高次脳機能障害の症状とは?見えない障害の記憶・注意・行動の変化を解説

高次脳機能障害は、交通事故や脳卒中などによって脳が損傷を受けた後に生じる、認知機能や行動の障害です。見た目には分かりにくいため「見えない障害」とも呼ばれ、本人だけでなく家族や周囲の人々も、その変化に戸惑うことが少なくありません。
この記事では、高次脳機能障害の主な症状やその原因、日常生活への影響、そして回復に向けた取り組みや相談窓口について、分かりやすく解説します。高次脳機能障害への理解を深め、適切な対応と支援につなげる一助となれば幸いです。

高次脳機能障害の定義

高次脳機能障害は、脳の器質的な損傷(脳の組織が壊れたり、傷ついたりすること)が原因で起こる認知機能の障害全般を指します。認知機能とは、私たちが外界からの情報を取り込み、理解し、判断し、行動するために必要な脳の働きのことです。例えば、記憶する、注意を向ける、言葉を理解したり話したりする、物事を計画して実行する、感情をコントロールするといった能力が含まれます。

これらの機能が、病気や怪我によって脳がダメージを受けた結果、うまく働かなくなってしまうのが高次脳機能障害です。厚生労働省の定義では、「病気やケガによる脳の損傷が原因で、記憶や注意、行為、言語、情緒などの認知機能に障害が起きた状態」とされています。

多くの場合、手足の麻痺といった身体的な障害が先行したり、同時に発生したりしますが、高次脳機能障害は身体的な問題とは区別される、脳の「機能」に関わる障害です。そのため、外見からは障害があることが分かりにくく、周囲に理解されにくいという特性があります。

高次脳機能障害の主な原因(脳卒中、頭部外傷など)

高次脳機能障害の原因となる脳の損傷は多岐にわたりますが、特に多いものとして以下の疾患や外傷が挙げられます。

  • 脳血管障害(脳卒中): 脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など、脳の血管に問題が起きることで脳組織への血流が途絶えたり、出血したりして脳細胞が死滅し、損傷が生じます。
    これが原因となるケースが最も多く見られます。
  • 頭部外傷: 交通事故、転落、スポーツ中の事故などにより、頭部に強い衝撃を受け、脳が直接的に損傷を受けたり、脳内で出血や腫れが生じたりして脳組織がダメージを受けます。
  • 脳炎: ウイルスや細菌の感染によって脳に炎症が起こり、脳組織が損傷を受けます。ヘルペス脳炎などが原因となることがあります。
  • 低酸素脳症: 心停止や呼吸停止などにより、脳への酸素供給が長時間途絶えることで脳細胞が広範囲にダメージを受けます。
  • 脳腫瘍: 脳の中にできた腫瘍が周囲の脳組織を圧迫したり、破壊したりすることで脳機能に障害が生じます。
    手術で腫瘍を取り除いた後にも、障害が残ることがあります。
  • その他: アルツハイマー型認知症などの進行性の病気によっても認知機能の低下は起こりますが、厚生労働省の定義では、進行性の病気によるものは通常、高次脳機能障害の範疇には含められません(ただし、症状としては共通するものもあります)。

これらの原因によって脳の特定の部分が損傷を受けると、その部位が司っていた高次脳機能に障害が現れます。原因によって損傷を受ける部位や範囲が異なるため、現れる症状の種類や程度も人によって大きく異なります。

高次脳機能障害の主要な症状の種類

高次脳機能障害の症状は非常に多様で、損傷した脳の部位や範囲、個人の性格や生活歴などによって現れ方が異なります。ここでは、代表的な症状を「中核となる症状」と「その他の主な症状」に分けて解説します。

中核となる症状

高次脳機能障害において特に頻繁に見られ、日常生活や社会生活に大きな影響を与える主要な症状群です。これらは、私たちが普段当たり前のように行っている「考える」「覚える」「注意する」といった認知機能の根幹に関わるものです。

記憶障害

記憶障害は、高次脳機能障害で最も頻繁に見られる症状の一つであり、その生活への影響は非常に大きいものです。記憶障害にはいくつかのタイプがあります。

  • 前向性健忘(新しいことを覚えられない): これが最も多いタイプです。脳損傷を受けた時点より後の新しい情報を覚えたり、学習したりすることが難しくなります。
    • 具体的な困りごと:
    • 言われたことをすぐに忘れてしまう(例:「さっき言ったでしょ!」と言われる)。
    • 新しい人の顔や名前を覚えられない。
    • 約束や予定を覚えていられない。
    • 物の置き場所を忘れてしまう(同じものを何度も探す)。
    • 同じ話を何度も繰り返してしまう(本人には初めて話している感覚)。
    • 今日の朝食の内容や、今日が何曜日かなど、直近の出来事を思い出せない。
    • 新しい手順や操作方法が覚えられない(家電の使い方など)。
  • 逆向性健忘(過去の出来事を思い出せない): 脳損傷を受けた時点より前の過去の出来事や情報の一部、あるいは全体を思い出せなくなることがあります。損傷直後の数週間から数年間の記憶が失われることが多いですが、過去の経験全体に及ぶこともあります。
    • 具体的な困りごと:
    • 自分の経歴や学歴、職歴の一部を思い出せない。
    • 家族や友人の顔は分かるが、具体的な思い出を語れない。
    • 過去の出来事について、事実と異なることを話してしまうことがある。
  • 即時記憶障害: 聞いたり見たりした情報を、数秒間保持しておくことが難しい症状です。簡単な電話番号や住所を聞き取ってすぐに忘れてしまう、といった形で現れます。

記憶障害があると、新しいことを学ぶことや、過去の経験から学ぶことが困難になるため、日常生活の中で様々な失敗や誤解が生じやすくなります。周囲からは「怠けている」「やる気がない」と誤解されることもあり、本人も自信を失ったり、混乱したりします。

注意障害

注意障害もまた、高次脳機能障害の中心的な症状の一つです。私たちが何か一つのことに集中したり、複数の刺激の中から必要なものだけを選んだり、同時に複数の情報に注意を向けたりする能力が損なわれる状態です。注意障害は、さらに細分化されることがあります。

  • 選択的注意の障害: 多くの情報の中から、特定の情報や刺激だけに注意を向けることが難しい。
    • 具体的な困りごと:
    • 騒がしい場所や複数の人が話している場所では、相手の話を聞き取れない。
    • テレビを見ながら会話するのが難しい。
    • 周りの音や動きが気になって、一つの作業に集中できない。
  • 持続的注意の障害: 一つのことに注意を向け続けることが難しい。集中力が長く続かない。
    • 具体的な困りごと:
    • 長時間にわたる作業や勉強が続けられない。
    • 会議や授業に集中できない。
    • 簡単なミスが増える(書類の入力ミス、料理の手順間違いなど)。
    • 単調な作業に耐えられない。
  • 分配性注意の障害: 複数のことに同時に注意を向けたり、注意を切り替えたりすることが難しい。マルチタスクが困難になる。
    • 具体的な困りごと:
    • 電話をしながらメモをとることができない。
    • 料理をしながら他の家事をするのが難しい。
    • 運転中にカーナビを見たり、同乗者と会話したりするのが難しい。
    • 複数の指示を同時に理解できない。
  • 転換性注意の障害: ある課題から別の課題へ、スムーズに注意を切り替えることが難しい。
    • 具体的な困りごと:
    • 中断した作業に再び戻るのが困難。
    • 複数の種類の仕事をこなすのが難しい。
    • 話題が切り替わるとついていけなくなる。

注意障害は、記憶障害と同様に、仕事や学業、家事など、ほとんど全ての活動に影響を及ぼします。「うっかりミス」が多い、「指示を聞いていない」と見なされやすい、といった形で周囲に認識されることが多い症状です。

遂行機能障害

遂行機能とは、目標を設定し、計画を立て、計画を実行し、その結果を評価・修正するという、一連の高度な認知機能のことです。遂行機能障害は、これらのプロセスがうまくいかなくなる状態を指します。特に前頭葉の損傷によって生じやすい症状です。

  • 具体的な困りごと:
    • 目標設定の困難: 何のためにその作業をするのか、最終的な目標が分からなくなる。
    • 計画立案の困難: 目標達成のために、何を、どのような順番で行えば良いか、手順を考えることが難しい。例:料理の手順が分からない、旅行の計画が立てられない。
    • 計画実行の困難: 計画通りに作業を進めることが難しい。途中でやめてしまったり、手順を飛ばしたりする。例:途中で違うことを始めてしまい、元の作業に戻れない。
    • 効率的な行動の困難: 複数の選択肢の中から最適な方法を選べない、非効率的な方法を続ける。
    • 問題解決の困難: 予期せぬ問題が起きたときに、どのように対応すれば良いか分からない。例:ATMの操作でエラーが出たときに対応できない。
    • 結果評価・修正の困難: 自分の行動の結果を客観的に評価し、必要に応じてやり方を変えることが難しい。例:失敗しても同じ方法を繰り返す。
    • 予測の困難: 将来どうなるか、自分の行動がどのような結果をもたらすかを予測することが難しい。例:お金の使い方が計画的でなくなる。

遂行機能障害は、仕事や複雑な家事、金銭管理など、自立した生活を送る上で不可欠な能力に直接的に影響します。周囲からは「いい加減だ」「段取りが悪い」「だらしない」と誤解されやすく、本人は自分で物事を進めることが難しくなり、指示がないと動けない、といった状態になることがあります。

病識欠如

病識欠如とは、自分が脳の損傷によって認知機能や行動に変化が生じていることを、本人自身が正確に認識できない、あるいは受け入れることができない状態です。脳の損傷部位(特に前頭葉や右半球)によって生じやすい症状の一つですが、心理的な要因(ショックや否認)も関係していることがあります。

  • 具体的な困りごと:
    • 自分が記憶障害であることを認めず、「忘れているのではなく、興味がないだけだ」「忙しいから仕方ない」などと説明する。
    • 遂行機能障害があっても、「自分は以前と変わらない」と思い込み、周囲からの助言を受け入れない。
    • 感情のコントロールが難しくなっても、そのことを自分の問題として認識せず、他人のせいにする。
    • リハビリテーションや支援の必要性を感じないため、協力が得られにくい。
    • 危険な行動(注意障害や遂行機能障害による不安全な行動など)をとっても、その危険性を理解できない。

病識欠如は、本人と家族、支援者との間で意見の対立や摩擦を生みやすい、非常に困難な症状です。本人は自分が正しいと思っているため、周囲の心配や注意を否定的に捉えたり、反発したりすることがあります。適切な支援を行うためには、まず病識がないという症状を理解し、本人の尊厳を傷つけない形で、段階的に現実を理解できるようにサポートしていく必要があります。

その他の主な症状

中核的な症状以外にも、高次脳機能障害では様々な症状が見られます。これらは、損傷部位や程度によって、単独あるいは複数の症状が組み合わさって現れます。

感情障害

感情障害は、感情のコントロールが難しくなったり、感情の表現が変わったりする症状です。脳の特定の部位(特に前頭葉や辺縁系)の損傷や、障害による生活の変化、精神的な負担などが関係しています。

  • 具体的な症状:
    • 感情の易変性(感情が変わりやすい): 些細なことで笑ったり泣いたり、怒ったりといった感情が激しく、急に変化する。
    • 易怒性(怒りっぽくなる): 以前は気にならなかったことにも、すぐに腹を立てたり、興奮したりする。
    • 無感情・無関心(アパシー): 感情の起伏が少なくなり、何事にも興味を示さなくなる。やる気や意欲が低下する。
    • 抑うつ: 気分が沈み込み、悲観的になる。うつ病を併発することもある。
    • 不安: 様々なことに対して過剰に不安を感じる。
    • 多幸感: 根拠なく明るく、楽観的すぎる状態になる。

感情障害があると、本人も感情の波に振り回されて疲弊するだけでなく、家族や周囲の人もどう接すれば良いか分からず、困惑することが多くなります。

社会的行動障害

社会的行動障害は、社会的なルールやTPO(時と場所と場合)を理解して行動することが難しくなる症状です。特に前頭葉の損傷と関連が深いと言われています。

  • 具体的な症状:
    • 脱抑制: 衝動的な行動をとる、言いたいことをすぐに口に出してしまう、他人に対する配慮が欠ける。
    • 固執性: 一つの考えや行動にこだわり、切り替えることが難しい。融通がきかなくなる。
    • 依存性: 他人に過度に頼るようになる、自分で判断して行動することが難しくなる。
    • 反社会的行動: 万引きや暴力など、社会的に許容されない行動をとってしまうことがある。
    • 共感性の低下: 他人の気持ちを察したり、立場を理解したりすることが難しくなる。

社会的行動障害があると、職場や学校、地域社会での人間関係を円滑に築くことが難しくなります。本人には悪気がないのに、周囲から反感を買ったり、孤立したりすることがあります。

失語症

失語症は、脳の言語中枢が損傷を受けることで、言葉を理解したり、話したり、読んだり、書いたりする能力が損なわれる症状です。多くの場合は左脳の損傷によって生じますが、右脳の損傷でも言葉の理解や使い方に影響が出ることがあります。

  • 具体的な症状:
    • 理解の困難: 話しかけられた内容や、文字を読んで理解することが難しい。
    • 発話の困難: 言葉がスムーズに出てこない、間違った言葉を使ってしまう、意味不明な言葉を発する(ジャーゴン)。
    • 読み書きの困難: 文字を読むことができない(失読)、文字を書くことができない(失書)。

失語症はコミュニケーションを阻害するため、本人の孤立につながりやすい症状です。言葉が出なくても、伝えたい意思があることを理解し、非言語的なコミュニケーション(ジェスチャー、表情、筆談など)も活用しながら、根気強く関わっていくことが大切です。

失行症

失行症は、手足の麻痺など運動機能に問題がないにもかかわらず、意図したとおりに体を動かすことが難しくなる症状です。日常生活で当たり前に行っている動作(服を着る、箸を使う、歯を磨くなど)の手順や方法が分からなくなってしまうことがあります。主に大脳皮質の頭頂葉や連合野の損傷によって生じやすいとされています。

  • 具体的な症状:
    • 観念運動失行: 指示された動作(例:「手を振ってください」)をすることができないが、自然な流れの中ではできることがある。
    • 観念失行: 複雑な一連の動作(例:お茶を入れる、料理を作る)の手順が分からなくなり、目的を達成できない。道具の使い方も分からなくなることがある。
    • 着衣失行: 服を正しく着ることができない。袖に足を通そうとするなど。
    • 構成失行: ブロックを組み立てる、図形を模写するといった、部分を組み合わせて全体を構成する作業が難しい。

失行症があると、着替えや食事、入浴など、基本的な日常生活動作に支障が出ることがあります。周囲からは不器用に見えたり、「わざとやっているのでは」と誤解されたりすることもあります。

失認症

失認症は、目が見えている、音が聞こえているなど、感覚器自体に問題がないにもかかわらず、それが「何か」を認識・識別することが難しくなる症状です。主に大脳皮質の頭頂葉や後頭葉、側頭葉の損傷によって生じます。

  • 具体的な症状:
    • 視覚失認: 目に見えている物の形や色が分かっても、それが何であるか認識できない。例:鍵を見ても、それが鍵だと分からない。顔を見ても誰か分からない(相貌失認)。
    • 聴覚失認: 音が聞こえても、それが何の音か認識できない。例:電話の呼び出し音や車のクラクションが、何の音か分からない。
    • 身体失認: 自分の体の部位や、体と周囲の関係性を認識できない。例:自分の手足を他人もののように感じたり、片側の手足の存在を無視したりする。

失認症があると、安全面での問題(例:火を見てそれが危険だと認識できない)や、対人関係(例:知人の顔を認識できない)など、様々な場面で困難が生じます。

半側空間無視

半側空間無視は、主に右脳(頭頂葉)の損傷によって生じやすく、脳の損傷と反対側(多くは左側)の空間にあるものを認識したり、注意を向けたりすることが難しくなる症状です。感覚器自体に問題はありません。

  • 具体的な症状:
    • 食事の際に、皿の半分(左側)だけ食べ残す。
    • 文字を読む際に、行の半分(左側)を飛ばしてしまう。
    • 絵を描く際に、左半分を描かない。
    • 着替えの際に、片側(左側)の服だけ着忘れる。
    • 道を歩く際に、左側にある障害物や人に気づかずぶつかってしまう。
    • 会話の際に、左側にいる相手に気づかない、左側から話しかけられても反応しにくい。

半側空間無視があると、日常生活の多くの場面で支障が出ます。特に安全面でのリスクが高まるため、周囲の注意と支援が必要です。

症状の現れ方について

これらの症状は、単独で現れることもあれば、複数の症状が組み合わさって現れることもあります。例えば、記憶障害と注意障害が合併すると、新しい情報を覚えることがさらに困難になります。また、遂行機能障害と病識欠如が組み合わさると、自分で計画を立てられない上に、そのことに気づかないため、他人の助けも借りられず、自立した生活が非常に難しくなります。

症状の程度も軽度から重度まで様々であり、外見からは分かりにくいため、周囲からの理解と適切な対応が非常に重要になります。

障害部位と症状の関係性

脳は部位によってそれぞれ異なる機能を担っています。そのため、どの部位が損傷を受けたかによって、現れやすい高次脳機能障害の症状に傾向があります。ただし、脳は非常に複雑なネットワークであり、損傷部位だけでなく、損傷の大きさや深さ、本人の年齢、発症からの時間など、様々な要因が症状に影響するため、必ずしも特定の部位の損傷が特定の症状を正確に引き起こすわけではありません。あくまで一般的な傾向として理解することが重要です。

代表的な脳の部位とその機能、損傷によって生じやすい症状の関係を以下に示します。

脳の部位 主な機能 損傷によって生じやすい症状
前頭葉 思考、計画、判断、意思決定、感情・行動の制御、創造性、遂行機能、注意の一部 遂行機能障害、注意障害(持続性、転換性、分配性)、記憶障害(特にエピソード記憶)、社会的行動障害(脱抑制、固執、依存性)、感情障害(易怒性、無感情)、病識欠如、人格変化、意欲低下
側頭葉 聴覚、記憶、言語理解、感情 記憶障害(特に新しいこと)、失語症(感覚性失語:言葉の理解困難)、聴覚失認、感情障害(不安、攻撃性)
頭頂葉 感覚(触覚、痛覚、温覚など)、空間認知、注意の一部、読み書き計算、行為の計画 半側空間無視、失認症(視覚失認、身体失認)、失行症(特に観念失行、着衣失行、構成失行)、読み書き計算の困難、注意障害(空間性注意)
後頭葉 視覚 視覚失認、視野障害、色失認
深部構造
– 視床 感覚情報の中継、注意、覚醒、記憶の一部 記憶障害、注意障害、感覚障害、意識障害
– 基底核 運動制御、学習、習慣形成、遂行機能の一部 運動障害(パーキンソン症状など)、遂行機能障害、注意障害

例えば、前頭葉の損傷が広範囲に及ぶと、思考力や判断力の低下、感情や行動のコントロールの難しさ、意欲の低下、段取りの悪さといった多様な症状が現れやすくなります。一方、左側の側頭葉の中でも言語中枢(ウェルニッケ野など)が損傷すると、言葉の理解が難しくなる感覚性失語が生じやすいといったように、より詳細な部位との関連性も研究されています。

しかし、脳は損傷部位だけでなく、損傷の程度(どのくらい広い範囲が、どのくらい深く損傷したか)や、脳の他の部位とのネットワーク機能への影響も重要です。一つの高次脳機能は、脳の複数の部位が連携して働くことで実現されているため、特定の部位の損傷が単一の症状のみを引き起こすとは限りません。

障害部位と症状の関係性を理解することは、どのような症状が現れる可能性があるか予測したり、効果的なリハビリテーションや支援の方法を検討したりする上で役立ちますが、個々のケースでは様々な要因が複雑に絡み合っていることを認識しておく必要があります。

高次脳機能障害が日常生活や社会生活に及ぼす影響

高次脳機能障害の症状は、本人の日常生活や社会生活のあらゆる側面に影響を及ぼします。見た目には分かりにくいため、周囲から誤解されやすく、それがさらに本人を孤立させてしまうこともあります。

仕事・学業面での困難

以前は問題なくできていた仕事や学業が、高次脳機能障害の症状によって困難になることが多くあります。これは、記憶力、集中力、段取り力、判断力、コミュニケーション能力など、仕事や学業を遂行するために必要な様々な高次脳機能が低下するためです。

具体的な困難の例:

  • 新しい業務内容や手順を覚えられない(記憶障害)。
  • 指示された内容を忘れたり、聞き間違えたりする(記憶障害、注意障害)。
  • 会議や授業に集中できず、内容が頭に入らない(注意障害)。
  • 複数の作業を同時並行で進められない(注意障害)。
  • 仕事や課題の計画を立てたり、優先順位をつけたりできない(遂行機能障害)。
  • 期日を守れない、提出物を忘れる(遂行機能障害、記憶障害)。
  • 書類作成や計算でミスが増える(注意障害、遂行機能障害)。
  • 予期せぬ問題が起きたときに対応できない(遂行機能障害)。
  • 同僚やクラスメートとのコミュニケーションがうまくいかない(社会的行動障害、感情障害、失語症)。
  • 遅刻や欠勤が増える(注意障害、遂行機能障害、意欲低下)。
  • 疲れやすく、以前のように長時間働いたり勉強したりできない(易疲労性も高次脳機能障害に伴いやすい)。

これらの困難により、休職や退職、あるいは復学後の困難といった問題が生じやすくなります。障害特性に配慮した環境調整や、ジョブコーチなどによる支援が必要となる場合があります。

対人関係における変化と対応

感情障害や社会的行動障害は、対人関係に大きな影響を与えます。以前とは性格が変わったように見えたり、周囲の人が理解しがたい行動をとったりすることがあります。

具体的な変化の例:

  • 些細なことで怒ったり、感情的になったりするため、家族や友人との衝突が増える(感情障害)。
  • 相手の気持ちを察したり、場の空気を読んだりすることが難しくなるため、会話が一方的になったり、不適切な発言をしたりする(社会的行動障害)。
  • 衝動的な行動をとるため、トラブルに巻き込まれやすくなる(社会的行動障害)。
  • 冗談が通じなくなったり、比喩表現が理解できなくなったりする(言語機能の変化)。
  • 以前のようにユーモアがなくなったり、感情表現が乏しくなったりする(感情障害)。
  • 自分の状態を認識できないため、周囲の心配や助言を素直に受け入れられない(病識欠如)。
  • 同じ話を何度も繰り返すため、相手を辟易させてしまう(記憶障害)。

これらの変化は、本人自身も戸惑い、苦しんでいることが多いです。家族は「なぜこんなことをするのだろう」と悩み、以前の本人とのギャップに苦しむことがあります。友人関係が難しくなり、社会的に孤立してしまうリスクも高まります。

対人関係の困難に対しては、まず症状が脳の損傷によるものであることを理解することが出発点です。その上で、具体的な対応策を考える必要があります。

周囲ができる対応のヒント:

  • 症状を責めるのではなく、理解しようと努める。
  • 一度にたくさんの情報を伝えない、簡潔に話す(記憶障害、注意障害)。
  • 具体的な言葉で伝える(抽象的な表現や皮肉は避ける)。
  • 重要なことはメモに書いて渡す、視覚的な情報を活用する。
  • スケジュール帳やスマートフォンのリマインダー機能を活用するなど、代償手段の利用を促す。
  • 感情的になりやすい時は、一度距離を置く時間を持つ。
  • 不適切な行動に対しては、冷静に、具体的に何が問題だったかを伝える。
  • 本人のできることを尊重し、自信を取り戻せるような関わり方をする。
  • 本人だけでなく、家族も相談機関や支援者とつながり、支え合う。
  • 家族自身も、高次脳機能障害について学び、同じ立場の人と交流する機会を持つ(家族会など)。
  • 家族自身の心身の健康も大切にする。

安全確保の重要性

高次脳機能障害の症状は、日常生活における安全確保にも影響を及ぼします。特に注意障害、遂行機能障害、記憶障害、半側空間無視などがある場合、思わぬ事故につながるリスクがあります。

具体的なリスクの例:

  • 火の消し忘れ、ガス栓の閉め忘れによる火災(注意障害、記憶障害、遂行機能障害)。
  • 電気製品のつけっぱなし(注意障害)。
  • 薬の飲み間違い、重複服用(記憶障害、注意障害)。
  • 戸締りを忘れて外出する(記憶障害、遂行機能障害)。
  • 一人で外出して道に迷う(記憶障害、遂行機能障害、空間認知の困難)。
  • 交通ルールを無視する、信号を見落とすなどによる交通事故(注意障害、遂行機能障害、半側空間無視)。
  • 段差や障害物に気づかず転倒する(注意障害、半側空間無視、視覚認知の困難)。
  • お金の管理ができず、詐欺や悪徳商法に巻き込まれる(遂行機能障害、判断力の低下)。

安全を確保するためには、症状に合わせて環境を調整したり、見守りや声かけといったサポートを行ったりすることが重要です。

安全確保のための工夫:

  • 火元やガス栓の確認を習慣づける、安全装置付きの機器を利用する。
  • 薬の管理を家族が行う、お薬カレンダーやピルケースを活用する。
  • 外出時は付き添う、GPS機能付きの端末を持たせる。
  • 危険な場所には近づかないように注意する。
  • 自宅内の段差をなくす、手すりを設置するなど、転倒予防を行う。
  • 金銭管理を家族と一緒に行う、キャッシュレス決済を検討するなど。

安全を確保することは、本人が安心して生活し、社会参加を進めていく上での大前提となります。

高次脳機能障害の症状への対応と回復の見込み

高次脳機能障害は、一度損傷した脳組織自体を完全に元通りにすることは難しいとされています。しかし、症状に対して適切な対応やリハビリテーションを行うことで、機能の回復や残された機能を最大限に活用するための適応、あるいは症状を補うための代償手段の獲得を目指すことは十分に可能です。回復の見込みやアプローチは、損傷の程度、発症からの期間、本人の状態、リハビリテーションの内容、周囲のサポートなど、様々な要因によって異なります。

症状は改善するのか?

高次脳機能障害の症状は、発症からの時間経過とともに変化します。特に急性期や回復期には、脳の自然回復やリハビリテーションによって、症状が比較的大きく改善する可能性があります。しかし、ある一定期間(一般的には発症から半年~1年程度)を過ぎると、症状そのものが劇的に回復することは難しくなることが多いです。これを「症状固定」と呼ぶこともあります。

ただし、症状固定後であっても、回復が完全に止まるわけではありません。リハビリテーションや社会参加を通じて、脳の再編成(可塑性)が起こり、新しい神経回路が構築される可能性があります。また、症状そのものが消失しなくても、症状を補うための代償手段(例:メモをとる習慣をつける、リマインダー機能を使うなど)を身につけたり、環境を調整したりすることで、日常生活や社会生活における困難を軽減し、生活の質を高めることは十分に可能です。

したがって、「症状が完全に消える」という意味での回復は難しい場合が多いですが、「生活上の困難が軽減し、より自立した生活を送れるようになる」という意味での改善や適応は、適切な支援があれば期待できます。

リハビリテーションによるアプローチ

高次脳機能障害に対するリハビリテーションは、身体的なリハビリテーション(理学療法、作業療法)に加え、失われた認知機能や行動機能の回復・代償、生活への適応を目指す専門的なアプローチが行われます。

  • 認知リハビリテーション: 記憶、注意、遂行機能、空間認知などの認知機能の改善を目指す訓練です。コンピュータプログラムを使用したり、日常生活の動作を取り入れたりしながら、反復練習を行います。同時に、障害された機能を補うための代償手段(メモ、チェックリスト、タイマーなどの利用)の活用方法を学びます。
  • 作業療法: 記憶、注意、遂行機能などの認知機能の課題を、日常生活動作や職業的活動といった「作業」を通じて訓練します。着替え、調理、公共交通機関の利用、金銭管理など、具体的な生活場面での困難を克服するための練習や、環境調整の提案なども行います。
  • 言語聴覚療法: 失語症やその他のコミュニケーション障害、嚥下障害などに対して訓練を行います。言葉の理解や発話の訓練、読み書きの練習、非言語的なコミュニケーション手段(ジェスチャー、絵カードなど)の活用練習などを行います。
  • 精神科デイケア/地域活動支援センター: 高次脳機能障害のある方が集まり、プログラム活動(グループワーク、レクリエーション、軽作業など)を通じて、社会性の回復、対人関係のスキルの向上、生活リズムの安定、日中の居場所作りなどを目指します。
  • 就労移行支援/就労継続支援: 就職を目指す方や、働くことを希望する方に対して、職業訓練、職場体験、就職活動のサポートなどを行います。障害特性に配慮した働き方や、職場での環境調整についても相談に乗ってもらえます。

リハビリテーションは、本人の状態や目標に合わせて個別に行われます。早期から開始することが望ましいとされていますが、症状固定後も、生活上の困難を解決したり、新しい目標に向けて取り組んだりするためにリハビリテーションを継続したり、利用できる支援制度を活用したりすることは有効です。

家族や周囲の理解と支援の必要性

高次脳機能障害のある方への支援において、家族や周囲の人々の理解と協力は不可欠です。症状が目に見えにくいため、「なまけ」「わがまま」「性格の変化」と誤解されることが多く、それが本人を苦しめ、家族を疲弊させる大きな要因となります。

理解の重要性:

  • 症状が本人の意思や性格ではなく、脳の損傷によるものであることを理解する。
  • 症状の現れ方は人によって異なることを知る。
  • 回復には時間がかかること、完全に元通りになることが難しい場合もあることを受け入れる。
  • 病識がないことも症状の一つであることを理解する。

支援の具体的なヒント:

  • 本人のできることを尊重し、自信を失わせないように接する。
  • 過干渉にならない一方で、必要な場面では適切な声かけやサポートを行う。
  • 具体的な指示を分かりやすく伝える(一度に多くのことを言わない、メモを活用するなど)。
  • 失敗を責めず、成功体験を積めるように促す。
  • 感情的になったときは、冷静に対応する。
  • 本人のペースを尊重し、休息も重要視する。
  • 家族だけで抱え込まず、専門機関や支援者と連携する。
  • 家族自身も、高次脳機能障害について学び、同じ立場の人と交流する機会を持つ(家族会など)。
  • 家族自身の心身の健康も大切にする。

家族や周囲の適切な理解と支援は、本人が安心して生活し、社会参加を進めていく上で非常に大きな力となります。病識がない場合でも、本人の尊厳を守りながら、できることから支援を始めていくことが重要です。

高次脳機能障害に関する診断と相談窓口

高次脳機能障害の診断は、専門的な知識と経験を持つ医師によって行われます。脳神経外科、神経内科、精神科、リハビリテーション科など、脳や精神機能に関する専門医が担当することが多いです。

診断のプロセス:

  • 問診と病歴の聴取: 症状がいつから、どのように始まったか、どのような経過をたどっているか、既往歴などを詳しく聞き取ります。特に、脳損傷の原因となった出来事(脳卒中の発症、頭部外傷の状況など)について詳細を確認します。
  • 神経心理検査: 記憶力、注意・集中力、遂行機能、言語能力、視空間認知能力、感情・行動特性など、様々な認知機能を評価するための専門的な検査を行います。WAIS(ウェクスラー成人知能検査)、WMS-R(ウェクスラー記憶検査)、BADS(遂行機能障害症候群の行動評価)、WCST(ウィスコンシン・カード分類検査)など、様々な検査バッテリーの中から、本人の状態に合わせて選択されます。
  • 画像検査: MRIやCTなどの脳画像検査を行い、脳の損傷部位や範囲を確認します。症状と画像所見を合わせて判断します。
  • その他: 必要に応じて、精神科医による精神状態の評価や、作業療法士、言語聴覚士などによる評価が行われることもあります。

これらの情報に基づいて、総合的に高次脳機能障害であるかどうかの診断が行われます。

相談窓口:

  • 高次脳機能障害支援普及事業の拠点機関・専門機関: 各都道府県に設置されていることが多く、高次脳機能障害に関する専門的な相談や支援を提供しています。診断を受けた本人や家族だけでなく、診断前の方からの相談にも対応しています。相談支援専門員や医療専門職が配置されており、医療、福祉、雇用、教育など、多岐にわたる相談に応じ、必要な情報提供や関係機関との連携を行います。まずは、お住まいの都道府県の担当窓口に問い合わせてみるのが良いでしょう。「[都道府県名] 高次脳機能障害 支援拠点機関」などで検索すると見つかります。
  • 医療機関: 診断や治療、リハビリテーションを行います。かかりつけの医師や、上記のような専門的な診療科のある病院に相談できます。
  • 地域の相談支援事業所: 障害者総合支援法に基づく相談支援事業所で、障害福祉サービスの利用に関する相談や計画作成などを行います。高次脳機能障害についても相談可能です。
  • 精神保健福祉センター: 精神的な問題に関する相談窓口ですが、高次脳機能障害に伴う精神症状や心理的な悩みについても相談できます。
  • 保健所: 地域の保健サービスを提供する機関です。高次脳機能障害に関する相談や情報提供を行っている場合があります。
  • 障害者職業センター: 就労に関する専門的な支援機関です。就職を希望する高次脳機能障害のある方に対して、評価、訓練、職場適応支援などを行います。
  • 家族会: 高次脳機能障害のある方の家族が集まり、情報交換や相互支援を行う会です。同じ悩みを抱える家族同士で話すことで、気持ちが楽になったり、具体的なヒントを得られたりすることがあります。

高次脳機能障害は、本人だけでなく家族にとっても、多くの不安や困難を伴う障害です。一人で抱え込まず、様々な相談窓口を活用し、適切な支援につながることが大切です。

まとめ

高次脳機能障害は、脳の損傷によって記憶、注意、遂行機能、感情、行動などの認知機能に生じる障害です。脳卒中や頭部外傷などが主な原因となり、症状の現れ方は損傷部位や程度によって多岐にわたります。

特に記憶障害、注意障害、遂行機能障害、病識欠如といった症状は、日常生活や社会生活に大きな影響を及ぼし、仕事や学業、対人関係、安全面で様々な困難を引き起こします。外見からは障害があることが分かりにくいため、周囲から誤解されやすいという特性があります。

高次脳機能障害そのものが完全に治癒することは難しい場合が多いですが、リハビリテーションや環境調整、代償手段の活用など、適切な対応と支援によって、症状による困難を軽減し、生活への適応を進めることは十分に可能です。本人の回復力に加え、家族や周囲の人々の理解と協力が、より良い生活を送るための大きな力となります。

高次脳機能障害に関する悩みや疑問は、一人で抱え込まず、医療機関や高次脳機能障害支援拠点機関などの専門機関に相談することが重要です。適切な診断を受け、利用できる支援制度やサービスを活用しながら、本人と家族が安心して生活できる環境を整えていきましょう。

  • 公開

関連記事