過敏性腸症候群の治し方ガイド|生活習慣・食事・薬物療法

過敏性腸症候群(IBS)は、日常生活に大きな影響を与えるつらい消化器系の病気です。お腹の痛みや不快感に加え、下痢や便秘を繰り返すことで、仕事や学業、人との付き合いにも支障をきたすことがあります。「この症状、いつまで続くんだろう…」「どうすれば改善するの?」と一人で悩んでいませんか?過敏性腸症候群の治療法は近年進歩しており、つらい症状を和らげ、より快適な毎日を送るための様々なアプローチがあります。この記事では、過敏性腸症候群の症状や原因から、最新の治療法までを専門的な視点から分かりやすく解説します。ご自身の症状に合った治療法を見つけるための第一歩として、ぜひ最後までお読みください。

過敏性腸症候群とは?症状と原因

過敏性腸症候群(IBS:Irritable Bowel Syndrome)は、目に見える異常(炎症や潰瘍、腫瘍など)がないにもかかわらず、お腹の痛みや不快感が慢性的に続き、便通異常(下痢や便秘など)を伴う病気です。日本人の10%程度がかかっているとされており、決して珍しい病気ではありません。特に若い世代から中年世代に多く見られますが、高齢者にも発症することがあります。

過敏性腸症候群の主な症状は、腹痛や腹部不快感です。この痛みや不快感は、排便によって和らぐという特徴があります。そして、便通異常を伴います。便通異常のタイプによって、主に以下の4つに分類されます。

  • 下痢型IBS: 便が軟らかく、しばしば泥状または水様になります。
    急な便意に襲われることが多く、外出中などに強い不安を感じることがあります。
    男性に比較的多く見られます。
  • 便秘型IBS: 排便回数が減り、硬い便が出ます。
    排便してもすっきりしない残便感を感じやすいのも特徴です。
    女性に比較的多く見られます。
  • 混合型IBS: 下痢と便秘を交互に繰り返します。
    最も診断が難しいタイプの一つです。
  • 分類不能型IBS: 上記のいずれにも明確に分類されないタイプです。

これらの症状は、食事、特定の食品の摂取、ストレス、疲労などによって悪化しやすい傾向があります。また、腹部の膨満感やお腹のゴロゴロ感、吐き気、おならが多くなるなどの症状を伴うこともあります。

では、なぜこのような症状が起こるのでしょうか?過敏性腸症候群の原因は一つではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられています。主な原因として挙げられるのは以下の点です。

  • 脳腸相関の異常: 脳と腸は自律神経やホルモンなどを介して密接に情報交換を行っています。この連携システム(脳腸相関)のバランスが崩れると、腸の運動や知覚に異常が生じ、症状が現れると考えられています。ストレスや不安が腸の働きに影響するのは、この脳腸相関があるためです。
  • 消化管運動の異常: 腸の収縮運動が速すぎたり遅すぎたり、または不規則になったりすることで、便の通過速度が変化し、下痢や便秘を引き起こします。腹痛は、腸の異常な収縮や、正常な動きでも痛みとして感じてしまう知覚過敏が原因と考えられています。
  • 消化管知覚過敏: 腸の拡張や収縮といった刺激に対して、健康な人よりも過敏に反応し、痛みや不快感として強く感じてしまう状態です。少量のガスや便が溜まっただけでも強い腹痛を感じることがあります。
  • 腸内細菌叢の変化: 腸内に生息する細菌のバランス(腸内フローラ)が変化することも、IBSの発症や悪化に関与していると考えられています。特定の細菌の増加や減少、多様性の低下などが影響する可能性があります。
  • 消化管の炎症: 過去の感染性胃腸炎にかかった後、IBSを発症することがあります(感染後IBS)。これは、一時的な腸の炎症が、その後の消化管機能に影響を与え続けるためと考えられています。また、微弱な炎症が慢性的に続いている可能性も指摘されています。
  • 遺伝的要因: IBSの発症には、ある程度の遺伝的な傾向があるという研究結果もあります。ただし、特定の遺伝子が直接IBSを引き起こすというよりは、発症しやすい体質に関わる要因と考えられています。

これらの要因が単独、あるいは組み合わさることで、過敏性腸症候群のつらい症状が引き起こされると考えられています。原因が多様であるため、治療法も多角的なアプローチが必要となります。

過敏性腸症候群の診断と検査

過敏性腸症候群の診断は、特徴的な症状と、他の病気(器質的疾患)ではないことを確認することによって行われます。問診が非常に重要であり、いつからどのような症状があるのか、症状の頻度や程度、排便との関連、症状が悪化する状況(ストレス、食事など)、既往歴、服用している薬など、詳細に医師に伝えることが診断の第一歩となります。

過敏性腸症候群の診断には、国際的な診断基準である「Rome基準」が広く用いられています。現在の最新版はRome IV基準です。Rome IV基準では、「最近3ヶ月の間において、少なくとも週に1日以上、腹痛が繰り返し起こり、かつ以下の2つ以上の項目を満たすもの」と定義されています。

  • 排便に関連する
  • 排便頻度の変化に関連する
  • 便形状(外観)の変化に関連する

これらの基準を満たす症状が6ヶ月以上前から出現し、最近3ヶ月間は基準を満たしている場合に、過敏性腸症候群と診断されます。

ただし、これらの症状があっても、必ずしもIBSとは限りません。腹痛や便通異常は、潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患、大腸がん、感染性胃腸炎、寄生虫症、甲状腺疾患、特定の薬剤の副作用など、他の様々な病気でも起こり得ます。これらの「器質的疾患」を除外することが、過敏性腸症候群の診断において非常に重要です。

器質的疾患を除外するために行われる主な検査には、以下のようなものがあります。

  • 血液検査: 炎症の程度を示すCRPや白血球数、貧血の有無、肝機能、腎機能などを調べます。特定の自己抗体を調べることで、炎症性腸疾患を示唆する情報が得られる場合もあります。
  • 便検査: 便中の潜血反応、細菌や寄生虫の有無などを調べます。感染性胃腸炎や一部の寄生虫症を除外するために重要です。
  • 腹部X線検査: 腸管内のガスの貯留や便の詰まり具合などを確認できます。
  • 腹部超音波(エコー)検査: 胆嚢や膵臓、腎臓、卵巣などの異常がないかを確認できます。
  • 大腸内視鏡検査(コルポスコピー): 大腸の粘膜を直接観察し、炎症、潰瘍、ポリープ、がんなどの病変がないかを確認する最も重要な検査です。特に、40歳以上で初めて便通異常や腹痛が現れた場合、血便がある場合、体重減少がある場合などには、大腸がんなどの重篤な疾患を見逃さないために強く推奨されます。
  • 胃内視鏡検査(ガストロスコピー): 必要に応じて、胃や十二指腸の病変(胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍など)を除外するために行われることがあります。

これらの検査の結果、明らかな器質的な病気が見つからず、Rome基準を満たす症状がある場合に、過敏性腸症候群と診断が確定されます。診断を受けることで、ご自身の症状がどのような状態なのかを正しく理解し、適切な治療に進むことができます。

過敏性腸症候群の主な治療法

過敏性腸症候群の治療は、症状のタイプや重症度、患者さんの全身状態やライフスタイルに合わせて、複数の方法を組み合わせて行われることが一般的です。主な治療法は、薬物療法食事療法・生活習慣の改善の二本柱です。

薬物療法について

薬物療法は、過敏性腸症候群のつらい症状を直接的に和らげるために重要な役割を果たします。近年、IBSの病態メカニズムの解明が進み、病型や症状に応じた新しいタイプの薬剤が登場しています。使用される薬剤は多岐にわたりますが、主なものを病型ごとに見ていきましょう。

下痢型IBSの薬

下痢型IBSでは、頻繁な下痢や腹痛、急な便意が主な症状です。これらの症状を抑えるために、以下のような薬剤が用いられます。

  • 止痢薬(ロペラミドなど): 腸の運動を抑え、便の通過速度を遅くすることで下痢を止めます。頓服(症状が出た時だけ服用)として使用されることが多いですが、腹痛にはあまり効果がない場合があります。使いすぎるとかえって便秘になることもあるため、医師の指示に従って使用することが重要です。
  • セロトニン5-HT3受容体拮抗薬(ラモセトロン塩酸塩など): 脳腸相関に関わる神経伝達物質であるセロトニンの一部(5-HT3受容体)の働きを抑えることで、腸の運動の異常な亢進や知覚過敏を改善し、腹痛と下痢の両方に効果を発揮します。男性の下痢型IBSに特に有効とされています。女性に対しては一部の薬剤(例:アロセトロン)が海外で承認されていますが、日本では使用に注意が必要です。
  • 高分子重合体(ポリカルボフィルカルシウムなど): 水分を吸収して便の硬さを調整する働きがあります。下痢の時は便中の水分を吸収して便を固くし、便秘の時は便に水分を含ませて膨らみ、腸の動きを促します。下痢にも便秘にも有効なため、混合型IBSにも使用されることがあります。
  • プロバイオティクス: 特定の種類の善玉菌(乳酸菌やビフィズス菌など)を含む製剤です。腸内細菌叢のバランスを整えることで、症状の改善が期待されています。ただし、どの菌がどの症状に有効か、効果の程度には個人差があります。
  • 抗菌薬: 腸内の細菌の異常な増殖(SIBOなど)が疑われる場合に、特定の抗菌薬(リファキシミンなど)が有効なことがあります。ただし、これは全てのIBS患者さんに適応されるわけではありません。

便秘型IBSの薬

便秘型IBSでは、硬い便、排便回数の減少、残便感が主な症状です。便通を改善するために、以下のような薬剤が用いられます。

  • 緩下薬(酸化マグネシウム、非刺激性下剤など): 便に水分を引き寄せたり、便を軟らかくしたりすることで排便を助けます。依存性が少なく比較的安全に使用できますが、効果が出るまでに時間がかかったり、お腹が張る感じが出たりすることがあります。
  • 上皮機能変容薬(ルビプロストン、リナクロチドなど): 腸管からの水分分泌を促進することで便を軟らかくし、腸の動きを活発にすることで排便を促します。腹痛や腹部膨満感の改善にも効果が期待されます。これらの薬剤は、従来の緩下薬で効果が不十分な場合や、IBSに伴う腹痛が強い場合に使用されることがあります。
  • グアニル酸シクラーゼC受容体作動薬(プルカロプリドなど): 腸の運動を促進することで排便を促します。特に慢性便秘に用いられる薬剤ですが、IBSに伴う便秘にも使用されることがあります。
  • プロバイオティクス: 下痢型と同様に、特定のプロバイオティクスが便秘症状の改善に有効な場合があります。
  • 浸透圧性下剤: ポリエチレングリコール製剤など、腸の内容物の浸透圧を高めて水分を保持し、便を軟らかくして排便を促します。

混合型IBSの薬

混合型IBSでは、下痢と便秘が交互に現れるため、症状に合わせて薬剤を使い分けたり、組み合わせたりして使用します。例えば、便秘が強い時期には便秘型の薬を、下痢が強い時期には下痢型の薬を使用します。また、高分子重合体のように、便の硬さを調整する薬剤が有効な場合もあります。症状のパターンをよく観察し、医師と相談しながら適切な薬剤を見つけていくことが重要です。

その他の症状に対する薬

IBSでは、腹痛や腹部膨満感、おならが多いなど、便通異常以外の症状も患者さんのQOLを著しく低下させます。これらの症状を緩和するために、以下のような薬剤が用いられることがあります。

  • 消化管運動調整薬(トリメブチンマレイン酸塩、ポリブチンなど): 腸の運動を正常に近づける働きがあり、下痢にも便秘にも使用されます。腹痛の緩和にも効果が期待されます。
  • 抗コリン薬(チメピジウムブロミド水和物など): 腸管の異常な収縮を抑えることで腹痛を和らげます。急な腹痛に対して頓服として使用されることが多いですが、口の渇きや尿が出にくくなるなどの副作用が出ることがあります。
  • ガス排出薬(ジメチコンなど): 腸管内に溜まったガスを排出しやすくすることで、腹部膨満感やおならの症状を軽減します。
  • 消化酵素製剤: 食事の消化を助け、消化不良による症状を和らげる目的で使用されることがあります。

精神的な要因へのアプローチ

過敏性腸症候群は、ストレスや不安といった精神的な要因が症状に深く関わっています。このため、必要に応じて精神面へのアプローチも行われます。

  • 抗不安薬や抗うつ薬: 低用量の三環系抗うつ薬(アミトリプチリンなど)や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI:パロキセチン、セルトラリンなど)が、IBSに伴う腹痛や不快感を軽減する効果があることが知られています。これらは、精神的な症状がある場合に限らず、痛みの知覚過敏を改善する目的で使用されることがあります。ただし、これらの薬剤の使用は専門的な判断が必要であり、必ず医師の指示に従って服用することが重要です。
  • 心理療法: 認知行動療法(CBT)や催眠療法など、精神的な側面からIBS症状にアプローチする治療法も効果が期待されています。これらの療法は、症状に対する不安やストレスを軽減し、症状への対処方法を身につけることを目的とします。

薬物療法は症状を和らげるために有効ですが、IBSの根本原因にアプローチするためには、薬だけに頼るのではなく、次に述べる食事療法や生活習慣の改善も並行して行うことが非常に重要です。

食事療法・生活習慣の改善

食事療法と生活習慣の改善は、過敏性腸症候群の治療の基本であり、薬物療法と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なアプローチです。これらの改善によって、症状が大きく軽減し、薬の量を減らしたり、薬を飲まなくても良くなったりする方も多くいらっしゃいます。

食事のポイント

食事は腸の働きに直接影響を与えるため、IBSの症状と深く関連しています。すべてのIBS患者さんに共通する「理想的な食事」というものはありませんが、一般的に推奨される食事のポイントと、症状を悪化させやすい食品について解説します。

  • 規則正しい食事: 毎日決まった時間に食事をとることで、腸の運動リズムを整えることができます。朝食を抜くと、前日の夕食から時間が空きすぎてしまい、かえって腸に負担をかける場合があります。
  • ゆっくりよく噛む: 食事を急いでかき込むと、空気も一緒に飲み込みやすくなり、腹部膨満感やおならの原因となることがあります。また、消化不良を起こしやすくなります。一口一口をよく噛んで、ゆっくりと時間をかけて食事をすることで、消化を助け、腸への負担を減らすことができます。
  • バランスの取れた食事: 特定の食品に偏らず、主食、主菜、副菜をバランス良く摂取することが重要です。食物繊維はIBSの病型によって適量が異なります。便秘型の場合は水分と合わせて積極的に摂取することが推奨されますが、下痢型の場合は不溶性食物繊維の摂りすぎがかえって症状を悪化させることもあります。水溶性食物繊維(海藻、果物、大麦など)は便を軟らかくする効果や腸内環境を整える効果が期待できます。
  • 少量頻回: 一度にたくさんの量を食べると、消化管に大きな負担がかかり、症状を悪化させることがあります。一度の食事量を減らし、回数を増やして少量頻回に食事を摂る方が、症状が安定する場合があります。
  • FODMAP食: 近年、IBSの原因の一つとして、特定の糖質(FODMAP:Fermentable Oligosaccharides, Disaccharides, Monosaccharides and Polyols)が注目されています。これらは小腸で吸収されにくく、大腸で細菌によって発酵される際にガスを発生させたり、腸管に水分を引き寄せたりすることで、腹痛、腹部膨満感、下痢などを引き起こすと考えられています。高FODMAP食を一時的に制限し、症状が改善するかどうかを試みる「低FODMAP食」が一部のIBS患者さんに有効であることが報告されています。ただし、低FODMAP食は栄養バランスが偏る可能性があり、自己判断で行うのは難しいため、医師や管理栄養士の指導のもとで行うことが強く推奨されます。

避けるべき食品

IBSの症状を悪化させやすい食品は個人差が非常に大きいですが、一般的に注意が必要とされる食品には以下のようなものがあります。ご自身の症状と食事内容を記録し、どの食品が症状を悪化させるのかを把握することが重要です。

  • 高脂肪食: 脂肪は消化に時間がかかり、腸の運動を刺激するため、特に下痢型IBSの症状を悪化させやすい傾向があります。揚げ物や脂肪分の多い肉類などは控えめにしましょう。
  • 香辛料: 唐辛子などの刺激の強い香辛料は、腸の粘膜を刺激し、腹痛や下痢を誘発することがあります。
  • カフェイン: コーヒーや紅茶、エナジードリンクなどに含まれるカフェインは、腸の運動を刺激し、下痢や腹痛を引き起こすことがあります。
  • アルコール: アルコールも腸の運動を刺激し、特に下痢型IBSの症状を悪化させやすいです。また、アルコール自体が消化管の粘膜に刺激を与えます。
  • 炭酸飲料: 炭酸ガスがお腹に溜まり、腹部膨満感やおならの原因となります。
  • 人工甘味料: 一部の人工甘味料(ソルビトールなど)は吸収されにくく、下痢を引き起こすことがあります。
  • 冷たい飲食物: 極端に冷たい飲食物は、腸を刺激し、お腹の冷えや下痢を引き起こすことがあります。

ただし、これらの食品を全く摂取してはいけないというわけではありません。ご自身の体調に合わせて、少量から試したり、症状が出ない範囲で楽しむことが大切です。

ストレス管理

IBSの症状は、精神的なストレスによって大きく影響を受けます。ストレスを感じると、脳腸相関を介して腸の運動や知覚が乱れ、症状が悪化することがよくあります。そのため、ストレスをどのように管理するかが、IBS治療において非常に重要な鍵となります。

  • ストレスの原因を特定する: ご自身にとって何がストレスの原因になっているのかを把握することが第一歩です。仕事、人間関係、将来への不安、睡眠不足など、様々な要因が考えられます。
  • リラクゼーション: ストレスを軽減するためのリラクゼーション法を取り入れましょう。深呼吸、瞑想、ヨガ、アロマセラピー、ぬるめのお風呂にゆっくり浸かるなど、ご自身に合った方法を見つけることが大切です。
  • 趣味や楽しみを持つ: ストレスから解放される時間を持つことは非常に重要です。好きな音楽を聴く、読書をする、映画を見る、友達と話すなど、リフレッシュできる時間を作りましょう。
  • マインドフルネス: 今この瞬間に意識を向け、思考や感情、体の感覚をありのままに受け入れる練習です。IBSに伴う腹痛や不快感といった体の感覚に囚われすぎず、症状とうまく付き合っていくための心の持ち方を学ぶことができます。
  • 十分な休息: 疲労や睡眠不足は、ストレスを増大させ、症状を悪化させる原因となります。しっかりと休息をとることを心がけましょう。
  • 必要に応じて専門家の助けを借りる: ストレスが強く、ご自身での管理が難しい場合は、心理カウンセリングや精神科医に相談することも有効な選択肢です。認知行動療法など、IBSに特化した心理療法もあります。

適度な運動

適度な運動は、IBSの症状改善に様々な良い影響を与えます。

  • 腸の動きを活性化: 体を動かすことで、腸の蠕動(ぜんどう)運動が活発になり、便通が改善されます。特に便秘型IBSの方に有効です。
  • ストレス軽減: 運動はストレス解消効果があり、気分転換にもなります。適度な疲労感は睡眠の質を高める効果も期待できます。
  • 全身の健康促進: 運動は心血管系の健康維持にもつながり、全体的なQOL向上に貢献します。

激しい運動よりも、ウォーキング、ジョギング、水泳、サイクリング、ヨガなど、ご自身のペースで無理なく続けられる有酸素運動がおすすめです。毎日少しずつでも体を動かす習慣をつけることが大切です。

睡眠の質向上

睡眠不足は、体のあらゆる機能を乱し、ストレスを増加させます。IBSの症状も、睡眠不足によって悪化することが知られています。

  • 規則正しい睡眠時間: 毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きるように心がけましょう。週末の寝坊も控えめに。
  • 寝る前のリラックス: 就寝前にカフェインやアルコールを控え、軽い読書やストレッチなど、リラックスできる時間を作りましょう。スマートフォンやパソコンの画面を見るのは避けましょう。
  • 快適な睡眠環境: 寝室を暗く静かに保ち、適切な温度・湿度に調整しましょう。
  • 昼寝は短めに: 昼寝をする場合は、20~30分程度の短い時間にしましょう。長い昼寝は夜間の睡眠に影響します。

喫煙・飲酒の影響

喫煙は、消化管の血流を悪化させ、腸の動きに悪影響を与える可能性があります。また、炎症を促進する可能性も指摘されています。IBSの症状を改善するためには、禁煙することが強く推奨されます。

過度の飲酒は、前述の通り腸の運動を刺激し、症状を悪化させます。特に下痢型IBSの方は、飲酒によって症状が出やすい傾向があります。アルコールの摂取量を控えるか、可能であれば避けることが望ましいです。

食事療法や生活習慣の改善は、すぐに効果が現れるとは限りません。焦らず、ご自身の体と向き合いながら、できることから少しずつ取り組んでいくことが大切です。根気強く続けることで、必ず症状の改善につながるはずです。

過敏性腸症候群は完治する?

過敏性腸症候群の患者さんが抱える大きな疑問の一つに、「この病気は完全に治るのだろうか?」というものがあります。医学的な定義において、「完治」とは病気が完全に消滅し、二度と再発しない状態を指します。過敏性腸症候群は、慢性的な経過をたどることが多く、症状が良くなったり悪くなったりを繰り返す特徴があります。このため、残念ながら完全に「完治」させることは難しい場合が多いのが現状です。

しかし、これは悲観する必要があるということではありません。過敏性腸症候群の治療の目的は、「症状をコントロールし、日常生活に支障がない状態を目指すこと」、すなわちQOL(生活の質)を向上させることにあります。

適切な治療(薬物療法、食事療法、生活習慣の改善、必要に応じて心理療法など)を継続することで、多くの患者さんで症状を大幅に軽減させ、症状が気にならない状態(寛解)を維持することが可能です。中には、症状がほとんど現れなくなり、治療を必要としなくなる方もいらっしゃいます。

IBSの症状は、体の状態やストレスレベル、食事など、様々な要因に左右されて変動します。 症状が完全に消えたように見えても、大きなストレスがかかったり、生活リズムが乱れたりすることで再び症状が現れることがあります。だからこそ、症状が落ち着いている時期でも、ご自身に合った食事や生活習慣の管理を続けることが、症状の再燃を防ぎ、良い状態を維持するために非常に重要になります。

過敏性腸症候群と診断されたとしても、「一生このままの症状に苦しみ続けるのか…」と絶望する必要はありません。病気について正しく理解し、専門医と連携しながらご自身に合った治療法を見つけ、根気強く取り組むことで、必ず症状は改善します。症状をコントロールし、充実した日常生活を送ることは十分に可能なのです。

例えば、長年下痢型IBSに悩まされていたAさんの場合、以前は急な腹痛と便意のために電車に乗ることすら困難で、仕事にも支障が出ていました。専門医を受診し、適切な薬物療法を開始するとともに、ストレス管理のためにヨガを始め、食事も見直しました。最初は効果を実感するまでに時間がかかりましたが、数ヶ月後には症状が劇的に改善し、腹痛の頻度が減り、急な便意に襲われることもほとんどなくなりました。今では以前のように外出できるようになり、仕事にも集中できています。症状がゼロになったわけではありませんが、日常生活にほとんど支障がなくなり、以前とは比べ物にならないほど快適な毎日を送れるようになりました。これは「完治」ではないかもしれませんが、Aさんにとってはまさに症状からの解放と言えるでしょう。

過敏性腸症候群は、患者さんの体だけでなく心にも大きな負担をかける病気です。しかし、諦めずに適切な治療を続けることで、必ず症状は改善し、生活の質は向上します。

病院を受診するタイミングと何科?

過敏性腸症候群の症状はつらいものですが、「このくらいなら病院に行くほどでもないかも…」と我慢してしまう方も少なくありません。しかし、ご自身の症状が過敏性腸症候群なのか、それとも他の病気なのかを正しく知るためにも、適切なタイミングで医療機関を受診することが大切です。

どのような症状が出たら受診すべきか?

特に以下のような症状がある場合は、過敏性腸症候群以外のより重篤な病気である可能性も考えられるため、速やかに医療機関を受診してください。

  • 血便(便に血が混じる)
  • 発熱
  • 原因不明の体重減少
  • 激しい腹痛が持続し、排便しても改善しない
  • 夜間、睡眠中に起こる腹痛や下痢
  • 貧血
  • 40歳以上で初めて便通異常や腹痛が現れた
  • 便が細くなるなど、便の性状が明らかに変化した
  • 吐き気や嘔吐が続く
  • 家族に炎症性腸疾患や大腸がんの既往がある

これらの症状は、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病など)、大腸がん、感染症など、過敏性腸症候群とは異なる治療が必要な病気を示唆している可能性があります。自己判断せずに、必ず医師の診察を受けることが重要です。

上記のサインに当てはまらなくても、以下のような場合は受診を検討する良いタイミングです。

  • 腹痛や便通異常が週に1回以上あり、数ヶ月以上続いている
  • 症状によって日常生活(仕事、学業、外出、人付き合いなど)に支障が出ている
  • 症状が改善せず、ご自身での対処法に限界を感じている
  • ご自身の症状について不安を感じている

我慢せずに専門家である医師に相談することで、適切な診断と、ご自身の症状に合った治療法を見つけることができます。

何科を受診すべきか?

過敏性腸症候群やそれに類似する症状がある場合に最初に受診すべきなのは、消化器内科です。

消化器内科は、食道、胃、小腸、大腸、肝臓、胆嚢、膵臓といった消化器系の臓器の病気を専門とする科です。過敏性腸症候群はもちろんのこと、炎症性腸疾患、大腸がん、胃腸炎、肝臓病、胆石症など、腹痛や便通異常を引き起こす様々な病気の診断と治療を行います。

消化器内科医は、問診や身体診察に加えて、必要に応じて血液検査、便検査、画像検査(腹部X線、超音波、CT)、そして大腸内視鏡検査などを適切に判断・実施し、過敏性腸症候群の診断を確定し、他の重要な疾患を除外する専門知識と経験を持っています。

専門医(消化器内科医)の重要性

過敏性腸症候群の診断と治療において、消化器内科の専門医に相談することには大きなメリットがあります。

  • 正確な診断: IBSと類似した症状を引き起こす他の重篤な病気を正確に除外することができます。特に、大腸内視鏡検査が必要かどうかの判断は専門医でなければ難しく、これにより早期発見が重要な病気を見逃すリスクを減らせます。
  • 適切な治療法の選択: IBSは病型や症状の程度、個人の体質によって最適な治療法が異なります。専門医は最新の知見に基づき、様々な薬の中から患者さん一人ひとりに合った薬剤を選択したり、食事療法や生活習慣の改善について具体的なアドバイスを行ったりすることができます。
  • 最新治療へのアクセス: IBSの治療法は日々進歩しています。専門医であれば、新しい薬剤や治療法に関する知識を持っており、必要に応じて最新の治療を提供できます。
  • 病気への理解と安心感: IBSは慢性的な経過をたどるため、病気について正しく理解し、症状との付き合い方を知ることが重要です。専門医は病気に関する情報を提供し、患者さんの不安を軽減するためのサポートを行います。

「どこの病院に行けばいいか分からない」「専門医がいる病院はどこか?」という場合は、地域の消化器内科クリニックや、総合病院の消化器内科を受診するのが一般的です。可能であれば、過敏性腸症候群の診療経験が豊富な医師を選ぶと、より適切なアドバイスや治療を受けられる可能性が高まります。インターネットなどでクリニックの情報を調べる際に、診療内容や医師の専門分野を確認してみるのも良いでしょう。

一人で悩まず、まずは消化器内科の専門医に相談してみてください。正確な診断と適切な治療は、過敏性腸症候群の症状改善への第一歩となります。

症状 緊急度 受診すべき科 考えられる病気例
血便がある 高い 消化器内科 大腸がん、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)、感染性腸炎、痔など
発熱がある 中程度 消化器内科 感染性腸炎、炎症性腸疾患の活動期など
体重減少がある 高い 消化器内科 大腸がん、炎症性腸疾患、吸収不良症候群、甲状腺機能亢進症など
夜間症状 高い 消化器内科 炎症性腸疾患、感染症など
40歳以上で初発 高い 消化器内科 大腸がんなど(IBS以外の病気である可能性を慎重に検討)
激しい腹痛 高い場合あり 消化器内科、救急科 腸閉塞、虫垂炎、胆石発作、膵炎など(IBSの強い痛みと鑑別が必要な場合)
便通異常と腹痛が数ヶ月以上続く(上記以外) 中程度 消化器内科 過敏性腸症候群の可能性が高いが、他の病気の除外も必要
日常生活に支障 中程度 消化器内科 過敏性腸症候群など(適切な診断と治療が必要)
症状に不安 低程度 消化器内科 過敏性腸症候群の可能性、または他の病気への不安。早期の相談で安心につながる。

※上記の表は一般的な目安であり、ご自身の症状や状況に応じて医師にご相談ください。


免責事項:
本記事は過敏性腸症候群の治療法に関する一般的な情報提供を目的としており、特定の治療法や薬剤を推奨するものではありません。個々の症状や健康状態に応じた診断、治療法の選択、薬剤の使用については、必ず医療機関を受診し、医師の指示に従ってください。自己判断での治療や薬剤の使用は、健康を損なう可能性があります。本記事の情報によって生じたいかなる損害についても、一切の責任を負いかねます。

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