特に、脳機能に関わるビタミンB群、DHA/EPA、抗酸化物質、鉄分、亜鉛などを意識的に摂ることが大切です。
  • 地中海式食事: 野菜、果物、全粒穀物、魚、ナッツ類、オリーブオイルを中心とした食事は、認知機能の維持に良い影響を与えるという研究が多くあります。
  • 抗酸化作用のある食品: ベリー類、緑黄色野菜、ナッツ類、チョコレート(カカオ含有量が高いもの)、緑茶などは、脳の酸化ストレスを減らすのに役立ちます。
  • 脳のエネルギー源: 脳はブドウ糖を主なエネルギー源としています。極端な糖質制限は避け、全粒穀物などからゆっくりと吸収される質の良い糖質を摂りましょう。
  • 水分補給: 脱水は脳の機能低下を招くことがあります。こまめな水分補給も大切です。

運動

  • 有酸素運動: ウォーキング、ジョギング、水泳などの有酸素運動は、脳への血流を増やし、新しい神経細胞の誕生を促すBDNF(脳由来神経栄養因子)という物質の分泌を活性化させることが分かっています。週に150分程度(1日30分×5日など)を目指しましょう。
  • デュアルタスク運動: 体を動かしながら同時に脳を使う運動(例:しりとりをしながらウォーキング、計算をしながら踏み台昇降)は、複数の情報を同時に処理する能力(ワーキングメモリ)や注意力を鍛えるのに効果的です。
  • 筋力トレーニング: 全身の血行促進につながり、脳の健康にも良い影響を与えます。

睡眠

  • 質の良い睡眠を確保: 毎日同じ時間に寝起きする、寝室を快適な環境にする(暗く静かに)、寝る前にカフェインやアルコールを控える、寝る直前のスマホ操作を避けるなど。
  • 十分な睡眠時間: 必要な睡眠時間には個人差がありますが、一般的には7〜8時間と言われています。日中に眠気を感じずに過ごせる時間を目安にしましょう。
  • 昼寝: 短時間の昼寝(15〜20分程度)は、脳の疲労回復に効果的です。ただし、長い昼寝は夜の睡眠を妨げる可能性があるので注意が必要です。

脳を活性化させる習慣

脳は、使えば使うほど機能が維持・向上すると言われています。積極的に脳を使い、刺激を与える習慣を取り入れましょう。

  • 新しいことに挑戦する: 語学学習、楽器の演奏、絵画、ダンスなど、これまでやったことのない新しい趣味や学習は、脳に新鮮な刺激を与え、神経回路を活性化させます。
  • 読書やパズル: 文章を理解する、情報を整理する、論理的に考えるといった脳の様々な働きを活性化させます。クロスワードや数独なども効果的です。
  • コミュニケーション: 人との会話は、言葉を選び、相手の話を聞き、自分の考えを伝えるという複雑な脳のプロセスを伴います。積極的に人と交流しましょう。
  • 料理や手芸: 手先を使う作業は、脳を広く活性化させます。複数の手順を覚えて行う料理や、集中力が必要な手芸などは特に良いでしょう。
  • 散歩や旅行: 新しい景色を見たり、慣れない道を歩いたりすることは、脳に適度な刺激を与えます。
  • マインドフルネスや瞑想: 脳をリラックスさせ、集中力を高めるのに役立ちます。

日々の生活の中で、少しだけいつもと違う行動を取り入れてみたり、意識的に脳を使う機会を作ってみたりすることが大切です。

専門機関への相談を検討するサイン

「これは単なる物忘れじゃないかもしれない」と感じたら、ためらわずに専門機関に相談することが重要です。早期に原因を特定し、適切な対応を始めることで、改善が見込める物忘れは回復に向かいますし、認知症の場合は進行を緩やかにすることができます。

専門機関への相談を検討すべきサイン

  • 日常生活に支障が出始めた: 約束を忘れる、何度も同じことを聞く・言う、物の置き場所だけでなく使ったこと自体を忘れる、 familiar な場所で道に迷う、料理や家事がうまくできなくなった、お金の管理が難しくなったなど。
  • 以前と比べて明らかに物忘れが悪化した: 急に物忘れが増えた、物忘れの程度がどんどんひどくなっていると感じる。
  • 物忘れ以外に気になる症状がある: 判断力の低下、理解力の低下、言葉が出てこない、性格が変わった、意欲がなくなった、不安感が強い、うつっぽい、幻視が見える、手足が震える、歩き方が不安定になったなど。
  • 家族や周囲の人から物忘れを指摘されるようになった: 自分では大丈夫だと思っていても、周囲の人が変化に気づいている場合。
  • 若年性認知症の可能性がある(65歳未満での発症): 若いからと軽く考えず、変化に気づいたらすぐに相談が必要です。

何科に相談すれば良い?

まずは、かかりつけ医に相談してみるのが良いでしょう。そこで、物忘れの症状や気になること、他の病気などを伝え、適切な専門医を紹介してもらうことができます。

専門医としては、主に以下のような科があります。

  • もの忘れ外来/認知症外来: 認知症の診断や治療に特化した専門外来です。最も適切な窓口となることが多いです。
  • 神経内科: 脳や神経の病気を専門とする科です。認知症や脳血管障害などによる物忘れの診断・治療を行います。
  • 精神科/心療内科: うつ病やストレスに関連する物忘れの場合に適切です。
  • 脳神経外科: 脳腫瘍や慢性硬膜下血腫など、外科的治療が必要な脳疾患が疑われる場合に受診します。

地域の地域包括支援センターも相談窓口として活用できます。専門機関への受診に関するアドバイスや、介護保険サービスなど、様々な情報提供や支援を行っています。

不安を一人で抱え込まず、早めに専門家に相談することが、物忘れの原因を明らかにし、適切な対応を始めるための第一歩です。

まとめ

物忘れは、多くの人にとって不安の種となりますが、その原因は加齢による自然な変化から、ストレスや疲労といった一時的なもの、そして治療が必要な疾患まで、多岐にわたります。

この記事では、正常な加齢による物忘れと注意が必要な物忘れの違い、そして年代別に起こりやすい原因について詳しく解説しました。特に、若い世代ではストレスや生活習慣による一時的な物忘れが多く、中年期以降は加齢に加えて生活習慣病やホルモンバランスの変化なども影響することが分かりました。

また、物忘れの原因となりうる一時的な要因(ストレス、睡眠不足、栄養不足、薬の副作用、脳疲労)や、注意すべき疾患(認知症、脳腫瘍、慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症、うつ病など)についても詳しく説明しました。それぞれの原因に応じた適切な対策を講じることが重要です。

物忘れの改善や予防のためには、バランスの取れた食事、適度な運動、質の良い睡眠といった健康的な生活習慣が基本となります。さらに、新しいことに挑戦する、読書やパズルをする、人と交流するなど、積極的に脳を活性化させる習慣を取り入れることも効果的です。

もし、物忘れによって日常生活に支障が出始めた場合や、物忘れ以外にも気になる症状がある場合は、ためらわずに専門機関(もの忘れ外来、神経内科、精神科など)に相談してください。早期に原因を特定し、適切な対応を始めることが、物忘れの不安を解消し、健康寿命を延ばすためにも非常に重要です。

物忘れは、脳からのサインかもしれません。この機会に、ご自身の生活習慣や健康状態を見直し、脳の健康を守るための対策を始めてみましょう。

免責事項:
この記事は情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を代替するものではありません。ご自身の物忘れや健康状態に不安がある場合は、必ず医療機関を受診し、専門医にご相談ください。個人の判断で治療を中断したり、自己流の治療を行ったりすることは避けてください。

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