トゥレット症とは?症状・原因、周囲ができることを専門家が解説

トゥレット症(トゥレット症候群)は、本人の意思とは関係なく、突然、速い、繰り返し行われる運動や発声(チック)を特徴とする神経発達症の一つです。運動チックと音声チックの両方が見られ、これらのチックが1年以上持続する場合に診断されます。多くは小児期に発症し、症状の程度は時期によって変動することが知られています。
「トゥレット症とはどのような病気なのか」「どのような症状があるのか」「原因や治療法は存在するのか」といった疑問を持つ方もいらっしゃるでしょう。この記事では、トゥレット症の基本的なことから、症状の詳細、チック症との違い、原因、診断、治療法、そして相談先まで、分かりやすく解説していきます。この情報を通じて、トゥレット症への理解を深め、適切な対応や支援につながる一助となれば幸いです。

トゥレット症とは

トゥレット症候群は、神経発達症に分類される疾患で、特徴的な症状として多様な「チック」が現れます。チックとは、自分の意志とは無関係に、急に、速く、繰り返し現れる、意味のない動きや発声のことです。トゥレット症の診断には、運動チックと音声チックの両方が存在し、それが1年以上続いていることが条件となります。通常は5歳から思春期にかけて発症することが多く、男の子にやや多い傾向があります。
この疾患は脳機能の偏りによって引き起こされると考えられており、かつて誤解されていたような、親の育て方や心理的な原因によるものではありません。
チックの症状は多くの患者さんで思春期をピークに軽快することが多いですが、成人期まで持続する場合もあります。
トゥレット症は、チックだけでなく、特定の行動上の問題や精神疾患(強迫性障害や注意欠如多動症など)を合併しやすいことも特徴の一つです。これらの合併症が、チックそのものよりも日常生活上の困難を引き起こす場合も少なくありません。
トゥレット症は、疾患への正しい理解と適切な支援によって、患者さん自身や家族がより安心して生活を送ることが可能になります。

トゥレット症の主な症状

トゥレット症の中心的な症状は「チック」です。チックは、大きく分けて「運動チック」と「音声チック」の二種類があり、さらにそれぞれが「単純性」と「複雑性」に分けられます。トゥレット症と診断されるためには、運動チックと音声チックの両方が見られる必要があります。これらのチックは、通常1日に数回、ほとんど毎日、または1年以上断続的に存在し、この期間中にチックがない期間が3ヶ月以上連続しないことが診断基準の一つです。

チックの症状は非常に多様で、同じ人でも時期によって症状が変わることがあります。また、疲労、ストレス、興奮などの状況でチックが悪化しやすい傾向があります。一方で、特定の活動に集中している時やリラックスしている時にはチックが一時的に軽減することもあります。チックは意図的に抑えることも可能ですが、抑え込むと不快感が増し、解放された時に反動でチックが強く現れることがあります。この「抑え込み」と「解放」のサイクルもチックの特徴です。

運動チックの種類

運動チックは、体の筋肉が突然動くものです。単純性運動チックは体の限られた一部が動くのに対し、複雑性運動チックはいくつかの単純性チックが組み合わさったり、より複雑な動きを伴います。

単純性運動チックの例:
* **まばたき:** 頻繁に目を強く閉じる・開ける
* **首振り:** 首をカクカクと振る、前に突き出す
* **顔しかめ:** 眉をひそめる、鼻をピクつかせる
* **肩すくめ:** 肩をクイッと上げる
* **手足の動き:** 指をポキポキ鳴らす、足首を回す

複雑性運動チックの例:
* **物を触る:** 特定の物を繰り返し触る、なぞる
* **踏みつけ:** 地面を繰り返し踏みつける
* **飛び跳ねる:** その場でぴょんぴょん跳ねる
* **自分の体を叩く:** 体の一部を拳などで叩く
* **他人の動きを真似る:** 見た動きを繰り返す(エコプラキシア)
* **わいせつなジェスチャー:** 下品な身振りをする(コプロプラキシア)

複雑性運動チックは、一見すると目的のある行動のように見えることがありますが、本人の意図とは無関係に起こる点が特徴です。

音声チックの種類

音声チックは、呼吸器や発声器官から出る音や声のことです。こちらも単純性と複雑性に分けられます。

単純性音声チックの例:
* **咳払い:** コンコンと咳をする、エヘンと喉を鳴らす
* **鼻すすり:** スンスンと鼻を鳴らす
* **うなり声:** グーやウーといった低い声を出す
* **キーキー声:** 高い声や奇声を発する
* **シューシュー声:** 息を強く吐き出す音

複雑性音声チックの例:
* **単語の繰り返し:** 特定の単語を繰り返し言う(例: 「あの」「えっと」など)
* **フレーズの繰り返し:** 短いフレーズを繰り返し言う(例: 「いいじゃん」「そうそう」など)
* **他人の言葉の繰り返し:** 聞いた言葉を繰り返す(エコラリア)
* **汚言症:** 社会的に不適切とされる単語やフレーズを、本人の意思と関係なく発してしまうこと。差別的な言葉や卑猥な言葉などを含みます。(コプロラリア)。トゥレット症の患者さん全員に見られるわけではなく、頻度もそれほど高くありませんが、社会的な誤解や困難に繋がりやすい症状です。

音声チックは、場面によっては咳や鼻炎、喉の不調と誤解されたり、独り言やマナー違反と捉えられてしまうこともあり、周囲の理解が重要になります。

単純性チックと複雑性チック

特徴 単純性チック 複雑性チック
動き・音 単一の動きや音。体の特定の一部、または一種類の音。 いくつかの単純性チックの組み合わせ、またはより複雑な動きや言葉。
例(運動) まばたき、首振り、肩すくめ 物を触る、飛び跳ねる、他人の動きを真似る、わいせつなジェスチャー
例(音声) 咳払い、鼻すすり、うなり声 単語やフレーズの繰り返し、他人の言葉の繰り返し、汚言症
性質 短く瞬時的なものが多い より長く、意図的な行動のように見えることがある

単純性チックは、体の特定の一部分の筋肉の動きや、単一の音として現れます。例えば、まばたきを繰り返したり、コンコンと咳払いをするなどがこれにあたります。一方、複雑性チックは、いくつかの単純性チックが連続して起こったり、より複雑な一連の動きや言葉として現れます。例えば、物を触ってから飛び跳ねる、長いフレーズを繰り返す、といった形で見られます。複雑性チックは、外部から見るとまるで意図的な行動や発言のように見えることがあるため、周囲に誤解されやすいという側面もあります。

チック症とトゥレット症の違い

チック症は、広い意味で「チック症状が見られる疾患群」を指す言葉です。トゥレット症は、このチック症の中に分類される疾患の一つであり、最も重症度が高いタイプと位置付けられています。チック症は持続期間やチックの種類によっていくつかの診断名に分けられます。

特徴 一過性チック症 持続性(慢性)運動チック症 / 持続性音声チック症 トゥレット症(トゥレット症候群)
チックの種類 運動チックまたは音声チックのどちらか一方のみ 運動チックのみ、または音声チックのみ 運動チックと音声チックの両方
持続期間 1年未満 1年以上 1年以上
発症時期 18歳未満 18歳未満 18歳未満
チックがない期間 3ヶ月以上連続してチックがない期間がある場合も 3ヶ月以上連続してチックがない期間はほぼない 3ヶ月以上連続してチックがない期間はほぼない

一過性チック症は、運動チックまたは音声チックのいずれか一方のみが見られ、その期間が1年未満である場合に診断されます。子どもによく見られ、多くの場合自然に消失します。

持続性(慢性)チック症は、運動チックのみ、または音声チックのみが1年以上持続する場合に診断されます。一過性チック症よりも長く続きますが、トゥレット症のように運動チックと音声チックの両方が揃うことはありません。

トゥレット症は、運動チックと音声チックの両方が存在し、それが1年以上持続している場合に診断されます。これが、他のチック症との決定的な違いです。トゥレット症の患者さんは、経過の中でチックの種類や重症度が変化しますが、通常は運動チックと音声チックの両方の存在が継続します。

このように、トゥレット症はチック症の中でも特定の診断基準を満たす場合に用いられる名称であり、すべてのチック症がトゥレット症というわけではありません。

トゥレット症の原因

トゥレット症の原因は、現時点では完全には解明されていません。しかし、近年の研究により、遺伝的要因と脳機能の偏りが強く関与していると考えられています。

遺伝的要因:
トゥレット症は家族内での発症が見られることが多く、遺伝的な素因が関わっていると考えられています。ただし、特定の単一遺伝子によって引き起こされるわけではなく、複数の遺伝子が複雑に影響し合うことで発症リスクが高まると考えられています。家族にトゥレット症やチック症、強迫性障害などの人がいる場合、本人も発症しやすい傾向がありますが、必ず遺伝するわけではありません。

脳機能の偏り:
脳内の特定の領域、特に運動や行動の制御に関わる「大脳基底核」と呼ばれる部位や、神経伝達物質の働きに偏りがあることが示唆されています。特に、ドーパミンという神経伝達物質の機能異常がチックの発現に関与しているという説が有力です。これらの脳機能の偏りが、不随意的で衝動的なチック症状を引き起こすと考えられています。

環境要因:
遺伝的・脳機能的な要因に加え、妊娠中や周産期の合併症、感染症(特にA群β溶血性レンサ球菌感染症との関連が一部で議論されていますが、明確な因果関係は確立されていません)、ストレスなども発症や症状の悪化に関わる可能性が指摘されていますが、これらが単独で原因となるわけではありません。

かつての誤解:
かつては、親の育て方や心理的なストレスがトゥレット症の原因であると考えられていた時期もありましたが、これは誤りであることが分かっています。トゥレット症は、生まれ持った体質や脳機能の特性によるものであり、特定の養育環境や本人の性格によって引き起こされるものではありません。この誤解は患者さんや家族を不必要に苦しめるものであり、正しい理解が不可欠です。

原因が完全に解明されていないとはいえ、トゥレット症は脳の機能的な違いによって生じる疾患であり、本人の意思や努力不足によるものではない、という点を理解することが重要です。

トゥレット症の発症時期と経過

トゥレット症は、通常小児期に発症します。多くの場合、5歳から思春期前(10歳頃)にかけて最初のチック症状が現れることが多いです。男女比では、男の子の方が女の子よりも3〜4倍程度多く発症すると言われています。

最初の症状としては、まばたきや顔をしかめるなどの単純な運動チックが多い傾向があります。その後、首振り、肩すくめ、腕や体の動きなどが加わることがあります。音声チックは、運動チックよりも遅れて出現することが一般的です。最初は咳払いや鼻すすりなどの単純性音声チックが多く、思春期頃に複雑性音声チック(単語やフレーズの繰り返し、汚言症など)が現れることがあります。

トゥレット症の経過は、患者さんによって大きく異なりますが、一般的には以下のようなパターンをたどることが多いです。

1. 発症: 5歳〜10歳頃に最初のチック(主に運動チック)が現れる。
2. 増悪期: チックの種類や頻度、強さが徐々に増していき、思春期(10代前半〜中頃)に最も症状が強くなることが多い。この時期に複雑なチックや音声チックが顕著になることがある。
3. 軽快期: 思春期後半から成人期にかけて、多くの患者さんでチックの症状が自然に軽くなっていきます。
4. 成人期: 約半数以上の患者さんでチックが著しく軽快または消失すると言われています。しかし、約1〜2割の患者さんでは成人期までチックが持続し、生活に影響を与えることがあります。

チックの症状は、波のように良くなったり悪くなったりを繰り返しながら推移することが特徴です。特定のストレスや疲労、興奮などの要因で一時的に症状が悪化することがあります。また、チックの種類も時間とともに変化することが一般的です。例えば、ある時期はまばたきが主だったのが、しばらくすると首振りや咳払いに変わるといったことが起こります。

思春期を過ぎてもチックが残る成人期のトゥレット症についても、適切な診断と支援によってチックによる困難を軽減することが可能です。重要なのは、トゥレット症の経過には個人差が大きいこと、そして症状が変動することを知っておくことです。

トゥレット症の診断基準

トゥレット症の診断は、問診と行動観察に基づいて行われます。特定の血液検査や画像検査で診断できるものではありません。医師が患者さんの症状や既往歴、家族歴などを詳しく聞き取り、チックの様子を観察することで診断を確定します。診断にあたっては、国際的な診断基準であるDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)などが参考にされます。

DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)におけるトゥレット症候群の診断基準の要点は以下の通りです。

1. 複数の運動チックと1つ以上の音声チックが存在すること。
* ただし、同時に出現している必要はありません。経過の中で、運動チックと音声チックの両方が確認されれば診断の条件を満たします。
2. チックが1年以上存在していること。
* チックの頻度は、ほとんど毎日見られるか、断続的ではあっても1年以上の期間を通じて存在していることが必要です。
3. チックが18歳未満で発症していること。
* 多くの場合は5歳から10歳頃に発症しますが、遅くとも18歳になる前に最初のチックが現れていることが条件です。
4. チックがない期間が連続して3ヶ月を超えないこと。
* 1年以上の経過の中で、チック症状が完全に消失している期間が3ヶ月以上連続しないことが必要です。症状が波のように変動することはあっても、完全に長期的に見られない状態にはならない、ということです。
5. 他の疾患や物質(薬物など)によってチックが引き起こされているわけではないこと。
* 特定の神経疾患や薬物の副作用としてチックに似た症状が現れることがあるため、これらを除外する必要があります。

これらの基準を満たすかどうかを医師が慎重に評価して診断を行います。診断は、患者さん本人だけでなく、家族からの情報も非常に重要です。幼い頃からのチックの経過や、どのようなチックがあったかなどを詳しく伝えることが、正確な診断につながります。

診断は、単に病名をつけるだけでなく、その後の適切な支援や治療方針を決定する上で非常に重要なステップです。トゥレット症の疑いがある場合は、専門の医療機関に相談することが推奨されます。

トゥレット症の有病率

トゥレット症は、「珍しい病気」と思われがちですが、実際にはある程度の頻度で見られる神経発達症です。正確な有病率を算出することは、チック症状の変動性や軽症例が見過ごされやすいことなどから難しい側面もありますが、いくつかの疫学調査によって推計値が示されています。

一般的な推計では、学齢期の子どもにおけるトゥレット症の有病率は0.3%〜1%程度とされています。これは、クラスに1人いるかいないか、といった頻度です。男の子は女の子よりも有病率が高い傾向があり、男女比は3〜4:1程度と言われています。

成人期までチックが持続するケースを含めた、全年齢での有病率はこれよりも低くなります。多くのチックが思春期以降に軽減・消失するためです。

ただし、これは診断基準を満たすトゥレット症の有病率であり、一過性チック症や持続性チック症など、より軽度なチック症状を含むと、その頻度はさらに高くなります。学齢期の子どもの約10%〜20%が一過性チック症を経験するという報告もあります。

つまり、小児期に限れば、チック症状自体は比較的多くの子供に見られる現象であり、その一部が診断基準を満たすトゥレット症となる、と理解するのが適切です。

これらの数字は調査方法や対象地域によって多少変動しますが、トゥレット症は特別にまれな疾患というわけではなく、支援が必要な人も存在するということを知っておくことが重要です。

トゥレット症の治療法

トゥレット症の治療は、チック症状を完全に消失させることよりも、チックや合併症による日常生活の困難を軽減し、本人のQOL(生活の質)を向上させることを目標に行われます。すべてのチックが治療の対象となるわけではなく、本人がチックによって苦痛を感じている場合や、チックが原因で学校生活、社会生活、人間関係、身体の健康などに明らかな支障が出ている場合に治療を検討します。

治療法は、大きく分けて「薬物療法」と「行動療法」があり、患者さんの状態や困りごとに合わせて選択されます。また、トゥレット症に合併しやすい他の疾患(ADHDやOCDなど)の治療も同時に行うことが非常に重要です。

薬物療法

薬物療法は、主にチックの頻度や強度を軽減することを目的とします。チック症状が重度で、他の治療法だけでは対応が難しい場合などに検討されます。

使用される薬剤: チックの治療には、脳内のドーパミンという神経伝達物質の働きを調整する薬剤が主に用いられます。抗精神病薬の一部(ハロペリドール、ピモジド、リスペリドン、アリピプラゾールなど)がチック症状に有効であることが確認されています。これらの薬剤は、少量から開始し、効果や副作用を見ながら慎重に調整されます。また、特定の高血圧治療薬(クロニジンやグアンファシンなど)がチックに効果を示す場合もあり、特にADHDを合併している場合に検討されることがあります。
効果と副作用: 薬の効果には個人差があり、チックが完全に消失することは稀ですが、多くの場合はチックの頻度や強さが軽減されます。一方で、眠気、体重増加、薬剤性パーキンソン症候群(振戦や動きの遅さなど)などの副作用が出現する可能性もあります。医師は効果と副作用のバランスを考慮しながら、最適な薬剤と用量を決定します。
継続性: 薬はチックを抑える対症療法であり、根本的に治すものではありません。症状が落ち着けば減量や中止も可能ですが、必要に応じて長期的に服用する場合もあります。

行動療法

行動療法は、薬物療法と同様にトゥレット症に対する有効性が確立されている治療法です。特に「ハビット・リバーサル法(Habit Reversal Training, HRT)」や、それを拡張した「チックに対する包括的行動的介入(Comprehensive Behavioral Intervention for Tics, CBIT)」が代表的です。

ハビット・リバーサル法(HRT/CBIT):
* トレーニング内容: 主に以下の要素を含みます。
* **アウェアネストレーニング(Awareness Training):** チックが起こる直前の「予兆感覚(Pre-monitory Urge)」に気づく練習をします。多くのトゥレット症患者さんは、チックを起こす前にムズムズしたり、ソワソワしたりといった独特の不快な感覚を経験します。
* **拮抗反応トレーニング(Competing Response Training):** 予兆感覚を感じたときに、チックと両立しない別の行動(拮抗反応)を行う練習をします。例えば、まばたきチックの予兆を感じたら、目をゆっくり閉じて開ける、首振りチックの予兆を感じたら、首をまっすぐに保つ、といった具合です。この拮抗反応を行うことでチックの発現を抑えたり、チックまでの時間を稼いだりすることを目指します。
* **ソーシャルサポート(Social Support):** 家族などのサポートを得て、チックや拮抗反応の練習を継続できるようにします。
* **ファンクショナル・アセスメント(Functional Assessment):** どのような状況でチックが出やすいか(例: ストレスが多い時、特定の場所など)を分析し、チックを悪化させる要因への対処法を検討します。
* 効果: HRT/CBITは、特に本人がチックの予兆感覚を自覚できる場合に有効とされており、チックの頻度や強度を軽減する効果が期待できます。薬物療法に抵抗がある場合や、薬の副作用が大きい場合にも選択される重要な治療法です。訓練には時間と本人の努力が必要ですが、一度身につければ長期的な効果が期待できます。専門の訓練を受けたセラピストによる指導が不可欠です。

その他の治療法

ボツリヌス療法: 特定の筋肉の動きによるチック(例: 首のねじれ、まぶたの強い閉鎖など)が原因で痛みや機能障害が起こっている場合に、チックに関わる筋肉にボツリヌス毒素を注射することでチックを一時的に軽減させる治療法です。
脳深部刺激療法(DBS): 重症で他の治療法に反応しない、極めて困難なトゥレット症の患者さんに対して検討されることがあります。脳の特定の部位に電極を植え込み、電気刺激を与えることでチックを軽減しようとする治療法ですが、適応は非常に限られており、専門施設で行われます。
心理教育: 患者さん本人や家族がトゥレット症について正しく理解することは、治療の基盤となります。チックの性質、経過、治療法、合併症などについて学ぶことで、病気への向き合い方や対処法が見つかりやすくなります。
環境調整: 学校や職場でトゥレット症について理解を得るための情報提供や、チックが出にくい環境調整(例: クラスの座席位置、休憩時間の確保など)を行うことも重要です。

トゥレット症の治療は、チックだけでなく、合併症の治療や、本人と家族が疾患とともに生きるための心理的・社会的な支援も含めた包括的なアプローチが重要となります。

トゥレット症に合併しやすい症状・疾患

トゥレット症は単にチックが見られるだけでなく、他の様々な症状や疾患を合併しやすいことが知られています。これらの合併症が、チックそのものよりも、日常生活や学習、社会生活における困難の主要な原因となることが少なくありません。トゥレット症を持つ人の約9割に何らかの合併症が見られるという報告もあります。

発達障害との関連

トゥレット症は、ADHDやASD(自閉スペクトラム症)などと同じ「神経発達症」という大きなカテゴリーに分類されます。これは、脳機能の発達に関わる生まれつきの特性によって生じる疾患群であり、これらの疾患はしばしば合併して見られます。トゥレット症と他の発達障害は、脳の同じ領域(大脳基底核や前頭前野など)の機能異常が関連している可能性が指摘されています。

強迫性障害(OCD)・注意欠如多動症(ADHD)などの合併

トゥレット症に最も高頻度に合併する疾患として、強迫性障害(OCD)注意欠如多動症(ADHD)が挙げられます。

合併しやすい疾患 特徴 頻度(トゥレット症患者において)
強迫性障害 (OCD) 自分の意思に反して不快な考え(強迫観念)が繰り返し頭に浮かび、その不安を打ち消すために特定の行動(強迫行為)を繰り返さずにはいられない。 約40%〜60%
注意欠如多動症 (ADHD) 不注意(集中が続かない、忘れっぽい)、多動性(落ち着きがない)、衝動性(衝動的な行動)といった特性が見られる。 約50%〜80%
学習障害 (LD) 読み書き、計算など特定の学習能力に困難が見られる。 比較的高頻度
睡眠障害 寝つきが悪い、夜中に目が覚める、寝ている間にチックが出るなど。 比較的高頻度
不安症 特定の状況で強い不安を感じる、過剰な心配など。 比較的高頻度
うつ病 気分の落ち込み、意欲の低下など。特に成人期に合併することがある。 比較的高頻度
怒りっぽさ、易刺激性、衝動性行動 チックとは別に、衝動的に怒ったり、癇癪を起こしたりする。 比較的高頻度

強迫性障害(OCD): トゥレット症の患者さんの約半数以上に合併すると言われています。物の配置にこだわる、汚染を恐れて繰り返し手を洗う、何度も確認しないと気が済まない、といった症状が見られます。チックと強迫行為は異なるものですが、両者が混在したり、チックが強迫的な性質を帯びたりすることもあります。
注意欠如多動症(ADHD): こちらもトゥレット症の患者さんの半数以上に合併すると報告されており、最も高頻度な合併症と言えます。授業中に落ち着いて座っていられない、うっかりミスが多い、順番を待てない、といった症状が見られます。ADHDの不注意や衝動性が、学校生活や学習面で大きな困難を引き起こすことがあります。

これらの合併症は、チックそのものよりも、本人の学業や仕事、対人関係に深刻な影響を与える場合があります。そのため、トゥレット症と診断された場合には、合併症の有無についても適切に評価し、必要に応じてそれぞれの治療や支援を行うことが非常に重要です。例えば、ADHDの症状が強ければADHDに対する薬物療法や行動療法を優先したり、強迫性障害の症状が強い場合はOCDに対する曝露反応妨害法などの行動療法や薬物療法を組み合わせたりします。

トゥレット症への理解には、これらの合併症を含めた全体像を把握することが不可欠です。

大人のトゥレット症について

トゥレット症は多くが小児期に発症し、思春期をピークに症状が軽快することが多いと説明しましたが、中には成人期までチックが持続したり、成人期に初めて診断されたりするケースも存在します。成人期までチックが持続する人は、トゥレット症と診断された患者さんの約1〜2割程度と言われています。

大人のトゥレット症の場合、チックの症状自体は小児期よりも軽くなっていることが多いですが、完全に消失しないチックが残存したり、特定状況下でチックが出やすかったりします。また、小児期に比べて、チックを抑え込むスキルを身につけている人もいますが、それによる疲労感や不快感に悩まされることもあります。

成人期のトゥレット症でより問題となりやすいのは、合併症による困難です。小児期からADHDやOCD、不安症、うつ病などを合併している場合、それらの症状が成人期にも継続したり、あるいは成人になってから現れたりすることがあります。特にOCDや不安症、うつ病は、チックそのものよりも社会生活や就労に大きな影響を与えることがあります。

大人のトゥレット症が抱えやすい困難には以下のようなものがあります。

就労の困難: チックや合併症(特にADHDやOCD)が原因で、特定の職業に就くのが難しかったり、職場で困難を感じたりすることがあります。
人間関係: チックや衝動的な言動、合併症による問題が、友人関係や恋愛、家族関係に影響を与えることがあります。
社会的な誤解: チックが「変な癖」「わざとやっている」「精神的に不安定」などと誤解され、偏見や差別を受けることがあります。特に汚言症がある場合は深刻な問題となり得ます。
精神的な負担: チックや合併症による困難、周囲からの誤解などが、本人にストレスや不安、抑うつ感をもたらすことがあります。

成人になってからトゥレット症の診断を受ける人もいます。これは、幼い頃からチックがあったものの診断されずに過ごしてきたケースや、チックが軽微だったために見過ごされてきたケースなどです。成人期に診断を受けた場合でも、適切な治療や支援を受けることで、チックや合併症による困難を軽減し、より良い生活を送ることが可能です。

大人のトゥレット症に対する治療も、小児期と同様に薬物療法、行動療法、精神療法、合併症の治療などを組み合わせた包括的なアプローチが中心となります。また、職場での合理的配慮や、トゥレット症について周囲に理解を求めるための情報提供なども重要になります。大人のトゥレット症に関する情報や支援は、小児期に比べて少ない現状がありますが、近年は少しずつ関心が高まっています。

トゥレット症に関する相談先・専門医

トゥレット症は専門的な知識を必要とする疾患であり、診断や治療、支援については専門医や専門機関に相談することが重要です。チックやトゥレット症の症状が見られる場合、どの科を受診すれば良いか迷うことも多いかもしれません。

トゥレット症に関する相談先としては、主に以下のような医療機関や専門家が挙げられます。

小児の場合:
* 小児科医: かかりつけの小児科医に相談し、専門医への紹介を受けるのが一般的です。
* 児童精神科医: 精神科の中でも、子どもの心の問題や発達障害を専門とする医師です。チックだけでなく、ADHDやOCDなどの合併症も含めて包括的に診察できます。
* 小児神経科医: 子どもの脳や神経系の疾患を専門とする医師です。チックの原因となる神経学的な側面から診察できます。

成人の場合:
* 精神科医: 成人の心の病気や精神疾患全般を専門とする医師です。合併症であるOCDや不安症、うつ病などの治療も含めて対応できます。
* 神経内科医: 脳や神経系の疾患を専門とする医師です。不随意運動(チックも含む)やその他の神経学的な症状について診察できます。

受診先を決める際には、可能であればトゥレット症やチック症について詳しい医師がいる医療機関を選ぶと良いでしょう。大きな病院の専門外来や大学病院などが考えられます。インターネットで「(お住まいの地域名) トゥレット症 病院」などで検索してみるのも一つの方法です。

医療機関以外にも、以下のような相談先があります。

保健センター・発達障害者支援センター: 地域の発達相談窓口として、専門機関の紹介や情報提供を行っています。
学校のスクールカウンセラー: 子どもの場合は、学校の先生やスクールカウンセラーに相談し、学校生活での困りごとへの対応を考えたり、専門機関の情報を得たりすることもできます。
患者会・家族会: 同じ疾患を持つ人同士で情報交換したり、支え合ったりする場です。トゥレット症に関する患者会も存在します。体験談を聞いたり、最新の情報を得たりすることができます。
行政の相談窓口: 各自治体の障害福祉に関する窓口でも相談に応じてくれる場合があります。

トゥレット症は症状の変動が大きく、合併症も多いため、一人の専門家だけで対応が難しい場合もあります。必要に応じて、複数の専門家(医師、臨床心理士、作業療法士、言語聴覚士、学校の先生、カウンセラーなど)が連携して支援するチームアプローチが望ましいとされています。

相談する際には、いつ頃からどのようなチックが見られるか、頻度や強さはどうか、学校や家庭、社会生活でどのような困りごとがあるか、他の気になる症状(不注意、衝動性、こだわりなど)はあるか、などを具体的に伝えられるように準備しておくと、スムーズな相談につながります。

不安や疑問を抱えたままにせず、まずは専門家や信頼できる相談窓口に一歩踏み出すことが大切です。

トゥレット症についてよくある質問

トゥレット症に関して、よく寄せられる質問とその回答をまとめました。

チックは本人がわざとやっているの?
* いいえ、チックは本人の意思とは無関係に起こる「不随意運動・発声」です。完全に意図して行っているわけではありません。ある程度は意識的に抑え込むことができますが、我慢すると不快感が増し、反動でチックが強くなることがあります。これは、咳やくしゃみを我慢するのに似ています。
トゥレット症は治るの?
* トゥレット症は多くのケースで思春期以降に自然に軽快したり、消失したりすることが多い疾患です。しかし、成人期までチックが持続する場合もあります。完全に「治る」というよりは、症状が軽くなる、あるいは適切に対処できるようになる、と捉えるのが現実的です。治療や支援によってチックによる困難を軽減し、チックがあっても自分らしく生活できることを目指します。
ストレスでトゥレット症になる?
* ストレスがトゥレット症の直接的な原因になるわけではありません。トゥレット症は遺伝的要因や脳機能の偏りが関与する神経発達症と考えられています。しかし、ストレスや疲労、緊張、興奮といった状況は、チックの頻度や強度を一時的に悪化させる要因となることが知られています。ストレス管理は、チック症状を安定させる上で重要です。
学校でチックが出たらどうすればいい?
* まず、学校の先生やスクールカウンセラーにトゥレット症について伝え、理解と協力を得ることが大切です。チックが出やすい状況を特定し、授業中の席の配慮や、チックが出そうになったら一時的に教室から出て落ち着ける場所に行く、といった対応を検討できます。クラスメイトへの理解を促すための説明会なども有効な場合がありますが、これは本人の意思を尊重して行うべきです。
遺伝するの?
* トゥレット症は遺伝的な要因が関与していると考えられており、家族内で発症が見られることがあります。しかし、特定の単一遺伝子で決まるわけではなく、複数の遺伝子や環境要因が複雑に影響し合って発症リスクが高まるものです。必ずしも親から子へ遺伝するわけではありません。遺伝的なリスクについて詳しく知りたい場合は、専門家(遺伝カウンセラーなど)に相談することも可能です。

まとめ

トゥレット症(トゥレット症候群)は、運動チックと音声チックが1年以上続くことを特徴とする神経発達症です。多くは小児期に発症し、思春期にチックが最も強くなる傾向がありますが、多くの場合は成人期に自然に軽快・消失します。原因は遺伝的要因と脳機能の偏りと考えられており、親の育て方によるものではありません。

トゥレット症の診断は、問診や観察に基づき、特定の診断基準を用いて行われます。チック症状に加え、強迫性障害(OCD)や注意欠如多動症(ADHD)などの他の神経発達症や精神疾患を高い頻度で合併することが特徴であり、これらの合併症が生活上の困難の主な原因となることも少なくありません。

治療は、チックや合併症による困難を軽減し、QOLの向上を目指して行われます。薬物療法や、ハビット・リバーサル法などの行動療法が有効な治療法として確立されています。個別の状態に合わせて、複数の治療法や支援を組み合わせた包括的なアプローチが重要です。

トゥレット症やチック症状について不安や疑問がある場合、また日常生活に支障が出ている場合は、小児科、児童精神科、小児神経科(小児の場合)、精神科、神経内科(成人の場合)などの専門医に相談することが推奨されます。正しい知識を持ち、適切な支援を得ることで、本人も家族も安心して生活を送ることが可能になります。

免責事項:
本記事は情報提供を目的としており、トゥレット症の診断や治療を推奨・保証するものではありません。個々の症状や状況については、必ず医師や専門家の診断を受け、その指示に従ってください。本記事の情報によって生じたいかなる損害についても、一切の責任を負いかねます。

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