反芻症の症状・特徴を解説|吐き戻しとの違いは?

反芻症は、食べた物が意図せず口に戻ってきてしまう、あまり聞き慣れない摂食障害の一つです。食後に食べ物を吐き戻すという症状があるため、周りの方やご本人も、単なる「吐き癖」や「逆流性食道炎」と勘違いしていることも少なくありません。しかし、反芻症は適切な診断と治療によって改善が見込める病気です。もし、ご自身や身近な方に食べ物の吐き戻しが繰り返される症状があるなら、この記事を読んで反芻症について理解を深め、適切な対処を検討してください。ここでは、反芻症の主な症状、原因、診断、そして治療法について詳しく解説します。

反芻症とは

反芻症(はんすうしょう)は、摂食障害の一種として分類される精神疾患です。特徴的なのは、摂取した食物を意図せず、あるいはほとんど努力を要せずに、食道や胃から再び口に戻してしまう行動が繰り返される点です。この行動は、食後すぐに起こることが多く、少なくとも1ヶ月以上持続する場合に診断が検討されます。

定義とメカニズム

反芻症は、精神医学的な診断基準であるDSM(精神障害の診断・統計マニュアル)において、摂食障害および食行動症群に分類されています。その定義は、食べた物を繰り返して逆流させる行動であり、この逆流は通常、吐き気や嘔吐に伴う不快感、あるいは強い腹筋の収縮を伴わない点が特徴です。

メカニズムについては、完全には解明されていませんが、食道と胃の間の括約筋の弛緩や、食事によって腹圧が一時的に上昇した際に、食べた物が逆流しやすくなるという説があります。また、心理的な要因(ストレス、不安、退屈など)や、特定の行動パターン(食後の姿勢など)が引き金となる可能性も指摘されています。特に、腹式呼吸とは逆の、胸郭を固定して腹圧を高めるような呼吸パターン(逆腹式呼吸のようなもの)が逆流を引き起こすメカニズムに関与しているという研究報告もあり、このメカニズムに基づいた行動療法が有効とされています。食物は胃に到達しているため、ある程度消化が進んでいる場合もありますが、多くは比較的未消化の状態で戻ってきます。

動物の反芻との違い

反芻症という名称は、牛などの反芻動物が食物を胃から口に戻して再び咀嚼する生理的な行動に由来しています。しかし、人間の反芻症は、動物の消化プロセスとは全く異なる、病的な状態です。

動物の反芻は、硬い植物の細胞壁を効率的に分解するために、複雑な胃(多くの場合4つの胃室)の構造を利用して食物を何度も咀嚼・発酵させるための適応戦略です。これは生存に必要な正常な行動です。一方、人間の反芻症は、消化管の機能的な問題や心理的な要因が関与する異常な行動であり、しばしば栄養不良や社会的な困難を引き起こす可能性があります。単に名称が似ているだけであり、生物学的な機能としては全く異なるものとして理解する必要があります。

反芻症の主な症状

反芻症の中心的な症状は、食物の繰り返される吐き戻しですが、それに付随していくつかの特徴的な症状が見られます。これらの症状を正しく理解することが、早期発見と適切な診断につながります。

食物の繰り返される吐き戻し

反芻症で最も顕著な症状は、摂取した食物を繰り返し口に戻してしまうことです。この現象は、多くの場合、食後すぐ、具体的には食事を終えてから数分から30分以内によく見られます。症状が現れる頻度には個人差がありますが、重症の場合はほぼ毎食後に起こることもあります。

戻ってきた食物は、まだ消化があまり進んでいない状態であることが多く、食べた時の形が残っている場合もあります。この吐き戻しは、意図的な嘔吐や逆流性食道炎に伴う逆流とは異なり、通常は不快感や吐き気をほとんど伴いません。そのため、周囲の人に気づかれにくく、ご本人も「気持ち悪くて吐いてしまう」という感覚とは異なると感じることが多いです。

不快感や吐き気を伴わない特徴

反芻症の重要な特徴の一つは、食物の逆流が一般的に不快感を伴わないことです。通常の嘔吐は、吐き気や強い腹部の不快感、腹筋の収縮などを伴いますが、反芻症ではこれらの症状がほとんど見られません。食物が食道から自然に戻ってくるような感覚であり、努力や苦痛を伴わないことが多いのです。

この不快感の欠如が、反芻症の診断を難しくする要因の一つでもあります。ご本人が「病気だ」と認識しにくく、単なる癖として捉えてしまうこともあります。また、医師も問診で「吐き気や不快感はありますか?」と尋ねた際に、「ありません」という答えが返ってくるため、別の疾患を疑ってしまう可能性もあります。

吐き戻された食物の扱い(再咀嚼・再嚥下・吐き出し)

口に戻ってきた食物をどうするかは、患者さんによって異なります。主な行動としては以下の3つが挙げられます。

  • 再咀嚼(再び噛む): 口に戻った食物をもう一度噛み直します。味が変わっていたり、温かくなっていたりすることに気づく場合もあります。
  • 再嚥下(再び飲み込む): 再び噛んだり、そのままの状態で飲み込み直します。この場合、周囲にはほとんど気づかれません。
  • 吐き出し(口から出す): 口に戻った食物を外に出します。この場合、周りの人に気づかれやすく、衛生的な問題や社会的な問題につながることがあります。

これらの行動は、無意識に行われることもあれば、ある程度意識的に行われることもあります。特に人前では吐き出しを避け、再嚥下や再咀嚼を選ぶ傾向がある人もいます。

体重減少や栄養問題

反芻症は、症状が重度であったり、長期間にわたって続いたりする場合、体重減少や栄養不良を引き起こす可能性があります。吐き戻された食物を全て再嚥下せず、一部または全部を吐き出してしまった場合、十分な栄養を摂取できなくなります。また、たとえ再嚥下しても、消化吸収のプロセスが中断されることで、栄養吸収効率が低下する可能性も指摘されています。

特に乳幼児や小児の場合、体重がうまく増えない「体重増加不良」や、身長の伸び悩みといった「成長障害」に直結する深刻な問題となることがあります。成人でも、ビタミンやミネラル、タンパク質などの特定の栄養素が不足し、全身の健康状態に影響を及ぼす可能性があります。体重減少が見られる場合は、より専門的な介入が必要となることが多いです。

その他の関連症状(腹痛・胸焼けなど)

反芻症の直接的な症状ではありませんが、吐き戻しが繰り返されることによって、食道や口腔内に負担がかかり、以下のような関連症状が現れることがあります。

  • 胸焼けや食道の炎症: 胃酸が逆流するわけではありませんが、食物が食道を行き来することで粘膜に刺激を与え、胸焼けのような不快感や炎症(食道炎)を引き起こす可能性があります。
  • 腹痛: 食道や胃の機能的な問題が関連している場合、腹痛を感じる人もいます。
  • 口臭や歯の問題: 食べ物が口に戻ってくることで口臭が強くなったり、歯のエナメル質が傷ついたりする可能性があります。
  • 喉の違和感や痛み: 繰り返し食物が通過することで、喉に違和感や痛みを覚えることがあります。

これらの症状は、反芻症の診断を難しくする要因にもなり得ます。例えば、胸焼けがあれば逆流性食道炎と間違われやすくなります。そのため、医師に相談する際には、吐き戻しが「いつ、どのように、どのような感覚で起こるか」を具体的に伝えることが重要です。

反芻症の原因

反芻症の正確な原因は、まだ完全には解明されていませんが、いくつかの要因が複合的に関与していると考えられています。心理的な要因、発達上の特性、そして消化器系の機能的な問題が挙げられます。

心理的・感情的要因(ストレス、不安など)

反芻症の発症や悪化には、心理的・感情的な要因が深く関わっていると考えられています。特に、ストレス、不安、退屈、抑うつなどがトリガーとなる可能性があります。

  • ストレスや不安: ストレスや不安を感じているときに症状が出やすくなる人がいます。食事という行為そのものや、特定の状況(人前での食事など)に対する不安が症状を引き起こすこともあります。
  • 退屈や刺激不足: 特に乳幼児期や知的障害のある人において、反芻行動が自己刺激行動や自己鎮静行動として機能している場合があります。何か他の刺激がない、あるいは十分に満たされない環境で、反芻が注意を引くため、あるいは単なる体の遊びとして行われることがあります。
  • 習慣: 繰り返されることで、無意識の習慣や癖になってしまうこともあります。
  • 対人関係: 親子の関係性や、周囲からの関心・無関心などが影響を与える可能性も指摘されています。

心理的な要因が強い場合、精神療法やストレスマネジメントが治療の鍵となります。

発達障害との関連性

反芻症は、知的障害や自閉スペクトラム症(ASD)といった発達障害のある人に比較的多く見られることが知られています。これは、発達障害に伴う特性が反芻行動に関与している可能性があるためです。

  • 反復行動や常同行動: 特定の行動を繰り返す傾向が強いため、反芻行動が習慣化しやすい可能性があります。
  • 感覚過敏や鈍麻: 口腔内の感覚や、食べ物のテクスチャー、味などに対する感覚の特性が影響する可能性があります。
  • コミュニケーションの困難: 不快感や要求をうまく伝えられないため、反芻行動が自己表現や自己調整の手段となることがあります。

しかし、反芻症は発達障害の有無にかかわらず発症する疾患です。発達障害がない人でも、前述の心理的な要因などによって反芻症になることがあります。発達障害のある人が反芻症を発症している場合は、その特性を理解した上で、行動療法などを実施していく必要があります。

消化器疾患との鑑別

反芻症の症状は、他の消化器疾患と類似しているため、正確な診断のためにはこれらの疾患を除外することが非常に重要です。混同されやすい疾患には、以下のようなものがあります。

  • 胃食道逆流症(GERD): 胃の内容物(胃酸を含む)が食道に逆流することで、胸焼けや呑酸(酸っぱいものが上がってくる感覚)を引き起こす疾患。反芻症では胃酸の逆流は必須ではなく、吐き気や不快感が少ない点が異なります。
  • 食道アカラシア: 食道の下部の括約筋がうまく弛緩せず、食べた物が胃に送られにくくなる疾患。食物の逆流や吐き戻しが起こることがありますが、飲み込みにくさ(嚥下困難)や胸の痛みが主な症状であり、食後すぐの不快感のない逆流という反芻症の特徴とは異なります。
  • 幽門狭窄症: 胃の出口(幽門)が狭くなり、食べた物が十二指腸に送られにくくなる疾患。嘔吐が主な症状ですが、多くは乳幼児期に発症し、噴水状嘔吐などの特徴があります。

これらの器質的な疾患を除外するためには、問診や身体診察に加え、内視鏡検査や食道機能検査(食道内圧検査、pHモニタリングなど)といった専門的な検査が必要となる場合があります。反芻症の診断は、これらの器質的な疾患がないことを確認した上で行われます。

反芻症の診断基準

反芻症の診断は、主に精神障害の診断・統計マニュアル(DSM)に記載されている診断基準に基づいて行われます。加えて、器質的な消化器疾患を除外するための検査や、詳細な問診による症状の把握が重要です。

DSM-5に基づく診断基準の詳細

現在、臨床で広く使用されているDSM-5(DSM-5-TRもほぼ同様)における反芻症の診断基準は以下の通りです。診断には、これらの基準をすべて満たす必要があります。

  1. 少なくとも1ヶ月間、食べた物を繰り返して逆流させること。 逆流させた食物は、再咀嚼され、再嚥下されるか、または吐き出されるかのいずれかである。
  2. その逆流は、胃食道逆流症(GERD)や幽門狭窄症などの、それ以外の消化器系または他の医学的疾患によって引き起こされているわけではない。
  3. その行動は、神経性やせ症、神経性過食症、むちゃ食い障害、回避・制限性摂食障害といった他の摂食障害に伴ってのみ起こっているわけではない。
  4. 他の精神疾患(例:知的障害など)が存在する場合、その逆流は、その精神疾患の経過において重度となるほどの臨床的注意が必要なものである。

これらの基準を詳しく見ていくと、反芻症は「繰り返される吐き戻し」が中心症状であり、それが「他の医学的な問題や摂食障害によるものではない」ことが重要であると定義されています。特に、神経性やせ症や過食症における嘔吐は、体重や体型への強いこだわりや、食べたことに対する罪悪感からくる意図的な排出行為であり、反芻症の不快感を伴わない自律的な逆流とは性質が異なります。ただし、知的障害のある人に反芻症が見られる場合は、その知的障害自体が反芻症の原因というよりは、併存症として診断されるという意味合いになります。

診断プロセスにおける注意点

反芻症の診断は、前述のDSM-5基準に基づいて行われますが、診断プロセスにおいてはいくつかの注意点があります。

  • 詳細な問診: 症状が出始めた時期、頻度、どの食事の後によく起こるか、吐き戻しの量や性状、吐き気や不快感の有無、吐き戻した食物をどうするか(再咀嚼、再嚥下、吐き出し)、症状が出やすい状況(ストレス時、退屈時など)、症状によって困っていること(体重減少、社会的な問題など)など、症状に関する詳細な聞き取りが非常に重要です。可能であれば、家族や周囲の人の情報も参考にします。
  • 身体診察と器質的疾患の除外: 消化器系の器質的な疾患を除外するために、医師による身体診察が行われます。必要に応じて、血液検査、内視鏡検査(食道・胃の粘膜の状態や構造を確認)、食道機能検査(食道の動きや括約筋の機能を評価)、24時間pHモニタリング(胃酸の逆流の程度を評価)などが実施される場合があります。これらの検査で明らかな器質的な異常が見られない場合に、反芻症が強く疑われます。
  • 心理的評価: 心理的な要因が関与しているかを評価するために、心理士による面接や心理検査が行われることもあります。ストレスレベル、不安や抑うつの程度、発達特性の有無などを評価します。
  • 他疾患との鑑別: 逆流性食道炎、食道アカラシア、胃不全麻痺、慢性的な嘔吐を引き起こす他の疾患、そして神経性やせ症や過食症といった他の摂食障害との鑑別を慎重に行います。特に、不快感や吐き気を伴わない点、食後すぐの逆流である点、体重や体型へのこだわりがない点などが反芻症の特徴として鑑別に役立ちます。

反芻症の診断は、これらの多角的な評価を経て、器質的な問題がなく、かつDSM-5の診断基準を満たす場合に確定されます。診断には専門的な知識と経験が必要となるため、症状に気づいたら自己判断せず、専門医療機関を受診することが重要です。

反芻症の治療法

反芻症の治療は、主に行動療法が中心となります。症状の背景にある心理的な問題や併存する精神疾患がある場合は、心理療法や薬物療法が併用されることもあります。

行動療法(横隔膜呼吸法など)

反芻症に対する治療法の中で、最も効果的で推奨されているのが行動療法です。特に有効とされるのが、「横隔膜呼吸法」です。これは、食後の反芻衝動が起きた際に、腹圧の上昇を抑えるために腹式呼吸を行うという手法です。

横隔膜呼吸法の手順:

  1. リラックスできる姿勢をとる: 食後、椅子に座るか、可能であれば少し横になります。
  2. 呼吸を意識する: 片手を胸に、もう片方
    の手をお腹(みぞおちのあたり)に置きます。
  3. 鼻からゆっくり息を吸い込む: お腹が膨らむように、横隔膜を意識して息を吸い込みます。この時、胸はあまり動かさないようにします。
  4. 口からゆっくり息を吐き出す: お腹がへこむように、ゆっくりと息を吐き出します。吸うときよりも長く時間をかけて吐き出すのがポイントです。
  5. 繰り返す: 吐き戻したい衝動が収まるまで、数回から数十回繰り返します。

この呼吸法を食後、特に反芻が起こりやすい時間帯に予防的に行うことや、実際に吐き戻しそうになった時にすぐに実践することで、腹圧の上昇を防ぎ、逆流を抑制する効果が期待できます。最初は難しく感じるかもしれませんが、繰り返し練習することで習得できます。

行動療法には、この横隔膜呼吸法以外にも、食後の活動を調整する(食後すぐに横にならない、体を締め付ける衣服を避けるなど)、食事の摂り方を変える(ゆっくり食べる、少量頻回にするなど)、反芻以外の行動で退屈を紛らわせる(軽い活動、趣味など)といった方法が組み合わされることもあります。行動療法は、専門家(医師、看護師、心理士、言語聴覚士など)の指導の下で行うことが最も効果的です。

心理療法(認知行動療法など)

反芻症の背景にストレス、不安、退屈、あるいは発達障害に伴う特性といった心理的な要因が強く関わっている場合は、心理療法が有効な選択肢となります。

  • 認知行動療法(CBT): 症状を引き起こすような思考パターンや感情(例:「食後は吐き戻すものだ」「退屈だ」といった認知)に気づき、より適応的な思考や行動に変えていくことを目指します。食後の不安やストレスに対処するスキルを身につけることも含まれます。
  • 精神力動的療法: 症状の深層にある心理的な葛藤や過去の経験を探求し、それらを理解することで症状の改善を目指します。
  • リラクゼーション法: 横隔膜呼吸法に加えて、筋弛緩法やイメージ法などのリラクゼーションを取り入れることで、全身の緊張を和らげ、反芻衝動を軽減する効果が期待できます。

心理療法は、単独で行われることもありますが、多くは行動療法と組み合わせて行われます。心理的な問題に対処することで、行動療法の効果を高めることにもつながります。

薬物療法

薬物療法は、反芻症の第一選択ではありません。行動療法心理療法で効果が不十分な場合や、不安障害、うつ病、胃食道逆流症などの併存疾患がある場合に補助的に検討されることがあります。

  • プロトンポンプ阻害薬(PPI): 食道への刺激による胸焼けや食道炎の症状がある場合に処方されることがあります。ただし、これは胃酸の逆流を抑える薬であり、反芻症の直接の原因である食物の逆流そのものを止める効果は限定的です。
  • 抗不安薬や抗うつ薬: 不安や抑うつといった精神症状が反芻症に強く影響している場合に検討されることがあります。これらの薬によって精神状態が安定することで、反芻行動が軽減される可能性が期待されます。
  • 消化管運動機能改善薬: 消化管の動きを調整する薬が試されることもありますが、反芻症に対する有効性は明確には確立されていません。

薬物療法は、あくまで対症療法的な側面が強く、反芻症を根本的に治療するためには、行動療法心理療法が不可欠です。薬物を使用する場合は、必ず医師の指示に従ってください。

専門医療機関での相談と治療

反芻症は、適切な診断と治療によって改善が見込める疾患ですが、自己判断で対処することは難しい場合が多いです。症状に悩んでいる場合は、一人で抱え込まず、専門医療機関に相談することが最も重要です。

受診すべき医療機関としては、消化器内科、精神科、心療内科が考えられます。まず消化器内科で器質的な疾患がないかを確認してもらい、問題がなければ精神科や心療内科で反芻症の診断と治療について相談するのが一般的な流れです。小児の場合は、小児科医や小児精神科医、あるいは発達支援の専門機関に相談すると良いでしょう。

専門医療機関では、医師、看護師、心理士、管理栄養士、言語聴覚士など、様々な専門職が連携して診断と治療にあたることがあります。特に、行動療法の指導には専門的な知識が必要となるため、経験豊富な医療機関を選ぶことが望ましいです。勇気を出して一歩踏み出し、専門家のサポートを受けることが、症状改善への第一歩となります。

反芻症の年齢層別特徴

反芻症は、乳幼児から成人まで幅広い年齢層で見られますが、年齢によってその特徴や問題点が異なります。

乳児・小児期における反芻症

乳児期や小児期に反芻症を発症する場合、親や周囲の人が症状に気づきにくいことがあります。赤ちゃんがミルクや離乳食を吐き戻すことは珍しくないため、単なる「よく吐く子」と思われたり、胃食道逆流症と間違われたりすることがあります。しかし、不快感を伴わない、比較的穏やかな吐き戻しが繰り返される場合は、反芻症の可能性も考慮する必要があります。

小児期の反芻症で特に問題となるのが、体重増加不良や成長障害です。せっかく摂取した栄養が吐き戻されてしまうことで、成長に必要なエネルギーや栄養素が不足してしまいます。これにより、体重が年齢相応に増えない、身長の伸びが遅いといった問題が生じることがあります。

また、小児の反芻症には、親子の関わりや環境要因が影響している可能性も指摘されています。例えば、授乳や食事の際に十分なスキンシップや精神的な充足感が得られない場合、反芻行動が自己刺激や注意を引くための手段となることがあります。

小児期の治療としては、行動療法が中心となります。食後の体位(少し体を起こした状態にする)、食後の遊びの提供(反芻以外の行動に注意を向けさせる)、食事の与え方(ゆっくり時間をかける、環境を整える)などが指導されます。必要に応じて、心理的なサポートや、発達の評価も行われます。早期に発見し、適切な介入を行うことが、長期的な予後に関わります。

成人における反芻症

成人になってから反芻症を発症する場合や、小児期から継続している場合もあります。成人の反芻症は、多くの場合、社会生活に大きな影響を及ぼします。

  • 食事への不安: 人前での食事が困難になり、会食や外食を避けるようになることがあります。これにより、友人や家族との付き合いが悪くなる、職場でのランチタイムが苦痛になるなど、社会的に孤立してしまうことがあります。
  • QOL(生活の質)の低下: 毎食後の吐き戻しは、身体的にも精神的にも負担が大きく、生活の質を著しく低下させます。
  • 診断の遅れ: 成人の反芻症は比較的稀であるため、医師も診断に慣れていない場合があります。患者さん自身も、症状を恥ずかしく思ったり、どう説明すれば良いかわからなかったりして、医療機関の受診をためらってしまうことも少なくありません。
  • 心理的要因の複雑化: 長期間症状が続くことで、抑うつや不安障害を併発したり、症状自体がストレスの原因となったりして、心理的な問題がより複雑になる傾向があります。

成人の反芻症の治療も行動療法が中心ですが、症状の背景にある心理的な問題へのアプローチがより重要になることがあります。また、社会生活への影響が大きい場合は、周囲の理解やサポート体制を整えることも大切です。症状に気づいたら、恥ずかしがらずに専門家へ相談することが、改善への第一歩となります。

反芻症と混同されやすい状態

反芻症は、他のいくつかの状態と症状が似ているため、鑑別診断が非常に重要です。正確な診断なしに治療を行うと、適切な効果が得られないだけでなく、かえって症状を悪化させてしまう可能性もあります。

吐き癖との違い

「吐き癖」という言葉は、医学的な診断名ではありませんが、習慣的に食べ物を吐き出してしまう行為を指して一般的に使われることがあります。反芻症も繰り返される吐き戻しという点で共通していますが、そのメカニズムや意図性に違いがあります。

項目 反芻症 吐き癖(一般的なイメージ)
症状 食後の食物の繰り返される逆流 意図的または習慣的な食物の排出行為
不快感/吐き気 ほとんど伴わない 伴う場合も伴わない場合もある
メカニズム 自律的な逆流(腹圧、食道・胃の機能など関与) 能動的な腹筋の収縮による排出(嘔吐)が多い
意図性 非意図的、あるいは半意図的(衝動的) 意図的(体重コントロール、ストレス発散など)の場合も
食後の時間 食後すぐ(数分~30分以内)が多い 食後いつでも起こりうる
体重/体型への意識 通常は関連しない 体重増加の阻止などに関連する場合がある

反芻症は、食後すぐに食物が食道から自然と戻ってくる感覚であり、通常は不快感を伴いません。一方、一般的に言われる「吐き癖」は、より能動的な行為であり、場合によっては体重コントロールなどの目的が伴うこともあります。ただし、「吐き癖」の中にも、反芻症に近い症状が含まれているケースもゼロではないため、具体的な症状や状況を医師に詳しく伝えることが鑑別には不可欠です。

逆流性食道炎との鑑別

逆流性食道炎は、胃の内容物(主に胃酸)が食道に逆流することで、食道の粘膜に炎症を起こす疾患です。症状として食物や胃液の逆流感がありますが、反芻症とはいくつかの点で異なります。

項目 反芻症 逆流性食道炎
逆流物 食物(未消化~一部消化) 胃の内容物(胃酸、食物など)
主な症状 食後の食物の繰り返される吐き戻し 胸焼け、呑酸(酸っぱいゲップ)、胸の痛みなど
不快感/吐き気 ほとんど伴わない 伴うことが多い
メカニズム 腹圧の上昇、食道・胃の機能など関与 食道下部括約筋の機能不全、胃酸過多など
食後の時間 食後すぐが多い 食後だけでなく、夜間や前屈時などでも起こりうる
診断 問診、DSM-5基準、器質的疾患の除外 問診、内視鏡検査、pHモニタリングなど

逆流性食道炎の主な症状は、胸焼けや呑酸といった「不快感」であり、吐き戻しそのものが主ではありません。また、逆流物も胃酸を含むことが多いです。一方、反芻症は吐き戻しが中心であり、不快感を伴わない点が大きな違いです。内視鏡検査やpHモニタリングなどの検査で、食道の炎症や胃酸の逆流の程度を評価することで、逆流性食道炎との鑑別が可能です。

摂食障害(神経性やせ症、過食症)との関連

神経性やせ症や過食症といった他の摂食障害でも、嘔吐行為が見られることがあります。しかし、これらの摂食障害における嘔吐は、反芻症とは目的や性質が大きく異なります。

項目 反芻症 神経性やせ症/過食症の嘔吐
目的 自己刺激、ストレス対処、あるいは無意識的な癖 体重増加の阻止、罪悪感の軽減など(意図的)
不快感/吐き気 ほとんど伴わない 伴うことが多い
嘔吐の方法 食道の逆流、腹圧上昇など(自律的) 腹筋の強い収縮、あるいは指などを用いた誘発(能動的)
体重/体型への意識 通常は関連しない 体重や体型への強いこだわりがある
診断基準 DSM-5 反芻症の基準 DSM-5 神経性やせ症/過食症の基準

神経性やせ症や過食症における嘔吐は、主に体重や体型への強いこだわりに基づき、体重が増えることを恐れて、あるいは食べたことへの罪悪感から、意図的に食物を体外に排出しようとする行為です。多くの場合、強い吐き気や不快感を伴い、指をのどに入れたり腹筋に力を入れたりといった能動的な努力によって引き起こされます。

DSM-5の診断基準でも、反芻症は「他の摂食障害に伴ってのみ起こっているわけではない」と明記されています。つまり、もし体重や体型への強いこだわりがあり、体重増加を防ぐ目的で吐き戻しを行っている場合は、反芻症ではなく神経性やせ症や過食症として診断されます。ただし、稀に摂食障害と反芻症が併存するケースも存在するため、診断には慎重な判断が必要です。

このように、反芻症は他の疾患と似ている点が多いものの、その特徴を詳細に把握することで正確な鑑別が可能です。もし、吐き戻しの症状でお悩みであれば、自己判断せず専門家に相談し、適切な診断を受けることが何よりも重要です。

反芻症に関するよくある質問

反芻症について、よく聞かれる質問とその回答をまとめました。

反芻症はどうやって治すの?

反芻症の主な治療法は、行動療法です。特に効果的とされるのは、食後の反芻衝動が起きた際に腹式呼吸(横隔膜呼吸法)を行うことで、腹圧の上昇を抑え、逆流を防止する手法です。専門家(医師、心理士、言語聴覚士など)の指導の下、この呼吸法や、食後の姿勢の調整、食事の摂り方の工夫などを実践します。

症状の背景にストレスや不安といった心理的な要因がある場合は、認知行動療法などの心理療法が併用されることがあります。また、他の疾患(逆流性食道炎など)の症状がある場合や、不安・うつなどの精神症状がある場合は、補助的に薬物療法が用いられることもありますが、薬物療法単独で反芻症が治るわけではありません。

最も重要なのは、自己判断せず、反芻症の診断と治療経験のある専門医療機関に相談することです。適切な診断と、個々の状況に合わせた治療計画を立ててもらうことで、症状の改善が見込めます。

大人が反芻症になる原因は?

大人の反芻症の明確な原因は一つではありませんが、複数の要因が複合的に関与していると考えられています。

  • 心理的・感情的要因: ストレス、不安、退屈、抑うつなどがトリガーとなり、症状が出やすくなることがあります。食後や特定の状況下で症状が悪化するケースも多いです。反芻行動が、これらの不快な感情から一時的に注意をそらすための自己刺激行動や対処メカニズムとなっている可能性も指摘されています。
  • 習慣・癖: 繰り返されるうちに、無意識の習慣や癖として定着してしまうことがあります。
  • 器質的・機能的な問題: 消化管の機能的な問題や、食道と胃の間の括約筋の一過性の弛緩などが関与している可能性も考えられますが、器質的な病気は除外する必要があります。
  • 発達特性: 知的障害や自閉スペクトラム症といった発達障害のある人に多く見られる傾向がありますが、発達障害がない人にも起こります。

大人の反芻症は、特に心理的な要因が複雑に関与している場合が多く、社会生活への影響も大きくなりがちです。原因を特定し、それに応じた治療(行動療法心理療法など)を行うことが重要です。

反芻症の診断基準は?

反芻症の診断は、主に精神障害の診断・統計マニュアル(DSM-5)に記載されている診断基準に基づいて行われます。主要な基準は以下の通りです。

  • 少なくとも1ヶ月間、食べた物を繰り返して逆流させる行動があること。 (再咀嚼、再嚥下、または吐き出しを伴う)
  • その逆流が、他の消化器系疾患や医学的疾患によって引き起こされているわけではないこと。 (胃食道逆流症など器質的な病気がないこと)
  • その行動が、他の摂食障害(神経性やせ症、過食症など)に伴ってのみ起こっているわけではないこと。 (体重や体型への強いこだわりからくる嘔吐ではないこと)
  • 他の精神疾患(知的障害など)がある場合、その逆流が、その疾患の経過において重度であり、臨床的な注意が必要なものであること。

これらの基準を満たすかどうかに加え、詳細な問診、身体診察、必要に応じて器質的な疾患を除外するための検査(内視鏡検査など)が行われ、総合的に診断が下されます。診断は必ず専門の医師が行うべきです。

反芻はなぜ起こるのか?

反芻症が起こるメカニズムは完全に解明されていませんが、いくつかの要因が複合的に関与していると考えられています。

有力な説の一つは、食後の一時的な腹圧の上昇と、食道と胃の間の括約筋の一過性の弛緩が組み合わさることで、食べた物が食道に逆流しやすくなるというものです。特に、食後の特定の姿勢や、腹式呼吸とは逆の腹圧を高めるような呼吸パターンが関与している可能性が指摘されています。

また、心理的な要因も大きく影響します。ストレス、不安、退屈などが引き金となり、無意識のうちに腹圧を高めるような体の使い方をしてしまったり、反芻行動そのものが自己刺激や自己鎮静の手段となったりすることがあります。

消化器の機能的な問題(蠕動運動の異常など)が関与している可能性も研究されていますが、器質的な病気があるわけではありません。つまり、反芻症は単一の原因ではなく、身体的な要因と心理的な要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。

まとめ

反芻症は、食後に食べた物を意図せず繰り返して吐き戻してしまう摂食障害の一種です。吐き気や不快感を伴わない吐き戻しが特徴で、再咀嚼、再嚥下、または吐き出しを伴います。乳幼児期には体重増加不良や成長障害、成人では社会生活への影響が問題となることがあります。

原因は、心理的・感情的要因(ストレス、不安、退屈など)、発達特性、消化器の機能的な問題などが複雑に関与していると考えられています。症状が逆流性食道炎や他の摂食障害と似ているため、正確な鑑別診断が非常に重要です。診断は、DSM-5の基準に基づき、詳細な問診や器質的な疾患を除外する検査を経て、専門医によって行われます。

治療の第一選択は行動療法であり、特に横隔膜呼吸法が有効です。症状の背景に心理的な問題があれば心理療法を、併存症があれば補助的に薬物療法が用いられることもあります。

反芻症は、放置すると様々な問題を引き起こす可能性がありますが、適切な診断と治療を受けることで症状の改善が見込める疾患です。もし、ご自身や身近な方に繰り返される吐き戻しの症状があり、反芻症かもしれないと悩んでいる場合は、一人で抱え込まず、消化器内科、精神科、心療内科などの専門医療機関に勇気を出して相談してください。専門家のサポートを受けることが、健康的な生活を取り戻すための一歩となります。

免責事項: 本記事は反芻症に関する一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を推奨するものではありません。個々の症状や状況については、必ず医師や専門家の診断を受けてください。本記事の情報によって生じたいかなる結果についても、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

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