異食症は治療できる?主な治療法と原因別アプローチ

異食症の治療法

異食症(Pica)は、栄養価のないものを繰り返し食べ続けてしまう行動様式を指します。土や紙、氷、髪の毛など、食べるものは人によってさまざまです。この行動は、本人の意思だけではコントロールが難しく、放置すると様々な健康問題を引き起こす可能性があります。

異食症の原因は一つではなく、栄養不足、精神的な問題、発達の特性など、多岐にわたります。そのため、治療も原因に応じた多角的なアプローチが必要となります。この記事では、異食症の定義から始まり、その原因、放置することのリスク、そして具体的な治療法や相談先について、分かりやすく解説します。ご自身やご家族が異食症でお悩みの場合、この記事が問題解決の一助となれば幸いです。

異食症(Pica)とは?

異食症(Pica)は、医学的に定義された摂食障害の一つです。その特徴は、通常は食べるものではない「非食物」や「非栄養」のものを、繰り返し、持続的に食べ続けてしまうことにあります。この行動は、特定の文化や社会的な習慣として認められるものではなく、個人の発達段階に不釣り合いな場合に診断の対象となります。

異食症の定義と診断基準

異食症の診断は、精神疾患の診断基準である「DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)」に基づいて行われるのが一般的です。DSM-5における異食症の主な診断基準は以下の通りです。

  • 少なくとも1ヶ月間、栄養価のない非食物を繰り返し食べること。
  • 非食物を食べることが、発達段階に不釣り合いであること。
  • 非食物を食べる行動が、文化的に支持された、または社会的に規範と認められる行動の一部ではないこと。
  • 非食物を食べる行動が、他の精神疾患(知的障害、自閉スペクトラム症、統合失調症など)や医学的疾患(妊娠など)の経過中に起こっている場合、それらとは独立して臨床的な注意が必要なほど重篤であること。

これらの基準を満たす場合に異食症と診断される可能性があります。重要なのは、単なる一時的な行動ではなく、繰り返し持続する行動であること、そして年齢や文化的に適切でないことという点です。

異食症の主な種類と食べるもの(氷食症、髪食症など)

異食症で食べられるものは非常に多様です。人によって特定のものを食べ続ける場合もあれば、複数のものを食べる場合もあります。代表的な種類と食べられるものは以下の通りです。

  • 土食症(Geophagia): 土や泥、粘土などを食べる。
  • 氷食症(Pagophagia): 氷や霜を食べる。これは比較的多く見られる異食症の一つです。
  • 髪食症(Trichophagia): 髪の毛や繊維などを食べる。
  • 紙食症(Papyrophagia): 紙やティッシュなどを食べる。
  • 糊食症(Amyelophagia): 糊やでんぷんなどを食べる。
  • 石食症(Lithophagia): 石や小石などを食べる。
  • 糞食症(Coprophagia): 糞便を食べる。
  • 木食症(Xylophagia): 木片などを食べる。
  • その他の異食症: 金属、ガラス、石鹸、洗剤、塗料、チョーク、ゴム、プラスチックなど、ありとあらゆる非食物が対象となり得ます。

特に「氷食症」は、後述する鉄欠乏性貧血との関連が強く指摘されており、異食症の中でも比較的よく知られています。「髪食症」も、体内で塊(毛髪胃石など)を形成しやすく、重大な健康問題を引き起こすリスクが高い異食症です。

子どもと大人の異食症(異食行動は障害?)

異食行動は、生後18ヶ月から2歳くらいまでの乳幼児期には比較的よく見られます。この時期の子どもは、口を使って周囲の環境を探索するため、誤って非食物を口に入れてしまうことがあります。しかし、この時期の異食行動は通常は自然に消失していくため、すぐに「異食症」という障害と診断されるわけではありません。

異食症が診断されるのは、年齢が適切でない場合、つまり2歳以降になっても異食行動が続く場合や、その行動が繰り返され、持続し、臨床的な問題を引き起こしている場合です。
大人になってからの異食症は、小児期から継続している場合もあれば、成人になってから発症する場合もあります。成人期の発症は、精神的なストレスや特定の疾患と関連していることが多いとされています。

結論として、「異食行動は障害?」という問いに対しては、「発達段階に不釣り合いで、繰り返し、持続する異食行動は、医学的に異食症という摂食障害として診断される可能性がある」と言えます。特に、その行動が健康上のリスクを伴う場合は、専門家による評価と治療が必要です。

異食症の原因

異食症の原因は単一ではなく、様々な要因が複雑に絡み合っていることが多いです。大きく分けて、栄養学的要因、精神的・心理的要因、その他の要因が考えられます。原因を特定することは、適切な治療法を選択する上で非常に重要となります。

栄養不足が原因の場合(異食症は何が不足?鉄欠乏性貧血など)

異食症の原因として、最もよく知られているのが栄養不足です。特に、以下の栄養素の不足が指摘されています。

  • : 鉄欠乏性貧血は、異食症、特に氷食症(氷を異常に食べたがる)との関連が非常に強いことが多くの研究で示されています。鉄が不足すると、氷などの冷たいものや特定の非食物への渇望が起こることがあります。なぜ鉄不足が氷食症を引き起こすのかメカニズムは完全には解明されていませんが、口や舌の違和感を軽減するため、あるいは脳内の特定の神経伝達物質の異常に関係するといった仮説があります。
  • 亜鉛: 亜鉛不足も異食症の一因となる可能性が指摘されています。亜鉛は味覚や嗅覚にも関わるミネラルであり、不足することで非食物への異常な食欲が生じる可能性が考えられています。
  • その他のミネラル・ビタミン: カルシウム、ビタミンB群などの不足も関連する可能性が示唆されていますが、鉄や亜鉛ほど明確な関連性は確立されていません。

「異食症は何が不足している状態?」という問いに対しては、特に鉄が不足している可能性が高いと言えますが、必ずしも栄養不足だけが原因とは限りません。しかし、栄養不足は比較的容易に検査で判明し、補充療法で改善が見られることがあるため、異食症の評価においてはまず確認すべき重要な要因の一つです。

精神的・心理的な要因(ストレス、発達障害、異嗜症など)

栄養不足と同様に、精神的・心理的な要因も異食症の重要な原因となります。

  • ストレス、不安、うつ病: 精神的な不安定さが異食行動の引き金となることがあります。ストレスや不安、抑うつ気分を紛らわせるためのコーピング(対処)行動として、特定の非食物を食べる行動が現れることがあります。これは一種の自己刺激や安心行動としての側面を持つ場合があります。
  • 強迫性障害: 特定の非食物を食べることに対する強い衝動や、食べなければならないという強迫観念が異食行動につながることがあります。
  • 発達障害: 知的障害や自閉スペクトラム症などの発達障害がある場合、異食行動が見られる頻度が高いことが知られています。これは、感覚過敏や感覚鈍麻による自己刺激行動、変化への抵抗、特定の物質への強いこだわりなどが原因となることがあります。また、危険を認識する能力が低いことや、コミュニケーションの困難さが異食行動につながることもあります。
  • 異嗜症(いししょう): 異嗜症は、主に動物に見られる異食行動を指す言葉です。動物が毛や布、木などを食べるのは、栄養不足、寄生虫、ストレス、退屈などが原因と考えられています。人間の異食症とは区別されるべきですが、動物の異嗜症と同様に、人間の異食症も栄養や精神状態と深く関わっている点が共通しています。

その他の原因

上記以外にも、異食症の原因として考えられる要因があります。

  • 特定の医学的疾患: 稀に、特定の脳疾患や消化器系の疾患が異食行動と関連している場合があります。
  • 妊娠: 妊娠中に一時的に特定の非食物(特に氷)を食べたくなる、いわゆる「つわり」の一種として異食行動が現れることがあります。これはホルモンバランスの変化や特定の栄養素の需要増加と関連している可能性が指摘されています。
  • 文化的・習慣的な要因: ごく一部の地域や文化では、特定の種類の土を食べる習慣が存在することが知られています。ただし、これはDSM-5の診断基準で除外される「文化的に支持された行動」にあたります。
  • 薬の副作用: 一部の薬剤が異食行動を引き起こす可能性も報告されていますが、頻度はまれです。

このように、異食症の原因は多様であり、一人ひとりによって異なります。正確な原因を特定するためには、詳細な問診、身体検査、血液検査、そして必要に応じて精神科医による評価など、専門家による多角的なアプローチが必要です。

異食症が引き起こすリスク・危険性

異食症は、単に変わった行動というだけでなく、放置すると重大な健康問題を引き起こす非常に危険な行動です。食べるものによってリスクの種類や重症度は異なりますが、いずれにしても体の内外に様々な悪影響を及ぼす可能性があります。

食べるもの別の具体的なリスク(髪の毛食べる死亡リスク、氷食症放っておくとどうなる?)

異食症で食べられるものによって、具体的にどのようなリスクがあるのかを見ていきましょう。

食べるもの 具体的なリスク 重症化リスク・合併症
髪の毛、繊維 消化・排泄されず、胃や腸の中で塊(ベゾアール、特に毛髪胃石/トリコベゾアール)を形成 腸閉塞、消化管の穿孔(穴が開く)、腹膜炎、栄養吸収不良、体重減少。重症化すると手術が必要となり、稀に命に関わる場合(死亡リスク)がある。
歯のエナメル質が削れる、虫歯、歯が折れる、顎関節症、口内炎、舌の炎症。氷食症の原因である貧血が悪化しやすい(栄養摂取が疎かになるため)。 歯や顎の機能障害、貧血の遷延・悪化。氷食症を放っておくと、原因である貧血が改善しないだけでなく、栄養バランスの乱れや他の異食行動の併発に繋がる可能性も。
土、泥、粘土 寄生虫感染、細菌感染、重金属(鉛など)や化学物質による中毒、消化管の損傷(歯の摩耗、粘膜の傷)、消化管の閉塞、栄養吸収不良(土が栄養素の吸収を妨げる)。 感染症による発熱や下痢、貧血、発達遅滞(子ども)、神経系の障害(鉛中毒)、腸閉塞。
紙、ティッシュ 消化・排泄されず、消化管内で塊を形成し、閉塞の原因となる可能性がある。 腸閉塞、腹痛、便秘。
金属、ガラス片 口内や消化管粘膜の損傷、出血、穿孔(穴が開く)。重金属(鉛など)による中毒。 大量出血、腹膜炎、重度の臓器障害、神経系の障害。緊急手術が必要となる場合が多い。
石鹸、洗剤 中毒(化学物質による)、消化管粘膜の炎症や損傷、嘔吐、下痢。 重度の消化器症状、臓器障害、呼吸困難。
糞便 細菌、ウイルス、寄生虫などによる重度の感染症。 敗血症、肝炎、脳炎など、命に関わる感染症。

「髪の毛食べる死亡リスク」については、髪の毛そのものが毒性を持つわけではありませんが、胃や腸に詰まって腸閉塞消化管穿孔といった重篤な合併症を引き起こす可能性があり、これらの合併症が適切に処置されない場合に、間接的に命に関わるリスクとなります。放置すればするほど、毛髪胃石は大きくなり、手術が必要になる可能性や手術が困難になるリスクが高まります。

「氷食症放っておくとどうなる?」という問いに対しては、単に氷を食べる習慣が続くだけでなく、その根本原因である貧血が改善しないこと、それによって疲労感や倦怠感が続き、日常生活に支障をきたすこと、さらに栄養摂取が疎かになることで栄養状態が悪化すること、そして他のより危険な異食行動を併発するリスクも無視できません。歯や顎への負担も蓄積し、将来的な問題につながる可能性があります。

重大な健康問題(腸閉塞、中毒など)

異食症は、食べるものにかかわらず、以下のような様々な重大な健康問題を引き起こす可能性があります。

  • 消化器系の問題: 最も多いのが消化器系の合併症です。食べたものが胃や腸に詰まる腸閉塞、消化管に傷がついて出血したり穴が開く消化管損傷・穿孔、異物による吐き気、腹痛、便秘、下痢などが見られます。特に小さな子どもや高齢者、発達障害のある方では、これらの症状をうまく伝えられず、発見が遅れることがあります。
  • 中毒: 土や塗料、金属、洗剤などには、鉛やその他の有害な化学物質が含まれていることがあります。これらを摂取することで、鉛中毒をはじめとする様々な中毒症状を引き起こし、神経系の障害、腎臓障害、貧血など、全身の臓器に悪影響を及ぼします。
  • 感染症: 土や糞便などを食べることで、細菌、ウイルス、寄生虫などに感染するリスクが高まります。重症化すると、発熱、激しい下痢、腹痛、さらには敗血症や臓器不全など、命に関わる状態になることもあります。
  • 栄養失調: 異食行動によって、本来食べるべきものが十分に食べられなくなり、必要な栄養素が摂取できなくなる可能性があります。また、異物が栄養素の吸収を妨げることもあります。その結果、体重減少や成長障害(子ども)、貧血、ビタミン・ミネラル不足など、栄養失調の状態に陥ることがあります。
  • 歯の問題: 硬いもの(氷、石、金属など)を食べることで、歯が欠けたり折れたり、エナメル質が摩耗したり、歯茎を傷つけたりします。長期的には、咀嚼機能や歯並びに悪影響を及ぼす可能性があります。

異食症は、見た目以上に危険な行動であり、早期に原因を特定し、適切な治療を開始することが何よりも重要です。

異食症の治療方法(異食症を治す方法は?)

「異食症を治す方法は?」という疑問に対しては、残念ながら異食症そのものに対する特効薬や、誰にでも効く標準的な単一の治療法は確立されていません。異食症の治療は、その根本的な原因に対処すること、そして異食行動そのものを修正することを組み合わせた、多角的なアプローチが中心となります。原因が特定できれば、その原因に対する治療を行うことで、異食行動が改善することが期待できます。

治療の基本的な流れ(併存疾患の治療)

異食症の治療は、一般的に以下の流れで進められます。

  • 評価と原因特定: まず、異食行動の詳細(何を、いつ、どのくらいの量、どんな状況で食べるか)を把握し、身体的な健康状態、栄養状態、精神状態、発達状況などを詳しく評価します。血液検査で貧血や栄養不足がないかを確認し、必要に応じて画像検査(レントゲン、内視鏡など)で異物の有無や消化管の状態を調べます。精神科医や心理士による面接や評価も重要です。この段階で、異食症の原因となっている可能性のある併存疾患(鉄欠乏性貧血、うつ病、不安障害、強迫性障害、発達障害など)を診断し、その治療計画を立てます。
  • 原因に応じた治療: 特定された原因に対して治療を行います。栄養不足が原因であれば栄養補給、精神疾患が原因であれば精神療法や薬物療法、発達障害に関連する場合は行動療法や環境調整などを行います。
  • 異食行動への直接的な介入: 行動療法や心理療法を用いて、異食行動そのものの頻度や強度を減らすための介入を行います。
  • 合併症の治療: 異物による消化管の問題や中毒、感染症などの合併症があれば、それに対する治療を並行して行います。重篤な場合は、緊急の医療処置が必要となることもあります。
  • 環境調整と周囲のサポート: 異食対象となるものを本人から隔離するなど、環境を調整します。家族や周囲の理解と協力も治療の重要な要素です。

特に、異食症の原因が複数ある場合や、精神疾患や発達障害などの併存疾患がある場合は、それらを同時に治療していくことが重要です。

原因疾患へのアプローチ

  • 栄養不足: 血液検査で鉄や亜鉛などの不足が確認された場合は、これらの栄養素をサプリメントや食事指導によって補給します。鉄欠乏性貧血が原因の氷食症の場合、鉄剤の投与によって貧血が改善するとともに、氷を食べる行動が自然に消失することが多いです。「異食症は何が不足している状態?」という問いには、特に鉄不足の可能性が高いため、まずは栄養状態の評価が重要です。
  • 精神疾患: ストレス、不安、うつ病、強迫性障害などが異食症の原因となっている場合は、これらの精神疾患に対する治療を行います。抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬などの薬物療法や、精神療法(認知行動療法など)が用いられます。精神状態が安定することで、異食行動が軽減することが期待できます。
  • 発達障害: 知的障害や自閉スペクトラム症などの発達障害に伴う異食行動の場合は、発達特性への理解に基づいたアプローチが必要です。コミュニケーションスキルの向上、感覚統合療法、構造化された環境、そして後述する行動療法が有効な場合があります。

栄養状態の改善(異食症は何が不足している状態?)

異食症患者は、栄養バランスの偏りや異食行動自体による栄養素の吸収阻害により、特定の栄養素が不足している場合があります。「異食症は何が不足している状態?」という疑問に対して、特に鉄や亜鉛、カルシウムなどのミネラルや、ビタミン類の不足が見られることがあります。

治療においては、血液検査で不足している栄養素を特定し、医師や管理栄養士の指導のもと、適切な栄養補給を行います。

  • サプリメント: 不足が顕著な場合は、鉄剤や亜鉛サプリメントなどが処方・推奨されます。
  • 食事指導: バランスの取れた食事の重要性を伝え、特定の栄養素を多く含む食品の摂取を促します。異食行動によって食事が疎かになっている場合は、通常の食事をきちんと摂るように指導します。
  • 異食対象物の回避: 栄養吸収を妨げる可能性のある異食対象物(例: 土)の摂取を止めることが、栄養状態改善の前提となります。

栄養状態の改善は、異食症そのものの原因に対処するだけでなく、異食行動による合併症(貧血、発育遅滞など)を防ぐ上でも不可欠です。

行動療法・心理療法(行動変容法)

異食行動そのものを減らすためには、行動療法や心理療法が有効な場合があります。特に、異食行動が特定の状況や感情と関連している場合、あるいは発達障害に伴う異食行動に対して用いられます。行動変容法とも呼ばれます。

  • 機能分析: 異食行動がどのような状況(先行刺激)で起こり、どのような結果(後続刺激)をもたらしているのかを分析します。例えば、「不安を感じた時にティッシュを食べることで落ち着く」といったパターンを特定します。
  • 代替行動の強化: 異食行動の代わりに、より適切で安全な行動(例: 不安な時に手を握る、安全なおもちゃを噛む、冷たい飲み物を飲む)を促し、それができた時に報酬を与えることで、その行動を定着させます。
  • 嫌悪療法: 異食行動と不快な刺激(例: 苦い液体を塗る、軽い電気刺激を与える)を結びつけることで、異食行動を抑制する方法です。倫理的な配慮が必要であり、専門家の指導のもとで行われます。
  • 暴露反応妨害法: 強迫性障害に伴う異食行動の場合、異食対象物に触れるなどの状況に暴露させながら、異食行動をしないように支援します。
  • 認知行動療法(CBT): 異食行動の背景にある思考パターンや信念(例: 「これを食べると落ち着く」)を特定し、より現実的で健康的な考え方に修正することを支援します。異食行動に伴うストレスや不安への対処法を学びます。
  • 環境調整: 異食対象となるものを本人が容易に手に入れられないように配置を変える、安全な代替品(例: 硬いチューイングトイなど)を提供する、監督を強化するといった環境の調整も重要です。

行動療法や心理療法は、特に知的障害や自閉スペクトラム症のある方の異食行動に対して有効性が報告されています。専門的な知識と技術が必要なため、経験豊富な心理士や専門家によって行われるべきです。

薬物療法

異食症そのものを直接治療する薬は存在しません。しかし、異食症の原因となっている精神疾患や併存症状に対して薬物療法が行われることがあります。

  • 抗うつ薬: うつ病や不安障害、強迫性障害に伴う異食行動の場合に使用されることがあります。セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などが用いられます。精神症状が改善することで、異食行動が軽減する可能性があります。
  • 抗精神病薬: 発達障害に伴う強い衝動性や、思考の歪みなどが異食行動に関与している場合に使用されることがあります。ただし、これらの薬剤の使用は慎重に検討される必要があります。
  • 栄養素の補充: 鉄欠乏性貧血に対しては鉄剤が処方されます。これは異食症そのものの治療薬ではなく、原因疾患に対する治療です。

薬物療法は、あくまで異食症の背景にある問題を改善するための補助的な治療であり、単独で異食症を完全に治すことは難しい場合が多いです。他の治療法(行動療法、栄養改善など)と組み合わせて行われるのが一般的です。

環境調整と周囲のサポート

異食症の治療において、患者さんの生活環境を整え、周囲が適切にサポートすることは非常に重要です。特に、自制心が未発達な子どもや、認知機能に障害のある高齢者、発達障害のある方の場合、環境調整と周囲のサポートが治療の鍵となります。

  • 異食対象物の除去・隔離: 異食の対象となる危険なもの(洗剤、薬品、金属、ガラス片、土など)は、本人の手の届かない場所へ保管したり、鍵をかけたりして、徹底的に排除します。
  • 安全な代替品の提供: 異食行動が特定の感覚刺激(噛む、なめるなど)を求める行動である場合、安全な代替品(例: 硬い野菜スティック、チューイングトイ、安全な素材のおもちゃなど)を用意し、そちらに誘導します。
  • 監督の強化: 特に危険な異食行動が見られる場合は、本人の行動を注意深く見守り、異食行動が起こりそうになったら適切に介入する必要があります。ただし、過度な監視は本人のストレスになる可能性もあるため、バランスが重要です。
  • 家族や介護者の理解と協力: 異食症が病気であること、そして治療には時間がかかることを家族や介護者が理解し、治療チームと連携してサポートすることが不可欠です。異食行動に対する叱責は逆効果になることが多く、肯定的な関わりや、適切な行動ができた時の賞賛が推奨されます。
  • ストレスの軽減: 患者さんのストレスや不安が異食行動の引き金になっている場合は、原因となっているストレスを軽減するための環境調整や、リラクゼーションの方法を取り入れることも有効です。

環境調整と周囲のサポートは、治療効果を高めるだけでなく、異食行動による事故や合併症を防ぐ上でも非常に重要です。

手術が必要となるケース

異食症の合併症として、稀に手術が必要となるケースがあります。これは、主に異物を誤飲したことによって重篤な健康問題が発生した場合です。

  • 消化管閉塞: 髪の毛や繊維が塊となって胃や腸に詰まる毛髪胃石(トリコベゾアール)や、その他の異物が消化管を完全に塞いでしまった場合、消化物が流れなくなり、激しい腹痛、嘔吐、腹部膨満などの症状が現れます。閉塞が改善しない場合は、緊急手術によって異物を取り除く必要があります。
  • 消化管穿孔: 鋭利な異物(ガラス、金属片、骨など)を誤飲した場合、消化管の壁に穴が開いてしまう(穿孔)ことがあります。これにより、消化液が腹腔内に漏れ出し、腹膜炎という重篤な状態を引き起こします。腹膜炎は緊急手術が必要となる、命に関わる状態です。
  • 内視鏡的除去が困難な異物: 消化管に到達した異物でも、内視鏡で取り出すことができない形状や大きさの場合、手術が必要になることがあります。

これらの緊急性の高い合併症を防ぐためにも、異食症が疑われる場合は早期に医療機関を受診し、医師の指示に従うことが重要です。特に、異物を誤飲した可能性がある場合は、速やかに医療機関を受診してください。

確立された治療法がない現状について

前述のように、異食症そのものに対する標準化された単一の治療法は、現在のところ確立されていません。これは、異食症の原因が多様であること、そして診断基準や重症度評価がまだ十分でないことなどが理由として挙げられます。

しかし、原因が特定できれば、その原因に対する治療を行うことで、異食行動が改善する可能性は十分にあります。例えば、鉄欠乏性貧血に対する鉄剤投与や、精神疾患に対する精神療法・薬物療法は、異食症の治療として有効性が確認されています。また、行動療法も特定の異食行動に対して効果があることが報告されています。

この「確立された治療法がない」という現状は、治療が難しいということではなく、一人ひとりの患者さんの状況に合わせて、原因を丁寧に探し、最も適した治療法を組み合わせていく必要があることを意味します。治療には時間がかかることも少なくありませんが、諦めずに専門家と連携し、継続的に取り組むことが大切です。

異食症について誰に相談すべき?(受診先)

異食症は、様々な原因が考えられる複雑な病態です。そのため、「誰に相談すべき?」と迷う方もいるかもしれません。まずは、かかりつけ医や地域の保健センターに相談することをおすすめします。そこから、専門医への受診を勧められることが多いでしょう。異食症の評価と治療に適した主な診療科は以下の通りです。

受診に適した診療科

異食症の原因や症状によって、受診すべき診療科は異なります。まずは総合的に相談できる場所から始めるのが良いでしょう。

診療科 相談に適したケース
かかりつけ医 最初に相談する窓口として適しています。身体的な異常がないか診察し、必要に応じて専門医を紹介してくれます。
精神科・心療内科 異食症の診断、精神的な原因(ストレス、うつ病、不安障害、強迫性障害など)の評価と治療、行動療法や心理療法の実施・連携。
児童精神科 子どもの異食症の場合。発達障害(自閉スペクトラム症、知的障害など)の評価と治療、行動療法、家族支援。
小児科 子どもの異食症の場合。身体的な成長や発達の評価、栄養状態の確認、身体的な原因の探索。必要に応じて専門医を紹介。
消化器内科 異物誤飲による消化管の損傷、閉塞、穿孔などの合併症が疑われる場合。内視鏡による異物除去や、手術が必要な場合の診断と連携。
血液内科 鉄欠乏性貧血など、重度の貧血が疑われる場合。貧血の原因精査と専門的な治療。
中毒科 有害物質(鉛など)の中毒が疑われる場合。中毒症状の診断と専門的な治療。
歯科 異食行動による歯や口腔内の損傷が見られる場合。歯の治療や口腔ケアの指導。

まず、かかりつけ医や小児科医に相談し、身体的な原因や栄養状態を確認してもらうのが良いでしょう。精神的・心理的な要因が強く疑われる場合や、発達に関する懸念がある場合は、精神科、心療内科、児童精神科などの受診を検討します。異物を誤飲した可能性や、消化器症状(腹痛、嘔吐など)がある場合は、速やかに消化器内科を受診することが重要です。

診断や治療には複数の診療科が連携して取り組む必要がある場合もあります。一人で抱え込まず、まずは専門家に相談することから始めてください。

異食症の治療法まとめ

異食症(Pica)は、栄養価のないものを繰り返し食べ続ける行動様式であり、単なる癖やわがままではなく、専門的な介入が必要な摂食障害です。放置すると、消化管の損傷や閉塞、中毒、感染症、栄養失調など、様々な重大な健康問題を引き起こすリスクがあります。

異食症の原因は、鉄などの栄養不足ストレスや不安、うつ病、強迫性障害といった精神的な問題、そして発達障害の特性など、多岐にわたります。特に鉄欠乏性貧血は氷食症の原因としてよく知られており、異食症の背景には何らかの栄養不足がある場合が多いことから、「異食症は何が不足?」という問いには栄養不足の可能性が高いと言えます。髪の毛を食べる行動は毛髪胃石を形成し、腸閉塞などの重篤な合併症を通じて死亡リスクに関わる可能性があり、氷食症を放っておくと貧血が悪化するだけでなく、他のリスクにもつながる可能性があります。

異食症を「治す方法」としては、異食症そのものへの特効薬はありませんが、原因に応じた多角的な治療を行うことで改善が期待できます。治療の基本的な流れは、まず詳細な評価によって原因を特定し、その原因(栄養不足、精神疾患、発達障害など)に対する治療を優先します。並行して、行動療法や心理療法によって異食行動そのものを修正するアプローチを行います。安全な環境調整や、家族・周囲の適切なサポートも治療には不可欠です。異物の誤飲による重篤な合併症が生じた場合は、内視鏡的処置や手術が必要となることもあります。

異食症は、ご本人だけでなくご家族にとっても悩ましい問題ですが、適切な診断と治療によって改善が見込めます。異食症が疑われる場合は、一人で悩まず、まずはかかりつけ医や小児科医、精神科医など、専門家へ相談することが最も重要です。早期に相談し、適切なサポートを受けることが、安全と健康を取り戻すための第一歩となります。


免責事項:この記事は異食症に関する一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を保証するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師や専門家の判断を仰いでください。記事の内容によって生じたいかなる結果についても、当方は一切の責任を負いかねます。

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