急性ストレス障害の治療法|どんな方法がある?症状・診断も解説

誰にでも起こりうる極度のストレス体験。その直後に心身に現れるつらい反応が、急性ストレス障害かもしれません。突然の出来事に直面し、どうすれば良いのか、いつになったら楽になるのか、不安を抱えている方もいらっしゃるでしょう。
この記事では、急性ストレス障害の治療法を中心に、その原因や症状、回復までの道のり、そしてどこに相談すれば良いのかを分かりやすく解説します。
適切な知識と治療を受けることで、回復への一歩を踏み出すことができます。一人で悩まずに、この記事がその手助けとなれば幸いです。

急性ストレス障害とは?原因・症状・診断基準

急性ストレス障害(Acute Stress Disorder:ASD)は、非常に強いストレスとなる出来事(トラウマ体験)に曝露された後に発症する精神疾患です。命に関わる危険、重傷、性的暴力などを直接経験したり、目撃したり、あるいは近親者に起こったことを知る、などの体験が原因となります。
このような体験は、誰にとっても大きな心の傷となり得ますが、多くの人は時間が経つにつれて自然に回復していきます。しかし、一部の人では、その体験による苦痛が強く、日常生活に支障をきたすほどの症状が続くことがあります。これが急性ストレス障害です。

急性ストレス障害の定義と原因

急性ストレス障害は、特定の外傷的出来事への曝露によって引き起こされる精神疾患であり、その出来事から3日以内に発症し、1ヶ月以内に症状が消失するのが特徴です。もし症状が1ヶ月以上持続する場合は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断名が変わることがあります。

原因となるトラウマ体験は多岐にわたります。例えば、以下のような出来事が挙げられます。

  • 自然災害: 地震、津波、台風、洪水など
  • 事故: 交通事故、火災、墜落事故など
  • 犯罪被害: 強盗、暴行、殺人、性犯罪など
  • 暴力: DV(ドメスティック・バイオレンス)、児童虐待、いじめなど
  • 重篤な病気や怪我: 自分自身や家族の重病、手術、大怪我など
  • テロ事件や戦争
  • 愛する人との死別(特に突然、非業の死の場合)

これらの出来事を直接体験した「直接曝露」だけでなく、出来事を「目撃」する、家族や親しい友人に出来事が「起こったことを知る」、あるいは職業上「外傷的出来事の詳細に繰り返し曝露される」(救急隊員、警察官、医療従事者など)場合も原因となり得ます。ただし、テレビやインターネットなどのメディアを通して間接的に出来事に触れることは、通常、ASDの原因とはみなされません。

なぜ同じような体験をしても、ASDを発症する人としない人がいるのでしょうか。これには、個人の生まれ持った気質や性格、過去のトラウマ体験の有無、出来事の性質(予期せぬ出来事か、継続的かなど)、出来事の後のサポート体制など、様々な要因が複雑に関わっていると考えられています。

主な症状の種類

急性ストレス障害の症状は、非常に多様で、トラウマ体験に関連した様々な苦痛を伴います。アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では、主に以下の5つのカテゴリーに分けられる症状が挙げられています。これらの症状は、出来事から3日以内に始まり、最低9つ以上存在する場合に診断される可能性があります。

  1. 侵入症状(Intrusion symptoms): トラウマ体験が意図せず心の中に繰り返し入り込んでくる症状です。
    • 出来事に関する苦痛なフラッシュバック(まるで今起きているかのように鮮明に思い出す体験)
    • 出来事に関する苦痛な
    • 出来事に関連する内的なキュー(思考や感情)や外的なキュー(場所や人)に曝露された際の強い精神的苦痛
    • 出来事に関連する内的なキューや外的なキューに曝露された際の顕著な生理的反応(動悸、発汗、震えなど)
  2. 否定的気分(Negative mood): トラウマ体験と関連して、否定的な感情や思考が優勢になる症状です。
    • ポジティブな感情を感じる能力が持続的に低下する(幸福感、満足感、愛情など)
  3. 解離症状(Dissociative symptoms): ストレスが大きすぎるために、現実感や自分自身の感覚が麻痺してしまうような症状です。
    • 現実感の変容(出来事の周囲の環境が非現実的に感じられる、ぼやけて見えるなど)
    • 離人感(自分自身から切り離されているような感覚、自分がロボットのようだ、幽体離脱しているようだなど)
    • 出来事の重要な側面の想起不能(トラウマ体験の一部または全体を思い出せない)
  4. 回避症状(Avoidance symptoms): トラウマ体験に関連する思考、感情、場所、人などを避けようとする症状です。
    • 出来事に関連する苦痛な思考、感情、または記憶の回避
    • 出来事に関連する苦痛な外的なリマインダー(人、場所、会話、活動、物、状況など)の回避
  5. 覚醒度の変化(Arousal symptoms): トラウマ体験に関連して、神経系が過敏になっている状態です。
    • 睡眠障害(寝付きが悪い、夜中に目が覚める、満足感のない睡眠)
    • 易刺激性または怒りの爆発(些細なことでイライラしたり、怒りが抑えられなくなったりする)
    • 過剰な警戒心(常に危険がないか周囲を警戒している)
    • 驚愕反応の増強(大きな音や突然の刺激に過剰にびっくりする)
    • 集中困難

これらの症状は、トラウマ体験への自然な反応として誰にでも起こり得ますが、急性ストレス障害では、これらの症状が強く現れ、日常生活(仕事、学校、家庭、人間関係など)に著しい苦痛や機能の障害を引き起こします。

診断基準について

急性ストレス障害の診断は、精神科医や臨床心理士などの専門家によって行われます。診断は、主に患者さんからの聞き取り(問診)と、DSM-5などの診断基準に基づいて行われます。

DSM-5における急性ストレス障害の診断基準の要点は以下の通りです。

  1. トラウマ体験への曝露: 上述したような、命に関わる危険、重傷、性的暴力などの外傷的出来事に曝露されたこと。
  2. 症状の存在: 侵入症状、否定的気分、解離症状、回避症状、覚醒度の変化の5つのカテゴリーから、合計で9つ以上の症状が存在すること。
  3. 症状の持続期間: 症状がトラウマ体験から3日以内に始まり、1ヶ月以内に消失すること。1ヶ月以上続く場合は、PTSDの診断が検討されます。
  4. 苦痛または機能障害: 症状によって、臨床的に著しい苦痛を感じている、または社会的、職業的、あるいは他の重要な領域における機能に障害が生じていること。
  5. 他の要因によるものではない: 症状が、物質(薬物乱用や処方薬など)の生理的作用によるものではないこと、または他の医学的状態によるものではないこと。また、短期精神病性障害など、他の精神疾患ではより良く説明できないこと。

診断は、単に症状のチェックリストを埋めるだけでなく、患者さんの状況や苦痛の程度、生活への影響などを総合的に評価して行われます。また、他の精神疾患(うつ病、不安障害など)や身体疾患の可能性を除外することも重要です。

急性ストレス障害の主な治療法

急性ストレス障害の治療は、早期に開始することが重要です。治療の目的は、症状を軽減し、トラウマ体験による苦痛から回復を促し、将来的なPTSDへの移行を防ぐことです。治療法には、主に精神療法、薬物療法、そして環境調整や休養などがあります。多くのガイドラインでは、精神療法が第一選択として推奨されています。

薬物療法によるアプローチ

急性ストレス障害の主な治療は精神療法ですが、症状が非常に強く、日常生活に著しい支障をきたしている場合や、精神療法だけでは十分な効果が得られない場合に、薬物療法が補助的に用いられることがあります。薬物療法は、特に不眠、強い不安、易刺激性などの症状を軽減するのに役立つことがあります。

どのような薬が使われるか

ASDの治療に特異的に有効であると証明されている薬はありませんが、症状に応じて以下の種類の薬が処方されることがあります。

  • 抗不安薬(特にベンゾジアゼピン系薬剤): 強い不安やパニック症状、不眠に対して短期間使用されることがあります。しかし、依存性や離脱症状のリスクがあるため、漫然とした長期使用は避けるべきです。特に、トラウマ記憶の処理を妨げる可能性も指摘されており、使用は慎重に行われます。
  • 睡眠薬: 不眠が著しい場合に、短期間使用されることがあります。こちらも依存性などに注意が必要です。
  • 抗うつ薬(特にSSRI: 選択的セロトニン再取り込み阻害薬): ASD自体の第一選択薬ではありませんが、抑うつ気分が強い場合や、PTSDへの移行リスクが高いと判断される場合に検討されることがあります。SSRIはPTSDの治療に有効性が示されており、ASDの段階で使用することでPTSD発症を予防する効果があるか研究されていますが、現時点では確立された治療法ではありません。使用する際は、効果が現れるまでに時間がかかることや、副作用(吐き気、性機能障害など)について説明が必要です。
  • β遮断薬: 出来事直後の過覚醒症状(動悸、震えなど)に対して使用されることがありますが、ルーチンで使用されることは少ないです。

薬物療法は、あくまで症状を和らげるための対症療法的な位置づけです。トラウマ体験そのものや、それに伴う心理的な問題を根本的に解決するものではありません。そのため、薬物療法を行う場合でも、精神療法と組み合わせて行うのが一般的です。薬の種類や用量は、症状の重さ、個人の体質、他の病気の有無などを考慮して、医師が慎重に判断します。

精神療法(カウンセリング)

急性ストレス障害の治療において、精神療法は最も重要視されているアプローチです。専門家との対話を通じて、トラウマ体験に向き合い、それに伴う感情や思考を整理し、健康的な対処法を身につけることを目指します。

効果的な精神療法の種類

ASDに対して有効性が高いとされる精神療法には、主にトラウマ焦点化認知行動療法(Trauma-Focused Cognitive Behavioral Therapy:TF-CBT)があります。

  • トラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT): これは、トラウマ体験に関連する不適応な思考パターンや回避行動に焦点を当てた認知行動療法の一種です。具体的なセッション内容は多岐にわたりますが、ASDの段階で特に重要視される要素としては、以下のものが挙げられます。
    • 心理教育: ASDやトラウマ反応について理解を深め、自身の症状が異常なことではないと認識する。
    • ストレス管理技法: 呼吸法、リラクゼーション、マインドフルネスなど、不安やストレスを軽減するための具体的な方法を学ぶ。
    • 認知再構成: トラウマ体験に関連する非現実的または過度にネガティブな思考(例:「自分のせいだ」「世界は危険に満ちている」)を特定し、より現実的でバランスの取れた思考へと修正していく。
    • 曝露療法: 安全な環境の中で、トラウマ体験に関連する記憶、思考、感情、場所などに段階的に向き合っていく練習をします。これは、回避行動を減らし、トラウマ記憶に対する過剰な恐怖反応を弱めることを目的とします。ASDの段階では、イメージによる曝露や、出来事について話す形式が用いられることが多いです。ただし、出来事からあまりに早い段階で過度な曝露を行うことは推奨されません。

    TF-CBTは、トラウマ体験から比較的早期の段階で行うことで、ASDの症状を軽減し、PTSDへの移行を予防する効果が期待されています。

一方で、過去にはトラウマ体験直後に「心理的ブリーフィング」と呼ばれる、体験を詳しく話すことを促す手法が行われていましたが、その後の研究でPTSD予防効果は認められず、かえって症状を悪化させる可能性が指摘されたため、現在は推奨されていません。ASDの急性期においては、安全な環境で休息し、無理に出来事を話すことを強要されないことが重要です。

精神療法を受ける際は、トラウマ治療の専門知識を持った心理士や精神科医を選ぶことが重要です。治療者との信頼関係(ラポール)も、治療効果に大きく影響します。

環境調整と十分な休養

急性ストレス障害の回復において、精神療法や薬物療法と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが、安全な環境調整と十分な休養です。トラウマ体験の後、心身は極度の緊張状態にあります。この状態で無理をしたり、更なるストレスに曝されたりすることは、回復を妨げ、症状を悪化させる可能性があります。

  • 安全な環境の確保:
    • トラウマ体験に関連する場所や人、状況から一時的に距離を置くことが、回避症状を和らげるのに役立つ場合があります。ただし、過度な回避は長期的に症状を固定化させる可能性があるため、専門家と相談しながら慎重に行う必要があります。
    • 物理的な安全が確保されていると感じられる環境に身を置くことが重要です。災害や暴力から避難している場合は、まず安全な避難場所や仮住まいを確保することが最優先です。
    • 情報過多にならないように、ニュースやSNSなどでトラウマ体験に関する情報に触れる時間を制限することも有効です。
  • 十分な休養:
    • 心身の回復のためには、質の良い睡眠、バランスの取れた食事、適度な休息が必要です。不眠が続く場合は、医師に相談し、必要に応じて睡眠薬の処方を検討してもらうこともできます。
    • 仕事や学校などの社会的活動を一時的に休むことも、心身への負担を減らし、回復に専念するために必要となる場合があります。休職や休学については、医師と相談しながら判断します。
    • 無理に元気に見せようとせず、感情を表現できる安全な相手(家族や友人、信頼できる専門家)と話す機会を持つことも重要です。

これらの環境調整や休養は、専門家による治療と並行して行うことで、より効果的な回復が期待できます。自分の心身の声に耳を傾け、無理をしないことが大切です。

周囲の理解とサポートの重要性

急性ストレス障害からの回復には、周囲の人々からの理解とサポートが不可欠です。家族、友人、同僚などが、患者さんの状況を理解し、適切なサポートを提供することで、安心感を与え、孤立を防ぐことができます。

周囲の人ができることとしては、以下のようなことが挙げられます。

  • 話を聞く姿勢を持つ: 患者さんが話したい時に、批判せず、ただ耳を傾ける。無理に話させようとせず、話したくない時は尊重する。
  • 感情の表出を認める: 泣く、怒る、怖がるなど、様々な感情を表出することを異常とせず、受け入れる。感情的な反応は、トラウマ体験への自然な反応であることを理解する。
  • 焦らせない: 「早く元気になってほしい」「乗り越えてほしい」という気持ちは理解できますが、回復には時間がかかることを理解し、焦らせない。
  • 具体的なサポート: 日常生活の中で困っていること(家事、育児、買い物など)があれば、可能な範囲で手助けをする。
  • 安全な環境を提供する: 患者さんが安心して過ごせるように、物理的・精神的な安全を確保する。
  • 情報提供や受診の後押し: 適切な情報を提供したり、専門家への相談や医療機関への受診を優しく後押ししたりする。
  • 自分自身のケアも大切に: サポートする側も疲弊しないように、自身の休息やストレス解消も行う。

急性ストレス障害は、患者さんの「甘え」や「気の持ちよう」で起こるものではありません。脳と体が強いストレス反応を起こしている状態であり、適切な治療とサポートが必要です。周囲の温かい理解と支えが、患者さんが回復への道を歩む上で大きな力となります。

急性ストレス障害の回復期間と予後

急性ストレス障害の回復期間は個人差が大きいですが、多くの場合、適切な治療と休養により、比較的早期の回復が見られます。

一般的な回復期間は?

急性ストレス障害の診断基準では、症状が1ヶ月以内に消失することが条件となっています。実際、多くの患者さんは、トラウマ体験から数週間以内に症状が軽減し始め、1ヶ月以内にほぼ回復すると言われています。

回復のスピードは、トラウマ体験の性質、個人の回復力、受けられるサポート、そして早期に適切な治療を開始できたかどうかなど、様々な要因によって左右されます。例えば、単回のトラウマ体験で、体験後に十分な休息とサポートが得られ、早期に精神療法を開始できた場合は、比較的スムーズに回復する傾向があります。

しかし、症状が強い場合や、複数のトラウマ体験がある場合、他の精神疾患を合併している場合などは、回復に時間がかかることもあります。また、症状が1ヶ月以上続く場合は、次の段階であるPTSDへの移行を疑う必要があります。

PTSDへの移行と予防について

急性ストレス障害を発症した人のうち、約半数がPTSDに移行すると言われています。ASDはPTSDの強力なリスク因子です。つまり、ASDの段階でいかに適切に対処できるかが、PTSDの発症を予防する上で非常に重要になります。

PTSDへ移行しやすいリスク因子としては、以下のようなものが挙げられます。

  • トラウマ体験の強烈さや重症度
  • 複数回のトラウマ体験の既往
  • 解離症状が強い場合
  • 社会的サポートが不十分な場合
  • 他の精神疾患(うつ病、不安障害など)の既往や合併
  • 経済的な問題やその他の生活上の困難

PTSDへの移行を予防するためには、ASDの段階で以下の点が重要となります。

  • 早期発見・早期治療: 症状が現れたら、できるだけ早く専門家(精神科医や心理士)に相談する。
  • トラウマ焦点化精神療法の実施: ASDに対するエビデンスのある精神療法(特にTF-CBT)を早期に開始する。
  • 薬物療法の慎重な使用: 抗不安薬などの使用は最小限に抑え、依存やトラウマ記憶処理の妨げにならないように注意する。
  • 安全な環境の確保と十分な休養: 心身の回復を最優先にする。
  • 社会的サポートの活用: 家族や友人、支援団体などからのサポートを積極的に求める。

早期発見・早期治療の重要性

「鉄は熱いうちに打て」というように、急性ストレス障害も、症状が現れた早い段階で適切な対応をすることが、その後の回復とPTSD予防のために非常に重要です。

症状が現れてから時間が経つほど、トラウマ体験に関連する不適応な思考パターンや回避行動が固定化しやすく、治療に時間がかかる傾向があります。例えば、トラウマに関連する場所や活動を徹底的に避けていると、一時的には安心できても、それが長期的な回避行動となり、生活範囲が狭まり、症状が慢性化してしまうことがあります。

早期に専門家とつながり、自身の症状について理解を深め、適切な精神療法を開始することで、トラウマ体験の苦痛を健康的な方法で処理し、回復への道筋を立てることができます。また、早期に介入することで、症状が重症化する前に対処できる可能性が高まります。

もし、ご自身や身近な人が強いストレスとなる出来事を体験し、その後に心身の不調が続いている場合は、「そのうち治るだろう」と様子を見るだけでなく、できるだけ早く精神科医や心療内科医、精神保健福祉センターなどの専門機関に相談することをお勧めします。

急性ストレス障害と他の疾患との違い

急性ストレス障害の症状は、他の精神疾患と似ている部分があります。適切な診断を受けるためには、これらの疾患との違いを理解しておくことが重要です。ここでは、適応障害とうつ病との違いを中心に説明します。

急性ストレス障害と適応障害の違い

適応障害も、特定のストレス要因に反応して心身の症状が現れる疾患です。急性ストレス障害との主な違いは、原因となるストレスの性質と、症状の現れ方、診断される期間です。

項目 急性ストレス障害(ASD) 適応障害(Adjustment Disorder)
原因となるストレス 命に関わる危険、重傷、性的暴力などの極めて強い、外傷的な出来事 日常生活における様々なストレス要因(人間関係、仕事、学業、引っ越し、喪失など)
症状の性質 トラウマ体験に関連する侵入症状、解離症状、回避症状、覚醒度の変化などが特徴的。否定的気分も伴う。 ストレス要因に関連して、抑うつ気分、不安、行為の障害(無断欠席、喧嘩など)などが現れる。トラウマ特有の症状(フラッシュバック、解離など)は通常見られない。
症状の出現時期 ストレス要因への曝露後3日以内 ストレス要因への曝露後3ヶ月以内
症状の持続期間 ストレス要因への曝露後1ヶ月以内で消失する ストレス要因が終結するか、新しい状況に適応すれば6ヶ月以内に消失するのが一般的。ただし、慢性化する場合もある。

端的に言えば、ASDは「命に関わるような衝撃的な出来事」に対する急性期の心身の反応であり、症状もその出来事に強く関連した「フラッシュバック」や「解離」などが特徴的です。一方、適応障害は「日常的な様々なストレス」に対する心身の反応であり、症状も「気分の落ち込み」や「不安」などが中心となります。また、ASDは発症が早く、症状が短期間で消失する傾向があるのに対し、適応障害は原因がより一般的で、症状が比較的長く続くこともあります。

急性ストレス反応とうつ病の違い

「急性ストレス反応」は、ASDと混同されやすい言葉ですが、医学的な診断名としてはASDとは区別されます。急性ストレス反応は、非常に強いストレスに直面した際の、生理的・心理的な一時的な反応を指し、通常は数時間から数日以内に自然に軽快します。ASDは、この急性反応の中でも特に症状が重く、持続し、DSM-5の診断基準を満たす場合に用いられる診断名です。

うつ病は、持続的な気分の落ち込みや興味・喜びの喪失を主な症状とする精神疾患です。ASDとうつ病は、原因、症状の性質、持続期間などが異なります。

項目 急性ストレス障害(ASD) うつ病(Major Depressive Disorder)
原因 明確な外傷的出来事への曝露 多様な要因(遺伝、環境、心理的要因など)が複雑に関与。必ずしも明確なストレス要因があるわけではない
主な症状 トラウマ関連症状(侵入、解離、回避、覚醒度)が中心。否定的気分も伴う。 持続的な気分の落ち込み、興味・喜びの喪失が中心。食欲や睡眠の変化、疲労感、集中力低下、希死念慮などを伴う。
症状の性質 トラウマ体験に直接関連した思考や感情が多い。 全般的な気分の落ち込み、自己肯定感の低下、悲観的な思考など。
持続期間 1ヶ月以内 2週間以上持続することが診断の目安。数ヶ月から数年続くこともある。

ASDとうつ病は、併存することも少なくありません。特にASDからPTSDに移行した場合、うつ病を合併するリスクが高くなります。しかし、ASDの段階では、トラウマ関連の症状が主体であり、うつ病の診断基準を満たさない場合が多いです。適切な診断を受けるためには、精神科医による詳細な問診が必要です。

急性ストレス障害の仕事への影響と職場復帰

急性ストレス障害の症状は、仕事に大きな影響を与える可能性があります。集中力の低下、記憶力の問題、イライラ感、過剰な警戒心、不眠などは、業務遂行能力を著しく低下させるだけでなく、同僚との人間関係にも影響を及ぼすことがあります。また、トラウマ体験に関連する場所や状況を避けるために、特定の業務や顧客との関わりを避けたくなることもあるでしょう。

仕事を休む必要性

急性ストレス障害の症状が重く、仕事に集中できない、ミスが増える、出勤すること自体が困難である、あるいは職場でフラッシュバックやパニック発作が起こるなどの場合は、一時的に仕事を休むことが必要となることが多いです。

仕事を休むことは、決して「逃げ」や「甘え」ではありません。心身が極度の緊張状態にあり、回復のために休息と治療に専念する時間が必要であることを意味します。無理をして働き続けることは、症状を悪化させ、回復を遅らせる原因となります。

休職期間については、症状の重さや回復の状況によりますが、ASDの性質上、症状が1ヶ月以内に改善することが期待されるため、最初は1ヶ月程度の休職から検討することが多いでしょう。休職を決める際は、必ず医師と相談し、診断書を作成してもらう必要があります。会社に休職制度があるか、傷病手当金などの経済的な保障が受けられるかなども確認しておくと安心です。

復職に向けたステップ

急性ストレス障害の症状が改善し、仕事に復帰できる状態になったら、段階的に復職を進めることが推奨されます。焦らず、無理のないペースで社会生活に戻っていくことが、再発を防ぎ、スムーズな復帰を促します。

一般的な復職に向けたステップは以下のようになります。

  1. 医師との相談: 症状が十分に回復し、復職が可能かどうかを医師に判断してもらいます。医師は、患者さんの状態だけでなく、復職先の環境なども考慮して判断します。
  2. 会社との連携: 診断書を持参し、会社の人事担当者や上司と面談を行います。病状や今後の働き方について説明し、理解と協力を求めます。
  3. 復職プランの作成: 会社と相談し、段階的な復職プランを作成します。具体的な内容としては、以下のようなものが考えられます。
    • 勤務時間: 最初は短時間勤務から始め、徐々に時間を延ばしていく。
    • 業務内容: 負担の少ない業務から担当し、徐々に元の業務に戻していく。トラウマに関連する業務がある場合は、一時的に避けたり、代替案を検討したりする。
    • 勤務形態: 在宅勤務や時短勤務など、柔軟な勤務形態を検討する。
    • 職場の配慮: 同僚に病状を伝える範囲、相談できる担当者の設置など、必要な配慮を依頼する。
  4. 試し出勤(リワークプログラム): 実際に職場環境に近い場所で、通勤や作業に慣れるためのリワークプログラムに参加することも有効です。医療機関や外部機関が提供しています。
  5. 段階的な復職開始: 作成したプランに基づき、実際の復職を開始します。
  6. 復職後のフォローアップ: 復職後も、定期的に医師の診察を受けたり、会社の担当者と面談したりしながら、体調や業務状況を確認し、必要に応じてプランの見直しを行います。

復職においては、職場からの理解と協力が非常に重要です。急性ストレス障害は、誰にでも起こりうる病気であることを理解してもらい、病気に対する偏見を持たずに接してもらえるような啓発も必要かもしれません。また、患者さん自身も、無理をせず、体調の変化に気づいたら早めに周囲に相談することが大切です。

急性ストレス障害の相談先を見つける

急性ストレス障害の症状に苦しんでいる場合、一人で抱え込まずに専門家に相談することが非常に重要です。適切な相談先を見つけることが、回復への第一歩となります。

精神科や心療内科を受診する

急性ストレス障害の診断と治療を行うことができるのは、精神科医や心療内科医です。これらの医療機関では、医師による診断に基づき、必要に応じて薬物療法や、精神療法(カウンセリング)を受けることができます。

精神科と心療内科の違い:
一般的に、精神科は心の病気全般を専門としており、うつ病、統合失調症、躁うつ病、不安障害、PTSDなど幅広い疾患を扱います。心療内科は、主にストレスが原因で体に症状が現れる「心身症」を扱いますが、心の病気も診療範囲としています。ASDのように、心因性の症状が強い場合は、どちらの科でも診察を受けることが可能です。ただし、トラウマ治療に詳しい医師や心理士がいるかどうかは、医療機関によって異なるため、事前に問い合わせてみるか、ホームページなどで情報を確認してみるのが良いでしょう。

受診の際のポイント:

  • 症状や、原因となったトラウマ体験について、具体的に話せる範囲で整理しておくと良いでしょう。
  • 現在服用している薬がある場合は、お薬手帳などを持参してください。
  • 初めての受診は緊張するかもしれませんが、医師は患者さんの味方です。安心して相談してください。
  • 合わないと感じた場合は、他の医療機関を探すことも選択肢の一つです。

その他の相談窓口

医療機関以外にも、急性ストレス障害や心の健康に関する相談ができる窓口があります。

  • 精神保健福祉センター: 各都道府県・政令指定都市に設置されている公的な機関です。精神的な悩みや病気に関する相談に専門のスタッフ(精神保健福祉士、臨床心理士、保健師など)が応じてくれます。医療機関を紹介してもらったり、利用できる制度について教えてもらったりすることもできます。相談は無料です。
  • 保健所: 地域の保健所でも、精神的な健康に関する相談に応じています。
  • いのちの電話などの相談窓口: 匿名で電話相談ができる窓口です。今すぐ誰かに話を聞いてほしい、気持ちが辛くてどうしようもない、といった場合に利用できます。
  • 臨床心理士・公認心理師のカウンセリング: 病院やクリニック以外でも、民間のカウンセリングルームなどで臨床心理士や公認心理師によるカウンセリングを受けることができます。ただし、自費となる場合が多く、保険適用外となることが多いです。トラウマ治療を専門とする心理士を選ぶことが重要です。
  • 弁護士: 犯罪被害や事故など、法的な問題が絡むトラウマ体験の場合は、弁護士に相談することで、法的な手続きや補償についてアドバイスを得られる場合があります。これが心理的な負担軽減につながることもあります。
  • 自助グループ: 同じようなトラウマ体験や心の病気を経験した人たちの集まりです。体験を共有し、支え合うことで、孤立感を和らげ、回復への意欲を高めることができます。

相談する先は一つである必要はありません。症状や状況に応じて、いくつかの窓口を組み合わせて利用することも可能です。重要なのは、一人で抱え込まずに、誰かに助けを求めることです。

まとめ:急性ストレス障害は適切な治療で回復を目指せる

急性ストレス障害は、突如として起こる強いストレス体験によって引き起こされる心身の反応であり、誰にでも起こりうる病気です。フラッシュバック、回避、過覚醒などのつらい症状に苦しみ、日常生活が困難になることも少なくありません。

しかし、急性ストレス障害は、適切な治療と環境調整、そして周囲のサポートによって、多くの場合、比較的早期に回復を目指すことができる病気です。特に、症状が現れてから早い段階で専門家(精神科医、心理士など)に相談し、トラウマ焦点化認知行動療法などの精神療法を開始することが、症状の軽減とPTSDへの移行予防のために非常に重要です。

もし、あなたが、あるいはあなたの身近な人が急性ストレス障害の症状に苦しんでいる場合は、一人で抱え込まずに、医療機関や公的な相談窓口に助けを求めてください。専門家との連携、十分な休養、そして周囲の温かい理解とサポートがあれば、きっと回復への道を歩み出すことができるはずです。

この記事が、急性ストレス障害について理解を深め、適切な治療や相談先を見つけるための一助となれば幸いです。

【免責事項】
本記事は、急性ストレス障害に関する一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を推奨するものではありません。個別の症状や状況については、必ず医師や専門家にご相談ください。本記事によって生じたいかなる結果についても、当方は一切の責任を負いかねます。

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