過敏性腸症候群とは?症状や原因、対策をわかりやすく解説

お腹の調子が慢性的に悪く、「もしかして何か病気かも…」と不安を感じていませんか?
特に、腹痛や腹部の不快感、そして下痢や便秘といった便通の異常が長く続く場合、それは過敏性腸症候群(IBS)かもしれません。
IBSは、見た目の検査では異常が見つからないにも関わらず、つらい症状が続く機能性の病気です。
多くの人が悩んでおり、日常生活に大きな影響を与えることがあります。
この記事では、過敏性腸症候群とはどのような病気なのか、その原因や症状、診断方法、そして最新の治療法まで、詳しく解説していきます。
ご自身の症状と照らし合わせながら、ぜひ最後までお読みください。

過敏性腸症候群とは

過敏性腸症候群(IBS)の定義と概要

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome; IBS)は、国際的な診断基準によって定義されている機能性消化管疾患の一つです。
主な特徴は、腹痛や腹部不快感が、排便に関連して、または排便によって軽快するという症状が繰り返し起こり、かつ便の回数や形に変化を伴うという点です。

IBSの症状は、炎症や潰瘍、腫瘍といった器質的な異常(目で見てわかるような病変)がないにも関わらず現れます。
大腸内視鏡検査や血液検査を行っても、症状の原因となるような異常は見つからないのがIBSの特徴です。
しかし、だからといって気のせいや精神的なものだけが原因というわけではありません。
腸の運動や感覚、さらには脳と腸の連携(脳腸相関)の異常などが複雑に関与して起こると考えられています。

IBSは命に関わる病気ではありませんが、日常生活に大きな影響を及ぼすことがあります。
通勤・通学中に突然腹痛や下痢に襲われる不安から外出を控えるようになったり、会議中にお腹のガスが気になって集中できなかったりと、社会生活の質(QOL)を著しく低下させることが少なくありません。
適切な診断と治療、そしてご自身での工夫によって、症状をコントロールし、QOLを改善することが十分に可能です。

日本におけるIBSの現状

過敏性腸症候群は、日本を含む世界中で非常に多くの人々が悩んでいる病気です。
日本の一般人口における有病率は約10〜15%とも言われており、特に若い世代や働き盛りの世代に多く見られます。
男女比では、便秘型は女性に、下痢型は男性にやや多い傾向がありますが、全体としては性別による大きな差はありません。

IBSは、決して珍しい病気ではなく、多くの人が抱える一般的な悩みの一つです。
しかし、「たかがお腹の調子」と軽視されたり、恥ずかしさから医療機関への受診をためらったりする人も少なくありません。
適切な情報に基づいた理解と、必要に応じて専門家へ相談することが大切です。

過敏性腸症候群の主な原因

過敏性腸症候群の原因は一つだけではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられています。
これらの要因が組み合わさることで、腸の機能に異常が生じ、IBSの症状が現れるのです。

消化管の機能異常(運動異常・知覚過敏)

IBS患者さんの腸では、蠕動(ぜんどう)運動と呼ばれる内容物を送り出すための動きに異常が見られることがあります。
蠕動運動が異常に活発になると、内容物が急速に運ばれて下痢を引き起こしやすくなります。
逆に、蠕動運動が低下すると、内容物が停滞して便秘の原因となります。
また、IBS患者さんの中には、腸の知覚過敏が見られる人もいます。
これは、健康な人であれば感じないような弱い刺激に対しても、腸が過敏に反応して腹痛や不快感として感じてしまう状態です。
例えば、消化管のガスや内容物の移動といった生理的な刺激に対しても、強い痛みを感じてしまうことがあります。

精神的ストレスや心理的要因

精神的なストレスや不安、抑うつといった心理的な要因は、IBSの症状に深く関わっています。
ストレスを感じると、自律神経のバランスが乱れ、それが腸の運動や感覚に影響を及ぼすことが知られています。
例えば、緊張するとお腹が痛くなったり、試験前やプレゼンテーションの前にお腹の調子が悪くなったりといった経験は、多くの人が一度は経験したことがあるかもしれません。
IBSの患者さんでは、このようなストレスに対する腸の反応がより強く現れると考えられています。
また、IBSの症状そのものが、さらなる不安やストレスを生み、症状を悪化させるという悪循環に陥ることもあります。

脳腸相関の影響

私たちの脳と腸は、自律神経やホルモン、免疫系などを介して密接に連携を取り合っています。
この連携システムを「脳腸相関」と呼びます。
脳がストレスを感じると、その情報が腸に伝わり、腸の運動や分泌、感覚に影響を与えます。
逆に、腸の状態(炎症や腸内細菌叢の変化など)も脳に影響を与え、気分や行動に変化をもたらすことがわかっています。
過敏性腸症候群では、この脳腸相関のバランスが崩れていると考えられており、脳からの信号が腸に過剰に伝わったり、腸からの信号が脳に過剰に伝わったりすることで、腹痛や便通異常といった症状が現れると考えられています。

腸内環境の変化

腸内には非常に多くの種類の細菌が生息しており、「腸内細菌叢」を形成しています。
近年、この腸内細菌叢のバランス(善玉菌、悪玉菌、日和見菌の割合など)がIBSの症状に関与している可能性が注目されています。
IBS患者さんの中には、健康な人と比べて腸内細菌叢の構成が異なっていたり、特定の種類の細菌が増減していたりすることが報告されています。
腸内細菌叢の変化が、腸の炎症、免疫応答、ガスの産生、神経伝達物質の生成などに影響を与え、症状を引き起こしていると考えられています。

遺伝的要因や過去の感染性腸炎

IBSになりやすい体質には、遺伝的な要因も関与している可能性が指摘されています。
家族にIBSの人がいる場合、本人もIBSを発症しやすいという報告があります。
ただし、特定の遺伝子だけでIBSになるわけではなく、複数の遺伝子が関与していると考えられています。
また、過去に食中毒などの感染性腸炎にかかったことがある人の約10%が、その後も腹痛や便通異常が続く「感染後IBS」を発症すると言われています。
感染によって腸の粘膜や神経がダメージを受けたり、腸内細菌叢が変化したりすることが原因と考えられています。

このように、過敏性腸症候群は、腸自体の機能異常、精神的な要因、脳と腸の連携、腸内環境、遺伝や感染といった様々な要因が複雑に絡み合って発症する病気です。
これらの要因が個々の患者さんによってどの程度関与しているかは異なり、それが症状の多様性につながります。

過敏性腸症候群の代表的な症状と分類

過敏性腸症候群の症状は患者さんによって様々ですが、中心となる症状と、それに基づくいくつかの分類があります。

IBSのコア症状(腹痛、腹部不快感)

過敏性腸症候群の診断に不可欠なのが、腹痛または腹部不快感です。
IBSにおける腹痛や腹部不快感には、いくつかの特徴があります。
最も重要な特徴の一つは、排便によって症状が和らぐということです。
排便前に痛みが強くなり、排便後に楽になる、といったパターンが多く見られます。
また、腹痛や不快感は、お腹の特定の場所だけでなく、全体的に感じられたり、場所が移動したりすることもあります。
痛みの程度も、軽い不快感から日常生活に支障をきたすほどの強い痛みまで、様々です。

便通異常の種類(下痢、便秘)

腹痛や腹部不快感に加えて、過敏性腸症候群では必ず便通の異常を伴います。
便通異常の種類としては、主に下痢便秘があります。

  • 下痢: 軟らかい便や泥状便、水様便が頻繁に出る状態です。排便回数が増えたり、突然の便意(切迫便意)を感じたりすることもあります。特に朝方に症状が出やすい、食後に便意を催しやすいといった特徴が見られることがあります。
  • 便秘: 排便回数が減ったり、便が硬く排出しにくくなったりする状態です。排便時に強くいきむ必要がある、残便感がある、といった症状を伴うこともあります。

IBSの患者さんは、下痢と便秘のどちらか一方の症状が predominant(優勢)な場合と、両方の症状が混在する場合、さらにはどちらでもない場合など、様々なパターンを示します。

便通のパターンによる主要な分類

国際的な診断基準であるRome基準(現在はRome IV基準が最新)では、過去3ヶ月間にわたり、少なくとも週に1回以上の頻度で腹痛または腹部不快感があり、それが以下のいずれか2つ以上に関連している場合にIBSと診断されます。

  1. 排便に関連している
  2. 排便頻度の変化を伴う
  3. 便の形状(外観)の変化を伴う

さらに、過去3ヶ月間の便の性状(硬さ)に基づき、以下の主要なサブタイプ(分類)に分けられます。
この分類には、便の性状を評価する国際的な基準である「Bristol便形状スケール」が用いられます。

下痢型過敏性腸症候群 (IBS-D)

硬い便または兎糞状便の割合が25%未満で、軟らかい便または水様便の割合が25%以上を占めるタイプです。
突然の強い便意や、食後の下痢などが特徴的です。
外出先でトイレが見つからない不安を抱えやすく、生活の質に大きな影響を与えることがあります。

便秘型過敏性腸症候群 (IBS-C)

軟らかい便または水様便の割合が25%未満で、硬い便または兎糞状便の割合が25%以上を占めるタイプです。
お腹の張りや残便感を強く感じることが多く、排便回数が週に3回未満となることもあります。

混合型過敏性腸症候群 (IBS-M)

硬い便または兎糞状便の割合が25%以上、かつ軟らかい便または水様便の割合が25%以上を占めるタイプです。
下痢と便秘の症状が交互に現れるのが特徴です。
症状のパターンが予測しにくいため、対応が難しいと感じる人もいます。

分類不能型過敏性腸症候群 (IBS-U)

IBSの診断基準は満たすものの、上記の下痢型、便秘型、混合型のいずれにも分類されないタイプです。
便の性状が安定しない、下痢と便秘が頻繁に入れ替わるがそれぞれの基準を満たさない、といったケースがこれにあたります。

これらの分類は、治療法を選択する上で重要な目安となります。
ただし、IBSのタイプは時間とともに変化することがあり、定期的に症状を評価し直すことが推奨されます。

ガス型過敏性腸症候群について

Rome基準における主要な分類とは別に、患者さんが強く訴える症状としてガス型と呼ばれるタイプがあります。
これは正式な医学分類ではありませんが、お腹の張り(腹部膨満感)ガスの増加(放屁の増加)を主な症状とするIBSを指します。
腹痛や便通異常に加えて、またはそれらよりも、お腹が張って苦しい、ガスが頻繁に出る、ガスを我慢できない、といった症状が日常生活の大きな悩みとなります。
特に、人前でお腹の音が鳴るのが気になる、会議中や公共の場所でガスが出るのが心配、といった心理的な苦痛を伴うことが多いです。
ガス型IBSの原因としては、腸内細菌叢のバランスの乱れによるガスの過剰産生や、腸の知覚過敏によって少量のガスでも不快に感じてしまうことなどが考えられています。

その他の付随症状

過敏性腸症候群の患者さんには、消化器系の症状だけでなく、様々な全身症状が伴うことがあります。
これらはIBSに直接起因する症状というよりは、IBSを持つ人が経験しやすい症状と考えられます。

  • 吐き気
  • 食欲不振
  • 早期満腹感(少し食べただけですぐお腹がいっぱいになる感じ)
  • げっぷ、胸やけ
  • 全身倦怠感、疲労感
  • 頭痛
  • 肩こり
  • 不眠
  • 不安、抑うつ

これらの症状は、IBSのつらいお腹の症状によって引き起こされるストレスや、脳腸相関の乱れなどが影響している可能性があります。
特に、不安や抑うつといった精神的な症状は、IBSの症状と相互に悪影響を及ぼし合うことが多いため、適切なケアが必要です。

IBSの主要な分類 特徴的な便の性状(過去3ヶ月間) その他の主な症状
下痢型 (IBS-D) 軟らかい便または水様便が25%以上、硬い便または兎糞状便が25%未満 突然の便意、食後の便意、腹痛
便秘型 (IBS-C) 硬い便または兎糞状便が25%以上、軟らかい便または水様便が25%未満 排便困難、残便感、腹部膨満感、腹痛
混合型 (IBS-M) 硬い便または兎糞状便が25%以上、かつ軟らかい便または水様便が25%以上 下痢と便秘が交互に現れる、腹痛
分類不能型 (IBS-U) 上記のいずれにも分類されないが、IBSの診断基準を満たす 腹痛、便通異常(パターンが不定)

※便の性状はBristol便形状スケールに基づき評価されます。硬い便/兎糞状便:タイプ1-2、軟らかい便/水様便:タイプ6-7。

過敏性腸症候群の診断方法

過敏性腸症候群は、特定の検査で異常が見つかる病気ではないため、診断は主に症状に基づき行われます。
他の重大な病気が隠れていないことを確認するための「除外診断」が非常に重要になります。

医師による問診と症状の確認

過敏性腸症候群の診断において、最も基本的なのが医師による丁寧な問診です。
患者さんの症状の内容頻度持続期間症状が出やすいタイミング(食事やストレスとの関連)症状が軽快する要因(排便後など)などを詳しく確認します。
いつ頃から症状が現れたのか、症状はどのように変化してきたのか、過去に感染性腸炎にかかったことがあるか、家族に同様の症状を持つ人がいるか、どのような薬を服用しているか、喫煙・飲酒習慣、食生活、睡眠、ストレスの状況など、多岐にわたる情報を聞くことで、IBSの特徴的なパターンに合致するかどうかを判断します。

Rome基準を用いた診断

過敏性腸症候群の診断には、国際的に広く用いられているRome基準が使用されます。
最新のRome IV基準では、「過去3ヶ月間に、繰り返す腹痛が少なくとも週に1回以上あり、以下の2つ以上の項目を満たす」場合にIBSと診断されます。

  1. 腹痛が排便に関連している
  2. 腹痛が便の頻度の変化を伴っている
  3. 腹痛が便の形状(外観)の変化を伴っている

これらの基準を満たす症状が少なくとも6ヶ月以上前から始まり、かつ過去3ヶ月間は診断基準を満たしている必要があります。
問診で得られた情報とこれらの基準を照らし合わせることで、IBSである可能性が高いかどうかを判断します。

他の病気を除外するための検査(除外診断)

IBSの診断は、上記の基準を満たす症状があることに加えて、症状の原因となる他の病気がないことを確認することが極めて重要です。
炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)、大腸がん、感染性腸炎、セリアック病、吸収不良症候群、甲状腺機能異常、特定の薬剤による影響など、IBSと似た症状を引き起こす病気は数多くあります。
これらの病気を見逃さないために、必要に応じて様々な検査が行われます。
これを「除外診断」と呼びます。

特に以下の「警鐘症状(Alarm symptoms)」がある場合は、IBS以外の重篤な病気が隠れている可能性があるため、必ず詳しい検査が必要です。

  • 体重減少(意図しない)
  • 血便
  • 発熱
  • 貧血
  • 夜間の腹痛や下痢(睡眠中に症状で目が覚めるなど)
  • 家族歴(炎症性腸疾患や大腸がんの家族がいる場合)
  • 高齢での発症(特に40歳以上での新規発症)

これらの警鐘症状の有無や、問診の内容、身体診察の結果などを踏まえて、医師が必要と判断した検査を行います。

血液検査

炎症反応の有無(CRPなど)、貧血の程度、肝機能、腎機能、甲状腺ホルモンなどを調べることがあります。
IBSではこれらの検査に異常は見られないのが一般的です。
感染症や炎症性腸疾患などの除外に役立ちます。

便検査

便に血が混じっていないか(便潜血検査)、細菌やウイルス、寄生虫などが原因の感染性腸炎ではないか(病原菌検査、寄生虫検査)などを調べます。
粘血便がある場合や、急性の下痢症状がある場合に特に重要です。

内視鏡検査(胃カメラ・大腸カメラ)

胃や大腸の粘膜を直接観察し、炎症、潰瘍、ポリープ、腫瘍などの病変がないかを確認します。
組織の一部を採取して病理検査を行うこともあります。
特に、警鐘症状がある場合や、便潜血検査陽性、高齢での発症、長期間症状が続く難治例などでは、大腸カメラ検査が強く推奨されます。
胃カメラ検査は、胸やけや吐き気などの上部消化器症状が強い場合に行われることがあります。
IBSでは、内視鏡で観察できるような明らかな異常は見つかりません。

画像検査(腹部X線検査など)

お腹の中にガスが異常に溜まっていないか、便が貯留していないかなどを確認することがあります。
特に便秘型のIBSで、便の貯留の程度を評価するために行うことがあります。

これらの検査は、すべてのIBS患者さんに行われるわけではありません。
患者さんの症状、年齢、既往歴、警鐘症状の有無などを考慮して、医師が個別に判断します。
検査で他の病気が否定され、Rome基準を満たす症状がある場合に、過敏性腸症候群と診断されるという流れになります。

過敏性腸症候群の治療法

過敏性腸症候群の治療の目的は、つらい症状を和らげ、患者さんの生活の質(QOL)を改善することです。
残念ながら、特効薬のように根本原因を一つだけ解決して完治させる治療法はまだ確立されていません。
しかし、様々なアプローチを組み合わせることで、多くの患者さんで症状をコントロールし、快適な日常生活を送ることが可能になります。

治療法は、患者さんの症状のタイプ(下痢型、便秘型、混合型、ガス型など)や重症度、そして原因として考えられる要因(ストレス、食事など)に合わせて tailored(個別に最適化)されます。
主な治療法には、生活習慣の改善、薬物療法、そして心理療法や行動療法があります。

生活習慣の改善

過敏性腸症候群の治療において、最も基本的なアプローチであり、多くの患者さんにとって症状緩和の重要な鍵となるのが、生活習慣の見直しと改善です。
ご自身の症状のパターンや悪化させる要因(トリガー)を把握し、それに対して主体的に取り組むことが大切です。

食事療法の基本原則

規則正しくバランスの取れた食事を摂ることが基本です。
暴飲暴食を避け、消化に良いものを中心に、ゆっくりとよく噛んで食べましょう。
特定の食品が症状を悪化させる傾向があるため、ご自身の「お腹の調子を崩しやすい食べ物」を見つけることが重要です。
食事日記をつけることも有効です。

IBSの人が食べてはいけないもの・控えるべきもの

過敏性腸症候群の患者さんの中には、特定の食品を摂取すると症状が悪化する人が多くいます。
個人差が非常に大きいですが、一般的に症状を悪化させやすいと考えられているものには以下のようなものがあります。

  • 高FODMAP食: FODMAP(発酵性のオリゴ糖、二糖類、単糖類、ポリオール)は、小腸で吸収されにくく、大腸で腸内細菌によって発酵され、ガスを産生しやすい糖質です。
    特にガス型や下痢型のIBSで症状を悪化させやすいことがわかっています。
    代表的な高FODMAP食品には、玉ねぎ、ニンニク、小麦、ライ麦、豆類、牛乳やヨーグルトなどの乳製品(乳糖)、リンゴ、梨、マンゴー、ハチミツ、キシリトールなどの人工甘味料があります。
    一時的にこれらの摂取量を減らす「低FODMAP食」が有効な場合がありますが、自己判断で行うのではなく、専門家(医師や管理栄養士)の指導のもとで行うことが推奨されます。
  • 脂っこい食事: 脂肪分が多い食事は、消化に時間がかかり、腸の動きを刺激することがあります。
  • 香辛料: 唐辛子などの刺激の強い香辛料は、腸を刺激して腹痛や下痢を引き起こすことがあります。
  • カフェイン: コーヒーや紅茶に含まれるカフェインは、腸の動きを活発にする作用があるため、下痢型のIBSで症状が悪化することがあります。
  • アルコール: アルコールも腸の動きを刺激したり、腸内細菌叢に影響を与えたりすることがあります。
  • 冷たい飲み物: 冷たい飲み物を一気に飲むと、腸が冷えて動きが活発になり、腹痛や下痢を引き起こすことがあります。
  • 炭酸飲料: 炭酸ガスがお腹の張りにつながることがあります。
  • 人工甘味料: ソルビトールやキシリトールなどのポリオールは、下剤のような作用を持つことがあり、下痢型のIBSで症状を悪化させることがあります。

これらの食品をすべて避ける必要はありません。
ご自身の症状と関連がありそうな食品を、少量ずつ試しながら確認し、症状を悪化させるものを特定して摂取量を控えるようにしましょう。
ただし、極端な食事制限は栄養バランスを崩す可能性があるため注意が必要です。

食事内容や摂り方の工夫

  • ゆっくり食べる、よく噛む: 消化を助け、腸への負担を減らします。
  • 少量ずつ回数を分けて食べる: 一度に大量に食べると、腸が大きく刺激されることがあります。
  • 寝る前の食事を避ける: 就寝前に食べると、消化管が活動している時間が長くなり、睡眠の質が低下したり、翌朝の症状につながったりすることがあります。
  • 食物繊維の摂取: 食物繊維は、便のかさを増やして便通を整える効果があります。
    ただし、IBSのタイプによって適切な種類や量が異なります。
    便秘型では水溶性食物繊維(海藻、きのこ、こんにゃくなど)が有効なことが多いですが、不溶性食物繊維(穀類、野菜の皮など)を摂りすぎるとガスが増えたり、症状が悪化したりする人もいます。
    下痢型では、水溶性食物繊維が便を固めるのに役立つ場合があります。
    ご自身の症状を見ながら調整しましょう。

適切な水分摂取

特に便秘型のIBSでは、水分不足が便をさらに硬くしてしまうことがあります。
こまめに水分を摂り、脱水症状を防ぐことが大切です。
ただし、冷たい飲み物や一度に大量の摂取は避けた方が良い場合があります。

運動習慣を取り入れる

適度な運動は、腸の動きを活発にする効果があり、特に便秘型のIBSに有効です。
また、運動はストレス解消にもつながります。
ウォーキング、ジョギング、水泳、ヨガなど、ご自身が続けやすい運動を見つけて、定期的に行いましょう。
ただし、激しすぎる運動はかえって症状を悪化させることもあるため、無理のない範囲で行うことが重要です。

十分な睡眠と休息

睡眠不足や疲労は、自律神経のバランスを乱し、IBSの症状を悪化させる要因となります。
規則正しい生活を心がけ、十分な睡眠時間を確保しましょう。
休息をとる時間も意識的に設けることが大切です。

ストレスマネジメントとリラクゼーション(落ち着かせる方法)

過敏性腸症候群の症状は、ストレスと密接に関係しています。
ストレスを完全に無くすことは難しいですが、ストレスとうまく付き合い、軽減する方法を見つけることが重要です。

  • 趣味や好きなことに没頭する時間を作る
  • リラクゼーション法を試す:腹式呼吸、筋弛緩法、瞑想(マインドフルネス)など
  • 十分な休息をとる
  • お風呂にゆっくり浸かる
  • アロマテラピーや音楽を楽しむ
  • 信頼できる人に相談する

ご自身にとって効果的なストレス解消法やリラクゼーション法を見つけ、日常生活に取り入れましょう。

薬物療法

生活習慣の改善だけでは症状が十分に改善しない場合や、症状が重い場合には、薬物療法が有効です。
IBSに使用される薬は、症状のタイプやメカニズムに応じて様々な種類があります。

便通異常を改善する薬(下痢止め、便秘薬)

  • 下痢止め: 便の回数を減らし、便を固める薬です。ロペラミドなどが代表的です。
    ただし、使いすぎるとかえって便秘になったり、腹痛が悪化したりすることがあるため、頓服的に使用することが多いです。
    感染性腸炎が疑われる場合は、病原体を排出できなくなる可能性があるため、自己判断での使用は避けるべきです。
  • 便秘薬: 便を軟らかくしたり、腸の動きを促したりする薬です。
    • 浸透圧性下剤: 酸化マグネシウムなど。便に水分を引き寄せて軟らかくし、便量を増やして腸を刺激します。比較的安全に使用できます。
    • 刺激性下剤: ピコスルファートナトリウム、センノシドなど。腸の粘膜を刺激して蠕動運動を促します。連用すると効果が弱まったり、依存性が生じたりする可能性があるため、一時的な使用や他の薬で効果がない場合に検討されます。
    • 新しいタイプの便秘薬: ルビプロストン(商品名アミティーザ)、リナクロチド(商品名リンゼス)、エロビキシバット(商品名グーフィス)などがあります。それぞれ異なる作用機序で便秘を改善します。IBS-Cに対して有効性が確認されています。
  • 腸管蠕動運動調整薬: トリメブチン(商品名セレキノンなど)など。腸の動きが過剰な場合は抑え、低下している場合は促すという、両方向性の作用を持つとされ、下痢型、便秘型、混合型のいずれにも使用されることがあります。
  • 高分子重合体: ポリカルボフィルカルシウム(商品名コロネルなど)など。腸内で水分を吸収して膨らみ、便の硬さを調整したり、腸への刺激を和らげたりする作用があります。下痢型、便秘型、混合型のいずれにも使用されます。

腹痛・腹部不快感を和らげる薬(整腸剤、鎮痙薬など)

  • 整腸剤: 腸内細菌叢のバランスを整えることで、腸の機能を改善します。乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスを含むものが多く使用されます。効果が出るまで時間がかかる場合がありますが、比較的副作用が少なく、継続して使用しやすい薬です。
  • 鎮痙薬(抗コリン薬): 腸の筋肉の収縮を抑え、腹痛を和らげます。ブチルスコポラミン(商品名ブスコパンなど)などが代表的です。急な腹痛に対して効果がある場合がありますが、口の渇きや便秘といった副作用が出ることがあります。
  • 消化管運動抑制薬: IBS-Dに特化した薬として、ラモセトロン(商品名イリボー)があります。男性の下痢型IBSに対して特に効果が期待できます。腸の知覚過敏や運動異常を改善する作用があります。女性にも使用できますが、男性より少量で使用されることが多いです。
  • 粘膜上皮機能変容薬: クロチアニジン(商品名アステラスビオ)、リナクロチド(商品名リンゼス)などがあります。腸の水分分泌や輸送を調整し、便通異常や腹痛を改善します。
  • ガスを減らす薬: ジメチコン(商品名ガスメットなど)などの消泡剤は、腸内のガスを減らしてお腹の張りを和らげる効果があります。
  • 漢方薬: 患者さんの体質や症状に合わせて、様々な漢方薬が使用されます。大建中湯、桂枝加芍薬湯、半夏瀉心湯などが、腹痛や腹部膨満感、便通異常に対して効果を示すことがあります。

精神的な症状や脳腸相関に作用する薬

精神的な症状が強い場合や、他の治療法で効果が得られない難治性のIBSに対しては、精神科領域で使用される薬が少量で用いられることがあります。

  • 抗うつ薬: 特に三環系抗うつ薬や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などが、腸の知覚過敏を抑えたり、脳腸相関に作用したりすることで、腹痛の緩和や気分の改善に効果を示すことがあります。IBSの治療で使用される場合は、うつ病の治療よりも少量から開始されることが多いです。
  • 抗不安薬: 不安が強い場合に、一時的に使用されることがあります。

これらの薬は、医師の診断に基づいて適切に選択し、服用することが重要です。
自己判断で市販薬を長期的に使用したり、他人の薬を服用したりすることは避けましょう。

心理療法や行動療法

過敏性腸症候群は脳腸相関の影響を強く受けるため、心へのアプローチである心理療法や行動療法が症状の改善に有効な場合があります。
特に、薬物療法や生活習慣の改善だけでは十分な効果が得られない場合や、不安や抑うつといった精神的な症状が強い場合に検討されます。

  • 認知行動療法(CBT): 症状に対する否定的な考え方や捉え方を修正し、行動パターンを変えることで、症状に伴う苦痛を軽減する療法です。
    例えば、「お腹が痛くなったらどうしよう」という不安が症状を悪化させる悪循環を断ち切ることを目指します。
  • 催眠療法: 催眠状態を利用して、腸の動きや感覚に対する無意識的な反応を調整する療法です。
    腹痛や腹部膨満感の軽減に効果が期待できる場合があります。
  • ストレスマネジメント: ストレスの要因を特定し、対処スキルを身につけることで、ストレスによる症状悪化を防ぐアプローチです。
  • マインドフルネス: 今この瞬間に意識を集中することで、過去の後悔や未来への不安から解放され、症状に対する捉え方を変える訓練です。

これらの心理療法や行動療法は、心療内科や精神科、一部の消化器内科などで専門家によって行われます。
薬物療法と組み合わせて行うことで、より高い治療効果が得られることがあります。

過敏性腸症候群と上手に付き合うために

過敏性腸症候群は、適切な管理によって症状をコントロールし、日常生活の質を向上させることが十分に可能な病気です。
完全に症状がなくなる「完治」が難しい場合でも、症状を気にしすぎず、うまく付き合っていくための考え方や工夫があります。

症状を気にしすぎない考え方

過敏性腸症候群の症状は、不安やストレスによって悪化しやすいという特徴があります。
「またお腹が痛くなるのではないか」「外出先でトイレに行きたくなったらどうしよう」といった症状に対する過度な心配は、脳腸相関を通じて実際に症状を悪化させる可能性があります。
このような症状に対する「破局的思考」は、IBSのつらい側面のひとつです。

症状を気にしすぎないためには、まず「IBSは命に関わる病気ではないこと」「多くの人が悩んでいる一般的な病気であること」「症状はコントロールできるものであること」を理解することが大切です。
また、症状が出たときに「どうしよう」とパニックになるのではなく、「いつものIBSの症状だな」と冷静に受け止める練習も有効です。
リラクゼーション法や、症状から意識をそらすための軽い運動や趣味なども役立ちます。
症状に振り回されず、ご自身の生活を大切にすることを意識しましょう。

過敏性腸症候群は完治するのか?(長期管理の視点)

過敏性腸症候群は、慢性の経過をたどることが多い病気です。
症状が完全に消失して二度と出なくなる、という意味での「完治」は難しい場合もあります。
しかし、多くの患者さんで、治療によって症状が軽快し、ほとんど気にならないレベルにまでコントロールできるようになります。

大切なのは、「完治」を目指すというよりは、症状と上手に付き合いながら、日常生活を快適に送るための「長期的な管理」という視点を持つことです。
症状が悪化したときには適切な対処法を知っていること、症状が落ち着いているときも再発予防のための生活習慣を続けること、そして必要に応じて医師と相談しながら治療を調整していくことが重要です。
IBSの症状は良くなったり悪くなったりを繰り返すことがありますが、焦らず、根気強く治療に取り組むことが大切です。

ご自身のIBSタイプを知るセルフチェック

ご自身のIBSのタイプを知ることは、適切な対処法や治療法を選択する上で役立ちます。
以下の簡易的なチェックリストを参考に、ご自身の症状がどのタイプに近いかを確認してみましょう。

IBSタイプ別簡易チェック

過去3ヶ月間に、腹痛または腹部不快感が繰り返しあり、それが排便によって和らぐことがありますか?

  • はい → IBSの可能性があります。以下のチェックに進んでください。
  • いいえ → IBS以外の原因の可能性もあります。医療機関で相談しましょう。

過去3ヶ月間の便の性状(硬さ)について、以下の傾向はありますか?(最も当てはまるものを選んでください)

  • 軟らかい便や水様便が出ることが多い(25%以上):下痢型 (IBS-D) の可能性
  • 硬い便や兎糞状便が出ることが多い(25%以上):便秘型 (IBS-C) の可能性
  • 硬い便と軟らかい便の両方が同じくらい出る(それぞれ25%以上):混合型 (IBS-M) の可能性
  • 上記のいずれでもないが、便の回数や形状に変化がある:分類不能型 (IBS-U) の可能性

※このチェックはあくまで目安です。正式な診断は医師にご相談ください。

ガス型症状のチェック

以下の症状が腹痛や便通異常に加えて強く現れますか?

  • お腹の張り(腹部膨満感)を強く感じる
  • ガスの発生が多く、頻繁にガスが出るのが気になる
  • お腹の音が鳴るのが気になる

これらの症状が強い場合は、ガス型IBSの特徴も持っている可能性があります。

ご自身のタイプや、どのような時に症状が悪化しやすいかを把握することで、食事内容の調整やストレス対策など、取り組むべき生活習慣の改善が見えてきます。
また、医療機関を受診する際に、ご自身の症状を正確に伝えるための手助けにもなります。

医療機関を受診する目安

過敏性腸症候群の症状はつらいものですが、「命に関わる病気ではないなら、病院に行くほどでもないかな」と考えてしまう方もいるかもしれません。
しかし、IBSの症状で悩んでいる場合は、一度医療機関を受診することを強くお勧めします。

医療機関を受診する最大の目的は、本当に過敏性腸症候群なのか、それとも他の治療が必要な病気が隠れていないかを確認することです。
特に、前述した「警鐘症状(Alarm symptoms)」がある場合は、できるだけ早く医療機関を受診する必要があります。

【必ず医療機関を受診すべき警鐘症状】

  • 体重が減ってきた(ダイエットなどの理由がないのに痩せた)
  • 血便が出た(便に血が混じっている、便が真っ黒になった)
  • 発熱がある
  • 貧血がある(めまいやふらつき、息切れなど)
  • 夜間にも腹痛や下痢で目が覚める(睡眠中に症状がある)
  • 家族に炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)や大腸がんの人がいる
  • 40歳以上になってから初めて腹痛や便通異常の症状が出てきた
  • 症状が時間とともに悪化している
  • 腹部にしこりや腫れがある
  • 飲み込みにくい(嚥下困難)

これらの症状は、過敏性腸症候群では通常見られない症状であり、炎症性腸疾患、大腸がん、感染症などのより注意が必要な病気が隠れているサインである可能性があります。
これらの症状が一つでも当てはまる場合は、迷わず医療機関を受診してください。

警鐘症状がない場合でも、以下のような場合は医療機関を受診することをお勧めします。

  • IBSの症状が長く続いており、日常生活に支障が出ている(学校や仕事に行きにくい、外出を控えるようになったなど)
  • 症状に対する不安が強く、精神的につらい
  • 市販薬やご自身での対策だけでは症状が改善しない
  • ご自身の症状がIBSかどうか知りたい
  • 適切な治療法や対処法について専門家のアドバイスが欲しい

過敏性腸症候群の診断と治療は、主に消化器内科で行われます。
心身医学的なアプローチも必要な場合は、心療内科や精神科と連携して治療が進められることもあります。

勇気を出して専門家へ相談することで、症状の原因が明らかになり、適切な治療を受けることができます。
つらい症状を一人で抱え込まず、ぜひ医療機関の扉を叩いてみてください。

免責事項:この記事は過敏性腸症候群に関する一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を代替するものではありません。個々の症状や状況に応じた診断、治療、およびアドバイスは、必ず医療機関で専門の医師の診察を受けて行ってください。記事の情報に基づいた自己判断や治療は推奨されません。

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