複雑性PTSDの薬|どんな時に使う?効果や注意点を解説

複雑性PTSDは、幼少期からの長期にわたるトラウマ体験などが原因で発症することが多い精神疾患です。
単なるPTSD(心的外傷後ストレス障害)とは異なり、自己組織化の障害(感情の調節困難、対人関係の困難、自己概念の障害など)を伴う点が特徴です。
このような複雑な症状に対して、薬物療法は症状を和らげ、回復への道のりをサポートする重要な役割を果たします。
この記事では、複雑性PTSDの治療において、どのような薬が使われ、それぞれの効果や注意点、そして薬物療法が治療全体の中でどのような位置づけにあるのかを詳しく解説します。
ただし、薬物療法は必ず専門医の診断と処方に基づいて行われるべきものです。
この記事は情報提供を目的としており、自己判断での服薬や中断は絶対に避けてください。
お悩みの方は、必ず精神科や心療内科などの専門機関にご相談ください。

複雑性PTSDの治療は、安全な環境の確保、トラウマ処理、社会との再結合という3段階のモデルが提唱されており、薬物療法はこれらの段階を通して、様々な症状を緩和し、心理療法を効果的に進めるための補助的な役割を担います。

複雑性PTSDの症状は多岐にわたります。
フラッシュバック、悪夢、回避行動、過覚醒といったPTSDの中核症状に加え、感情の激しい変動、自己肯定感の低下、人間関係の不安定さ、解離症状、衝動性などがみられます。
これらの症状が重い場合、心理療法だけでは回復が困難なことがあります。

薬物療法は、以下のような目的で使用されます。

  • 中核症状の軽減: フラッシュバック、悪夢、過覚醒(不眠、イライラ、集中困難など)といったトラウマ関連症状の頻度や強度を抑える。
  • 併存症状の緩和: うつ病、不安障害、パニック障害、摂食障害、物質依存など、複雑性PTSDに併存しやすい精神疾患の症状を改善する。
  • 感情調節のサポート: 感情の激しい波や衝動性を抑え、感情をコントロールしやすくする。
  • 睡眠障害の改善: 不眠や悪夢による睡眠不足を解消し、心身の疲労回復を促す。
  • 心理療法の補助: 薬で症状が安定することで、心理療法に取り組むための精神的な余裕や安定性が生まれやすくなる。例えば、強い不安や抑うつがある場合、薬でそれらを和らげることで、トラウマ記憶の処理などの心理療法に安全に取り組めるようになります。

このように、薬物療法は複雑性PTSDそのものを「治す」というよりは、様々なつらい症状を和らげ、患者さんがより安定した状態で日常生活を送り、他の治療法(特に心理療法)に効果的に取り組めるようにするための「対症療法」や「補助療法」としての意味合いが強いと言えます。

薬の種類や用量は、患者さんの個々の症状、年齢、体質、併存疾患、現在服用している他の薬などを考慮して、専門医が慎重に判断します。
自己判断で薬の種類や量を変更したり、服用を中止したりすると、症状が悪化したり、予期せぬ副作用が現れたりする可能性があるため、医師の指示に必ず従うことが重要です。

複雑性PTSDに使われる主な薬の種類

複雑性PTSDの治療に特化した薬は多くありませんが、様々な症状に対応するために、他の精神疾患の治療で用いられる薬が広く使われています。ここでは、複雑性PTSDの治療で一般的に使用される主な薬の種類とその特徴について解説します。

SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)

SSRIは、脳内の神経伝達物質であるセロトニンの働きを調整する薬です。うつ病や不安障害の治療薬として広く使われていますが、PTSDの治療においても第一選択薬の一つとされています。特に、抑うつ症状、不安、恐怖、過覚醒(不眠、イライラ、集中困難など)、フラッシュバックの頻度や強度の軽減に効果が期待できます。

SSRIは、セロトニンが神経細胞に取り込まれるのを阻害することで、脳内のセロトニン濃度を高め、神経回路の活動を調整すると考えられています。効果が現れるまでには、通常2週間から数週間かかります。

主なSSRIには以下の薬剤があります(一般名と代表的な商品名)。

  • セルトラリン(ジェイゾロフト)
  • パロキセチン(パキシル)
  • フルボキサミン(デプロメール、ルボックス)
  • エスシタロプラム(レクサプロ)

副作用:
比較的副作用が少ないとされていますが、服用開始初期には以下のような症状が現れることがあります。

  • 吐き気、嘔吐、下痢、便秘といった消化器症状
  • 頭痛、めまい、眠気、倦怠感
  • 性機能障害(性欲低下、勃起不全、オーガズム障害など)
  • 口の渇き
  • アカシジア(じっとしていられない落ち着きのなさ)
  • 賦活症候群(不安、焦燥感、興奮、不眠などが強まること)

これらの副作用の多くは、体が薬に慣れるにつれて軽減することが多いですが、つらい場合は医師に相談が必要です。性機能障害はSSRIに比較的よくみられる副作用で、治療継続を困難にすることもあるため、気になる場合は遠慮なく医師に伝えましょう。また、急な中断は離脱症状(めまい、吐き気、頭痛、インフルエンザ様症状、シャンビリ感など)を引き起こすことがあるため、自己判断での中止は絶対に避けてください。

SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)

SNRIは、セロトニンに加え、ノルアドレナリンという神経伝達物質の働きも調整する薬です。SSRIと同様にうつ病や不安障害の治療に用いられ、PTSD治療においてもSSRIが十分な効果を示さない場合などに検討されます。SNRIは、抑うつ症状や不安に加え、意欲低下や倦怠感といった症状にも効果が期待できる場合があります。

SNRIは、セロトニンとノルアドレナリンが神経細胞に取り込まれるのを阻害することで、これらの神経伝達物質の脳内濃度を高め、神経回路を活性化させると考えられています。SSRIと同様に効果発現には時間がかかります。

主なSNRIには以下の薬剤があります。

  • ベンラファキシン(イフェクサー)
  • デュロキセチン(サインバルタ)
  • ミルナシプラン(トレドミン)

副作用:
SSRIと類似した副作用が多いですが、ノルアドレナリン作用に関連した副作用が加わる可能性があります。

  • 吐き気、便秘、口の渇き、食欲不振
  • 頭痛、めまい、眠気、倦怠感
  • 性機能障害
  • 発汗、動悸
  • 血圧上昇、心拍数増加

SNRIも急な中止は離脱症状を引き起こす可能性があるため、自己判断での中断は禁物です。副作用や効果について医師と密に連携しながら治療を進めることが大切です。

抗不安薬の種類と使用上の注意

抗不安薬は、強い不安や緊張を一時的に和らげる目的で使用されます。即効性があり、つらい不安発作やパニック症状、入眠困難などに効果を発揮しますが、依存性や耐性の問題があるため、基本的に頓服(症状が強く出た時に一時的に使う)として、または短期間の使用に限定されることが多いです。

複雑性PTSDでは、慢性的な不安に加え、突然の強い不安発作やパニック様症状が現れることがあります。このような場合に抗不安薬を適切に使用することで、つらい症状を乗り切る助けになります。

抗不安薬の多くは、GABA(ギャバ)という抑制性の神経伝達物質の働きを強めることで、脳の活動を穏やかにし、不安を軽減します。主な種類としては、ベンゾジアゼピン系の薬剤が一般的です。

主なベンゾジアゼピン系抗不安薬には以下の薬剤があります。

  • ロラゼパム(ワイパックス)
  • アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタン)
  • エチゾラム(デパス)※日本独自開発。医療用では不安、不眠、筋緊張などに広く用いられるが、海外では規制の対象となる国も多い。
  • ジアゼパム(セルシン、ホリゾン)

使用上の注意:
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、以下の点に注意が必要です。

  • 依存性と耐性: 連用や長期使用により、薬が効きにくくなる耐性や、薬がないと落ち着かなくなる精神的・身体的依存が生じる可能性があります。自己判断で増量したり、急に中止したりすると、離脱症状(強い不安、不眠、振戦、痙攣など)が現れる危険があります。
  • 眠気、ふらつき: 集中力や判断力が低下し、自動車の運転などの危険を伴う作業は避ける必要があります。高齢者では転倒のリスクが高まります。
  • 健忘: 服用中の出来事を覚えていないという健忘が起こることがあります。
  • 飲酒との併用: アルコールと一緒に服用すると、薬の作用が増強され、過度に眠くなったり、呼吸が抑制されたりする危険があります。
  • 高齢者への影響: 作用が強く出やすく、転倒やせん妄のリスクが高まることがあります。

非ベンゾジアゼピン系の抗不安薬(例:タンドスピロン/セディール)もあります。こちらはベンゾジアゼピン系のような依存性や眠気のリスクは低いとされていますが、即効性はベンゾジアゼピン系に劣ります。

抗不安薬の使用は、必要最低限の量で、できるだけ短期間にとどめることが原則です。医師とよく相談し、適切な使用方法を守ることが極めて重要です。

睡眠障害に対する薬

複雑性PTSDでは、トラウマ体験に関連する悪夢や、過覚醒症状による入眠困難・中途覚醒などが原因で、深刻な睡眠障害を伴うことが非常に多いです。質の良い睡眠は心身の回復に不可欠であるため、睡眠薬が処方されることがあります。

睡眠薬にはいくつかの種類があります。

  • ベンゾジアゼピン系睡眠薬: ベンゾジアゼピン系抗不安薬と同様にGABAの働きを強めます。作用時間によって、超短時間型、短時間型、中間型、長時間型に分類され、入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒など、不眠のタイプによって使い分けられます。抗不安薬と同様に依存性や耐性のリスクがあるため、注意が必要です。
  • 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬: ベンゾジアゼピン系とは異なる構造を持ちますが、GABA受容体に作用し催眠効果を示します。ベンゾジアゼピン系に比べて依存性や筋弛緩作用、健忘のリスクが低いとされていますが、全くないわけではありません。ゾルピデム(マイスリー)、エスゾピクロン(ルネスタ)、ゾピクロン(アモバン)などがあります。
  • メラトニン受容体作動薬: 脳内のメラトニン受容体を刺激し、体内時計を調節して自然な眠りを促します。依存性や離脱症状のリスクが低く、比較的安全性が高いとされています。ラメルテオン(ロゼレム)などがあります。効果発現には時間がかかることがあります。
  • オレキシン受容体拮抗薬: 覚醒に関わる神経伝達物質オレキシンの働きを抑えることで、脳を睡眠状態へ移行させます。自然な眠りに近いとされ、依存性が少ないと考えられています。スボレキサント(ベルソム)ム、レンボレキサント(デエビクト)などがあります。
  • 抗うつ薬、抗精神病薬の副作用を利用: SSRIやSNRI、一部の抗精神病薬には眠気を催す副作用があり、これを不眠の改善に利用する場合があります。例えば、ミルタザピン(リフレックス、レメロン)やトラゾドン(デジレル、レスリン)といった抗うつ薬は、比較的強い鎮静作用を持つため、不眠を伴ううつ病や不安障害、PTSDなどに対して用いられることがあります。また、クエチアピン(セロクエル)などの非定型抗精神病薬が少量で不眠に使われることもありますが、これは本来の適応外使用(オフラベル使用)となる場合が多く、副作用のリスクもあるため慎重な判断が必要です。
  • Prazosin (プラゾシン): PTSDの悪夢や夜間の過覚醒に対して効果が期待できるとされる薬です。本来は高血圧治療薬ですが、トラウマによる過覚醒状態に関わるノルアドレナリン系の活動を抑えることで、悪夢を軽減すると考えられています。日本では保険適用外の使用となる場合があります。

睡眠薬の使用においても、依存性や日中の眠気、ふらつき、認知機能への影響などのリスクを理解し、医師の指示に従って適切に使用することが重要です。不眠の原因が他の身体疾患や精神疾患によるものである可能性もあるため、まずは専門医に相談し、正確な診断を受けることが大切です。

症状に応じたその他の薬

複雑性PTSDは多様な症状を伴うため、上記以外にも個々の症状や併存する問題に応じて様々な薬が使用されることがあります。

  • 気分安定薬: 感情の調節困難や衝動性、イライラといった症状が顕著な場合、気分安定薬が検討されることがあります。双極性障害の治療に用いられるリチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンなどが使用される場合があります。これらの薬は感情の波を抑え、衝動的な行動を軽減する効果が期待できます。副作用には、吐き気、手の震え、体重増加、肝機能障害、腎機能障害などがあり、定期的な血液検査が必要な場合もあります。
  • 抗精神病薬: 解離症状(現実感の喪失、離人感など)、幻覚、妄想といった精神病症状がみられる場合や、衝動性・攻撃性が強い場合に、抗精神病薬が少量で使用されることがあります。非定型抗精神病薬であるリスペリドン(リスパダール)、オランザピン(ジプレキサ)、クエチアピン(セロクエル)、アリピプラゾール(エビリファイ)などが用いられることがあります。これらの薬はドーパミンなどの神経伝達物質の働きを調整し、精神病症状を抑える効果がありますが、副作用として眠気、体重増加、錐体外路症状(手足の震え、体のこわばりなど)、代謝異常(血糖値上昇、脂質異常など)が現れる可能性があります。通常、複雑性PTSD単独で抗精神病薬が第一選択薬となることは少なく、あくまで重い症状に対して補助的に、低用量・短期間で使用されることが多いです。
  • ADHD治療薬: 複雑性PTSDとADHD(注意欠陥・多動性障害)は併存することが多く、特に小児期のトラウマ体験はADHD様の症状を引き起こすことがあります。不注意や衝動性が著しく、日常生活に大きな支障をきたしている場合は、メチルフェニデート(コンサータ)、アトモキセチン(ストラテラ)、グアンファシン(インチュニブ)といったADHD治療薬の使用が検討されることもあります。ただし、これらの薬は覚醒水準を高める作用があるため、過覚醒症状が悪化する可能性もあり、慎重な判断が必要です。
  • β遮断薬: 身体的な不安症状(動悸、発汗、手の震えなど)を和らげる目的で、プロプラノロールなどのβ遮断薬が少量で用いられることがあります。心臓や血管に作用するため、低血圧や徐脈などの副作用に注意が必要です。

これらの薬も、個々の症状や状態に合わせて専門医が判断し、処方されるものです。複数の薬を併用する場合も多く、それぞれの薬の相互作用や副作用について十分に理解し、医師の指示通りに服用することが大切です。

薬物療法の効果と期間

複雑性PTSDにおける薬物療法の効果の現れ方や治療期間は、個々の症状の重さ、併存疾患の有無、体の反応性、他の治療法との組み合わせなどによって大きく異なります。

効果の現れ方:
SSRIやSNRIといった抗うつ薬は、効果が現れるまでに時間がかかります。一般的には、服用を開始してから2週間から数週間で効果の兆しが見え始め、十分な効果が得られるまでには1~2ヶ月かかることも珍しくありません。最初の数週間で症状が改善しないからといって自己判断で中止せず、医師の指示通りに服用を続けることが重要です。
抗不安薬や睡眠薬は、比較的即効性があり、服用後30分~1時間程度で効果を実感できることが多いです。しかし、これらは症状を一時的に和らげるものであり、根本的な治療にはなりません。

薬の効果は、症状の軽減として現れます。例えば、フラッシュバックの頻度が減る、悪夢を見なくなる、夜眠れるようになる、慢性的な不安感が和らぐ、抑うつ気分が改善するといった変化が期待できます。しかし、薬だけで全ての症状が完全に消えるわけではありません。特に、感情の調節困難や対人関係の困難といった自己組織化の障害に関連する症状は、薬単独での改善は難しい場合が多く、心理療法が不可欠となります。

治療期間:
複雑性PTSDの薬物療法は、多くの場合数ヶ月から年単位にわたる継続が必要となります。症状が安定した後も、再発予防のために一定期間服用を続けることが推奨されます。いつまで薬を続けるべきか、減量や中止は可能かについては、患者さんの症状の経過や安定性を見ながら、医師と相談して慎重に判断されます。自己判断での急な中止は、前述の離脱症状や症状の悪化を招く危険があるため、絶対に避けてください。

薬物療法はあくまで治療の一部であり、複雑性PTSDの回復には、安全な環境の確保、心理療法によるトラウマ処理や自己組織化の立て直しが非常に重要です。薬物療法は、これらの治療に安全に取り組めるようにするための土台作りとして捉えるのが良いでしょう。

薬物療法の副作用と対処法

複雑性PTSDの治療薬は、効果がある一方で、様々な副作用が現れる可能性があります。副作用の種類や程度は、薬の種類、用量、個人の体質によって異なります。主な副作用とその対処法について説明します。

主な副作用(SSRI、SNRI、抗不安薬、睡眠薬などで共通または種類特異的にみられるもの):

  • 消化器症状(吐き気、嘔吐、下痢、便秘、食欲不振など): SSRIやSNRIの服用開始初期によくみられます。多くは体が慣れるにつれて軽減します。食後に服用したり、少量から開始して徐々に増量したりすることで和らげられる場合があります。つらい場合は制吐剤や整腸剤などが処方されることもあります。
  • 頭痛、めまい: 服用初期によくみられます。水分をこまめに摂取したり、休息をとったりすることで軽減することがあります。症状が強い場合は、鎮痛剤の服用を検討したり、薬の調整について医師に相談したりしてください。
  • 眠気、だるさ: 抗不安薬、睡眠薬、一部の抗うつ薬(特にミルタザピン、トラゾドンなど)、抗精神病薬でよくみられます。日中の活動に支障が出る場合は、薬の服用時間を調整したり、薬の種類を変更したりするなどの対応が必要です。自動車の運転など危険を伴う作業は避けてください。
  • 不眠、不安、焦燥感(賦活症候群): SSRIやSNRIの服用開始初期に、かえって不安や焦燥感、不眠が強まることがあります。通常は一時的ですが、症状が強い場合は抗不安薬を一時的に併用したり、薬の種類を変更したりすることがあります。医師に症状を正確に伝えましょう。
  • 口の渇き: 抗不安薬、抗うつ薬、抗精神病薬など、様々な薬でみられます。水分をこまめに摂取したり、飴をなめたりすることで対処できます。
  • 性機能障害: SSRIやSNRIに比較的よくみられます(性欲低下、勃起不全、射精障害、オーガズム障害など)。治療継続に影響することもあるため、医師に相談が必要です。他の種類の薬への変更や、性機能障害の改善薬の併用などが検討される場合があります。
  • 体重増加: 一部の抗うつ薬(ミルタザピン、パロキセチンなど)や抗精神病薬(オランザピン、クエチアピンなど)でみられることがあります。バランスの取れた食事や適度な運動を心がけることが大切ですが、著しい場合は薬の変更を医師と相談します。
  • 血圧上昇、心拍数増加: SNRIや一部の抗精神病薬でみられることがあります。定期的に血圧や脈拍を測定し、異常があれば医師に報告が必要です。
  • 錐体外路症状(手足の震え、体のこわばり、むずむず感、表情が乏しくなるなど): 特に抗精神病薬でみられやすい副作用です。症状に応じて、別の抗精神病薬への変更や、錐体外路症状を抑える薬(抗パーキンソン病薬など)の併用が検討されます。
  • 依存性と離脱症状: ベンゾジアゼピン系の抗不安薬や睡眠薬に特に注意が必要です。長期連用後の急な中止は、強い離脱症状を引き起こします。薬を減量・中止する際は、必ず医師の指導のもと、時間をかけてゆっくりと行う必要があります。

副作用への対処法の原則:

  1. 医師への報告: 副作用が現れたら、自己判断で対処せず、必ず処方した医師に症状を正確に伝えましょう。いつから、どのような症状が、どの程度現れているのかを具体的に伝えることが重要です。
  2. 自己判断での中止・増量・減量の禁止: 薬の量や種類は、医師が症状や体質を考慮して決定しています。自己判断での変更は、症状の悪化や危険な副作用を引き起こす可能性があります。
  3. 服薬方法の調整: 服用時間を変更したり(例:眠気を避けるために夜に服用する)、少量から開始して徐々に増やしたりすることで、副作用が軽減されることがあります。これも医師の指示に従って行います。
  4. 他の薬との飲み合わせに注意: 他の医療機関で処方された薬や市販薬、サプリメントなどを服用する際は、必ず医師や薬剤師に相談し、飲み合わせに問題がないか確認してください。
  5. 生活習慣の見直し: バランスの取れた食事、十分な睡眠、適度な運動など、健康的な生活習慣は、副作用の軽減や治療効果の向上にもつながります。

副作用はつらいものですが、適切な対処法をとることで軽減できる場合が多く、治療を継続できるようになります。医師と密にコミュニケーションを取り、安心して治療を進めることが大切です。

薬物療法以外の治療法(心理療法など)

複雑性PTSDの治療において、薬物療法は症状の緩和をサポートする重要な役割を果たしますが、心理療法こそが回復の核となる治療法であると考えられています。薬物療法と心理療法を組み合わせて行うことで、より効果的な治療が期待できます。

複雑性PTSDでは、単一のトラウマ体験によるPTSDとは異なり、長期間にわたる関係性の中でのトラウマ(例:虐待、ネグレクト、複雑な家庭環境)が影響していることが多いため、症状も複雑で多岐にわたります。そのため、単にトラウマ記憶を処理するだけでなく、感情の調節や対人関係、自己概念といった自己組織化の立て直しに焦点を当てた心理療法が重要になります。

複雑性PTSDに効果が期待できる主な心理療法には、以下のようなものがあります。

  • トラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT): トラウマ体験の記憶に安全な方法で向き合い、その体験に対する考え方(認知)や感情、行動パターンを変えていく構造化された治療法です。特に子どもの複雑性PTSDに有効性が示されています。
  • EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法): 特殊な眼球運動やタッピングなどを行いながら、トラウマ記憶を処理していく治療法です。記憶の処理に焦点を当てますが、安全な状態を作るための段階(安定化)も重視されます。
  • 弁証法的行動療法(DBT): 特に感情の調節が困難で、衝動性や対人関係の問題が顕著な境界性パーソナリティ障害や複雑性PTSDの患者さんに有効とされる治療法です。感情調整スキル、対人関係スキル、苦痛耐性スキル、マインドフルネスといったスキルを学び、日常生活で実践していきます。
  • スキルズ・トレーニング: DBTに類似したスキル習得に焦点を当てたプログラムで、感情調整や対人関係の困難に対処するための具体的な方法を学びます。
  • 愛着に焦点化した心理療法: 幼少期の愛着関係の問題が複雑性PTSDの発症に深く関わっていることが多いため、安全なセラピストとの関係性の中で、過去の愛着の問題を修復していくことに焦点を当てる治療法もあります。
  • 身体指向型心理療法(SE、TREなど): トラウマ体験によって凍りついた身体の反応(フリーズ)や、過剰な覚醒状態を、身体感覚に意識を向けることで解放していくアプローチです。言葉での表現が難しい、解離が強いなどの場合にも有効なことがあります。

これらの心理療法は、安全な治療関係のもとで、段階的に進められます。まず、患者さんが安心して治療に取り組めるように安定化を図ります(安全な場所の確保、感情調節スキルや対処スキルの習得など)。この安定化の段階で、薬物療法が不安や不眠を和らげ、心理療法に取り組むための土台を作る役割を果たします。次に、トラウマ記憶の処理に進みますが、複雑性PTSDではこの段階も慎重に進められます。最後に、学んだスキルを使い、対人関係や社会生活を立て直していく段階へと進みます。

心理療法は時間と労力がかかりますが、トラウマ体験の影響を根本的に癒し、生きづらさを克服していくために非常に重要です。薬物療法と並行して、または症状が安定した後に、専門的な心理療法を受けることを検討しましょう。

複雑性PTSDの薬に関する疑問(よくある質問)

複雑性PTSDの薬物療法について、患者さんからよく聞かれる疑問にお答えします。

複雑性PTSDの治療薬はどのようなものがありますか?

複雑性PTSDの治療に特化した薬はありませんが、様々な症状に対応するために、他の精神疾患で使われる薬が用いられます。

主に、以下のような種類の薬が使われます。

  • SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬):抑うつ、不安、過覚醒、フラッシュバックなどPTSDの中核症状や併存するうつ・不安症状の軽減に広く用いられます。
  • 抗不安薬:強い不安やパニック発作を一時的に和らげるために、頓服として使用されることがあります。
  • 睡眠薬:不眠や悪夢による睡眠障害の改善に使われます。
  • 気分安定薬:感情の調節困難や衝動性に対して検討されることがあります。
  • 抗精神病薬:解離症状や精神病症状、著しい衝動性・攻撃性に対して、少量で補助的に使用されることがあります。

これらの薬は、患者さんの個々の症状や状態に合わせて、専門医が選択し、処方します。

PTSDの治療で最初に検討される薬は?

PTSDの薬物療法において、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)第一選択薬として推奨されることが多いです。

これらの薬は、比較的効果が安定しており、副作用も他の抗うつ薬に比べて少ないとされています。特に、抑うつ症状、不安、過覚醒症状、回避症状などに効果が期待できます。ただし、複雑性PTSDの場合は、これらの薬が十分な効果を示さないこともあり、個々の症状に合わせて他の薬が検討されたり、複数の薬が併用されたりします。

どのような薬から治療を開始するかは、患者さんの最もつらい症状、他の持病、現在服用している薬などを考慮して、医師が総合的に判断します。

複雑性PTSDは薬だけで完治しますか?

いいえ、複雑性PTSDが薬だけで「完治」することは非常に難しいと考えられています。

薬物療法は、つらい症状(抑うつ、不安、不眠、過覚醒など)を和らげ、日常生活を送りやすくしたり、心理療法に取り組むための心の安定をもたらしたりすることを目的としています。症状を軽減する上では有効な治療法ですが、トラウマ体験によって生じた心理的な傷つきや、感情の調節困難、対人関係の問題といった複雑性PTSDの根本的な問題に対処することはできません。

複雑性PTSDからの回復には、トラウマ記憶の安全な処理や、自己組織化(感情調節、対人関係、自己概念など)の立て直しに焦点を当てた専門的な心理療法が不可欠です。薬物療法は、あくまで心理療法を効果的に進めるための補助的な役割を果たすものとして位置づけられます。

薬で症状が安定してきたら、心理療法を導入することで、より包括的な回復を目指すことが重要です。薬物療法と心理療法の両方を組み合わせることで、より良い治療成果が期待できます。

薬はどのくらいの期間で効果が出ますか?

SSRIやSNRIといった抗うつ薬の場合、一般的に効果の兆しが見えるまでに2週間〜数週間十分な効果が得られるまでに1〜2ヶ月かかることが多いです。抗不安薬や睡眠薬は即効性があります。

薬は保険適用になりますか?

複雑性PTSDと診断された場合、その治療のために医師が処方する薬は、原則として医療保険が適用されます。 ただし、症状に応じて使用される薬の中には、精神疾患に対する保険適用が限定されているものや、複雑性PTSDに対する明確な保険適用がない(他の疾患で保険適用があるものの、オフラベル使用となる)場合もあります。詳細は医師にご確認ください。

妊娠中や授乳中の服薬は可能ですか?

妊娠中や授乳中の服薬については、必ず主治医と慎重に相談する必要があります。 多くの精神科の薬は、胎児や乳児への影響が懸念されるため、リスクとベネフィットを十分に検討し、必要最低限の量や比較的安全性が高いとされる薬が選択されることが一般的です。自己判断で服薬を継続したり中止したりすることは、母子の健康にとって危険を伴うため、絶対に避けてください。

複雑性PTSDの治療薬について相談できる専門機関

複雑性PTSDの診断や治療、特に薬物療法は、専門的な知識と経験が必要です。ご自身やご家族が複雑性PTSDの可能性があり、薬物療法について相談したい場合は、以下の専門機関を受診しましょう。

  • 精神科・心療内科:
    精神科医は、精神疾患全般の診断と治療(薬物療法を含む)を専門としています。心療内科でも精神的な問題に対応していますが、特に複雑性PTSDのようなトラウマ関連疾患や、心理療法との連携が必要な場合は、精神科、またはトラウマ治療に専門的に取り組んでいる医療機関を選ぶことが望ましいでしょう。

専門機関を受診する際のポイント:

  • 複雑性PTSDやトラウマ治療の経験がある医師を探す: 複雑性PTSDは診断や治療が難しい場合があるため、トラウマ関連疾患の治療経験が豊富な医師がいる医療機関を選ぶと安心です。インターネットで医療機関のウェブサイトを調べたり、地域の精神保健福祉センターに相談したりして情報を得ることもできます。
  • 心理療法を提供しているか確認する: 前述の通り、複雑性PTSDの回復には心理療法が不可欠です。薬物療法だけでなく、心理療法も提供している、あるいは信頼できる心理療法機関と連携している医療機関を選ぶと、包括的な治療を受けやすくなります。
  • 初診の予約方法や待ち時間を確認する: 精神科・心療内科は予約が必要な場合が多く、人気の医療機関では予約が取りづらいこともあります。事前に電話やウェブサイトで確認しましょう。

専門医に相談することで、症状の原因を正しく診断してもらい、ご自身の状態に合った適切な薬物療法や、必要に応じて心理療法を組み合わせた治療計画を立ててもらうことができます。一人で抱え込まず、まずは専門家の助けを求める一歩を踏み出すことが、回復への第一歩となります。

(注:この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の診断や治療方針を示すものではありません。実際の治療にあたっては、必ず医師の判断に従ってください。)

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