チック症の薬について|種類、効果、気になる副作用を解説

チック症は、本人の意思とは関係なく、突然、速く、繰り返される無意味な運動や発声(チック)が現れる神経精神疾患です。
子供に多く見られますが、大人になってからも続く場合や、大人になってから発症する場合もあります。
チックの症状は多様で、日常生活に大きな影響を与えることもあります。
この記事では、チック症の治療法の中でも特に「薬物療法」に焦点を当て、どのような場合に薬が使われるのか、主な薬の種類、効果、副作用、そして薬以外の治療法についても詳しく解説します。
チック症でお悩みの方やそのご家族が、適切な治療法を選択するための参考となる情報を提供します。

チック症とは?症状と分類について

チック症は、特定の筋肉群が突然、短時間かつ不随意に収縮する「運動チック」と、突然発声する「音声チック」に大別されます。
これらのチックは、抑制しようとしても難しく、通常は本人にとって不快感や前駆感覚(チックが出る前に感じるムズムズ感や違和感など)を伴います。

チックの症状は、疲労、ストレス、興奮、緊張などで悪化することがありますが、リラックスしているときや何かに集中しているときには軽減することもあります。
また、チックの種類や頻度は時間とともに変化し、消失することもあれば、新たなチックが出現することもあります。

運動チック

運動チックは、体の一部または全身の動きとして現れます。
単純なものから複雑なものまで様々な種類があります。

単純運動チック
まばたき、顔をしかめる、首を振る、肩をすくめる、指を鳴らすなど、比較的単純な動きです。
これらは短時間(数ミリ秒から数秒)で終わります。

複雑運動チック
複数の筋肉群が関与する、より複雑な動きです。
例えば、飛び跳ねる、体の特定の部分を触る、他人の動きを真似る(エコプラキシア)、わいせつなジェスチャーをする(コプロプラキシア)などがあります。
これらは単純運動チックよりも長く(数秒から数十秒)続くことがあります。

音声チック

音声チックは、発声器官から出る音として現れます。
こちらも単純なものから複雑なものまであります。

単純音声チック
咳払い、鼻鳴らし、うなり声、奇声、シューという音など、比較的単純な発声です。

複雑音声チック
単語やフレーズを言うチックです。
特定の単語を繰り返す(パリラリア)、他人の言葉を繰り返す(エコーラリア)、わいせつな言葉や社会的に不適切な言葉を発する(コプロラリア)などがあります。
コプロラリアはトゥレット症候群の特徴的な症状の一つとして知られていますが、トゥレット症候群の患者さんの全てに現れるわけではありません。

トゥレット症候群

トゥレット症候群は、複数の運動チックと一つ以上の音声チックが1年以上にわたって持続する場合に診断される、チック症の中でも最も重症なタイプです。
チックの症状は18歳未満に始まる必要があります。
トゥレット症候群の患者さんには、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、強迫性障害(OCD)、不安障害、学習障害などの併存疾患が見られることが多いとされており、これらの併存疾患がチックそのものよりも日常生活に大きな影響を与えることもあります。

チック症の分類は、チックの種類と持続期間に基づいて行われます。

  • 暫定チック症: 運動チックまたは音声チック、あるいはその両方が1年未満で消失した場合。
  • 慢性運動性チック症: 運動チックのみが1年以上にわたって持続した場合。
  • 慢性音声性チック症: 音声チックのみが1年以上にわたって持続した場合。
  • トゥレット症候群: 複数の運動チックと一つ以上の音声チックが1年以上にわたって持続し、18歳未満に始まった場合。

これらの分類は診断や治療方針の決定に役立ちますが、チックの症状は時間とともに変化するため、診断名が変わることもあります。

チック症の原因について

チック症の正確な原因はまだ完全に解明されていませんが、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられています。
現在、最も有力視されているのは、脳の機能的な偏り、特に運動や行動の調節に関わる脳領域(大脳基底核など)と神経伝達物質(特にドーパミン)のシステムにおける機能障害です。

遺伝的要因はチック症の発症に大きく関わっていることが、家族研究や双生児研究から示されています。
チック症やトゥレット症候群の患者さんの血縁者では、チック症や関連する疾患(ADHD、OCDなど)の発症リスクが高いことが知られています。
ただし、特定の原因遺伝子が一つだけあるわけではなく、複数の遺伝子が影響し合って発症リスクを高めると考えられています。

環境要因も発症に関与する可能性があります。
例えば、妊娠中の問題(喫煙、ストレスなど)、周産期の合併症などがチック症の発症リスクを高める可能性が指摘されています。
また、溶連菌感染後に自己免疫反応によってチック症状が悪化することがありますが(PANDAS/PANS)、これはチック症全体の原因としては少数派と考えられています。

心理的・環境的要因はチック症を引き起こす直接的な原因ではありませんが、症状を悪化させたり、特定のチックを誘発したりするトリガーとなり得ます。
ストレス、不安、興奮、疲労などはチックを増悪させる一般的な要因です。
学校や職場でのプレッシャー、人間関係の問題、環境の変化なども影響を与えることがあります。

まとめると、チック症は遺伝的な素因を持つ人が、様々な環境要因や脳機能の偏りの影響を受けて発症すると考えられています。
ドーパミン系の過活動が一因と考えられているため、ドーパミン系の働きを調整する薬が治療に用いられることがあります。

チック症の治療法の選択肢

チック症の治療法は一つではなく、患者さんの年齢、チックの重症度、チックが日常生活に与える影響、併存疾患の有無などに応じて様々な選択肢があります。
すべてのチック症に治療が必要なわけではなく、症状が軽度で本人も周囲もそれほど困っていない場合は、経過観察で十分なこともあります。

治療の目的は、チック症状を完全に消失させることではなく、チックによって引き起こされる苦痛や日常生活への支障を軽減し、QOL(Quality of Life:生活の質)を改善することにあります。

チック症の主な治療法には、以下のものがあります。

  • 経過観察: 症状が軽度で、日常生活に支障がない場合。
    自然に改善することも多いため、無理に治療を行わない選択肢もあります。
  • 心理教育: チック症について本人や家族、周囲の人々が正しく理解するための情報提供。
    病気に対する不安を軽減し、適切な対応を学ぶ上で重要です。
  • 行動療法: チック症状をコントロールするためのスキルを習得する治療法。
  • 環境調整・心理的ケア: ストレス軽減、学校や職場での配慮、不安や抑うつへの対応など。
  • 薬物療法: チック症状を軽減するために薬を使用する治療法。

これらの治療法は単独で行われることもありますが、多くの場合、複数の治療法を組み合わせて行われます(集学的治療)。
特にトゥレット症候群のように併存疾患が多い場合は、それぞれの疾患に対する治療も同時に行う必要があります。

薬物療法以外の治療法

チック症の治療において、薬物療法は有効な選択肢の一つですが、最初に行われる治療法であるとは限りません。
特に子供のチック症では、まず薬物療法以外の方法が試されることが多いです。

行動療法(ハビットリバーサル法など)

行動療法は、チック症状をコントロールするための具体的な技術を習得することを目的とした治療法です。
中でも「ハビットリバーサル法(Comprehensive Behavioral Intervention for Tics: CBITの一部)」は、チック症に対する有効性が科学的に示されている行動療法です。

ハビットリバーサル法は、主に以下の要素から構成されます。

  • チックの気づき(Awareness Training): 自分がどのようなチックを持っているか、どのような前駆感覚(チックの前に感じる違和感など)があるかを正確に認識する訓練です。
    チックの発生パターンを観察し、記録することもあります。
  • 拮抗反応の訓練(Competing Response Training): チックが出そうになったときに、そのチックを行うことと同時に行うことができない、別の行動(拮抗反応)を行う訓練です。
    例えば、まばたきチックの場合は、目を大きく開ける、首振りのチックの場合は、首をまっすぐに保つ、といった反応を意識的に行います。
    これにより、チックの衝動を抑えたり、チックの発生を遅らせたりすることを目指します。
  • 機能的介入(Function-Based Interventions): チックを悪化させる特定の状況や環境因子を特定し、それらに対処する方法を学びます。
    例えば、特定の状況でチックが増えることに気づいたら、その状況を避ける、あるいはその状況に対する考え方を変えるといった対応を考えます。

ハビットリバーサル法は、訓練を重ねることでチック症状の頻度や強度を減らす効果が期待できます。
特に、自分のチックや前駆感覚をある程度認識できる年齢の子供や大人に有効とされています。
専門のセラピストの指導のもとで行うのが一般的です。

環境調整と心理的ケア

チック症の症状は、環境要因や心理状態に影響を受けやすいことが知られています。
そのため、環境調整や心理的な側面へのアプローチも治療において重要です。

  • ストレスの軽減: 過度なストレスはチックを悪化させる要因の一つです。
    学校や家庭、職場でのストレスを特定し、それらを軽減するための工夫を行います。
    リラクゼーション法(深呼吸、筋弛緩法など)を学ぶことも有効です。
  • 疲労の管理: 睡眠不足や過労もチックを悪化させることがあります。
    規則正しい生活を心がけ、十分な休息をとることが重要です。
  • 学校や職場での配慮: チック症状のために学業や仕事に支障が出ている場合、学校の先生や職場の同僚・上司にチック症について理解してもらい、必要な配慮(例:発表時の代替手段、休憩時間の調整など)を得ることが、本人の苦痛を軽減し、QOLを向上させる上で非常に重要です。
  • 併存疾患への対応: チック症にはADHD、OCD、不安障害、抑うつなどが高率に併存します。
    これらの併存疾患がチックそのものよりも患者さんの苦痛や機能障害の原因となっていることも少なくありません。
    併存疾患に対する適切な診断と治療(行動療法、薬物療法など)を行うことは、チック症全体の治療において極めて重要です。
  • 心理的サポート: チック症状があることによる自尊心の低下、対人関係の困難、いじめなど、心理的な問題が生じることがあります。
    カウンセリングや心理療法を通じて、チック症と共に生きる上での困難に対処し、自己肯定感を高めるサポートを行います。

これらの非薬物療法は、チック症の患者さんがチックと上手く付き合い、より快適な日常生活を送るために重要な役割を果たします。
多くの患者さんでは、薬物療法とこれらの非薬物療法を組み合わせて行うことが、最も効果的なアプローチとなります。

チック症の薬物療法について

チック症の治療において薬物療法が選択されるのは、チック症状が重度で、日常生活(学業、仕事、社会生活、対人関係など)に大きな支障をきたしている場合や、患者さん自身がチックによって強い苦痛を感じている場合です。
薬はチックそのものを治すものではなく、症状の頻度や強度を軽減することを目的として使用されます。

薬物療法を始めるかどうかは、医師が患者さんの症状の程度、年齢、併存疾患、他の治療法(行動療法など)の効果、患者さんや家族の希望などを総合的に判断して決定します。
薬物療法を開始する場合も、一般的には低用量から開始し、効果や副作用を見ながら慎重に調整していきます。

薬物療法が必要とされるケース

具体的に以下のような場合に薬物療法が検討されます。

  • チック症状が非常に頻繁または強度で、本人にとって制御が困難である場合
  • チックが原因で、学業、仕事、趣味などの活動に集中できない、あるいは参加が難しい場合
  • チックが原因で、友人や家族との関係に問題が生じている場合
  • チックが原因で、身体的な痛み(例: 首振りのチックによる首の痛み)や怪我が生じている場合
  • チック症状自体が本人にとって強い苦痛や恥ずかしさの原因となり、自尊心の低下や引きこもりにつながっている場合
  • 行動療法などの非薬物療法を試したが、十分な効果が得られなかった場合
  • 併存疾患(ADHD、OCD、不安障害など)に対する治療を行っても、チック症状が十分に改善しない場合

ただし、薬物療法には副作用のリスクも伴うため、薬のメリット(チック症状の軽減によるQOL向上)とデメリット(副作用)を十分に検討し、患者さんや家族と話し合った上で慎重に決定する必要があります。
特に子供の場合、成長や発達への影響も考慮しなければなりません。

チック症で使用される主な薬の種類

チック症の薬物療法では、主に脳内の神経伝達物質、特にドーパミンの働きを調整する薬が用いられます。
これは、チック症の原因としてドーパミン系の機能異常が関与していると考えられているためです。

使用される主な薬の種類は以下の通りです。

抗精神病薬(ドーパミン受容体遮断薬)

抗精神病薬は、脳内のドーパミンD2受容体を遮断することで、ドーパミンの働きを抑制する作用があります。
これはチック症状の軽減に有効であることが示されています。
かつては定型抗精神病薬が主に使用されていましたが、近年は非定型抗精神病薬が副作用のプロファイルから優先されることが多くなっています。

リスパダール(リスペリドン)

非定型抗精神病薬の一つで、チック症の治療薬として広く使用されています。
ドーパミンD2受容体だけでなく、セロトニン受容体にも作用します。
比較的低用量でチックに効果を示すことがあります。
主な副作用としては、眠気、体重増加、倦怠感、錐体外路症状(後述)、プロラクチン値上昇による生理不順や乳汁分泌などが挙げられます。
特に子供では体重増加に注意が必要です。

エビリファイ(アリピプラゾール)

非定型抗精神病薬の一つで、ドーパミンD2受容体の部分アゴニストとして作用します。
これはドーパミンの働きが過剰な場合には抑制的に、不足している場合には促進的に働くという特徴を持ちます。
この作用機序から、錐体外路症状などの副作用が比較的少ないとされています。
チック症にも使用され、特に子供や青年期での使用が増えています。
主な副作用は、アカシジア(じっとしていられない落ち着きのなさ)、不眠、吐き気、頭痛などがあります。
他の抗精神病薬と比較して体重増加やプロラクチン値上昇のリスクは低い傾向があります。

セレネース(ハロペリドール)

定型抗精神病薬の一つで、主にドーパミンD2受容体を強く遮断します。
チック症状に対する効果は高いとされていますが、錐体外路症状や遅発性ジスキネジア(不随意運動が持続する副作用)などの副作用のリスクが高いため、近年は他の薬で効果が不十分な場合や、重症例に限定して使用されることが多くなっています。
副作用としては、錐体外路症状(筋固縮、振戦、アカシジア、ジストニアなど)、眠気、口渇、便秘、プロラクチン値上昇などが高頻度で起こり得ます。

α2受容体作動薬

α2受容体作動薬は、脳内のノルアドレナリン系の働きを調整する薬です。
ノルアドレナリンもチック症に関与している可能性が指摘されています。
抗精神病薬と比較してチック症状に対する効果は穏やかであるとされていますが、副作用が比較的少ないため、特に子供のチック症や軽症から中等症のチック症に第一選択薬として使用されることがあります。
また、チック症によく併存するADHD(注意欠陥・多動性障害)の症状(不注意、多動性、衝動性)にも効果を示すことがあるため、ADHDを併存している患者さんにも有用です。

カタプレス(クロニジン)

α2受容体作動薬の一つで、チック症の治療薬として使用されます。
脳の特定の領域でノルアドレナリンの放出を抑制することで効果を発揮すると考えられています。
主な副作用としては、眠気、倦怠感、口渇、血圧低下(特に立ちくらみ)、徐脈(脈が遅くなる)などがあります。
これらの副作用は用量に依存し、通常は服用開始から数日で軽減することが多いですが、眠気は持続することもあります。
血圧や脈拍に影響するため、心血管系の疾患がある場合には慎重な使用が必要です。
急な中止により血圧が上昇するリバウンド現象が起こる可能性があるため、中止する際には医師の指示のもと徐々に減量する必要があります。

その他(バルプロ酸など)

上記以外の薬がチック症の治療に用いられることもあります。
例えば、抗てんかん薬であるバルプロ酸(デパケンなど)が、一部の患者さんのチック症状に有効である可能性が報告されています。
バルプロ酸は脳内のGABAという抑制性の神経伝達物質の働きを高める作用や、電位依存性ナトリウムチャネルに作用する作用などがあります。
しかし、チック症に対する効果は抗精神病薬ほど確立されておらず、副作用(眠気、吐き気、体重増加、肝機能障害、膵炎など)や妊娠可能な女性への使用上の注意(催奇形性リスク)などもあるため、他の薬で効果がない場合などに検討されることがあります。

また、チック症そのものを直接治療する薬ではありませんが、併存疾患であるOCDや不安障害に対して選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ薬が、ADHDに対してメチルフェニデートやアトモキセチンなどのADHD治療薬が使用されることがあります。
これらの併存疾患の症状が改善することで、間接的にチック症状が軽減することもあります。

薬の作用機序

チック症に使用される主な薬は、脳内の神経伝達物質のバランスを調整することで効果を発揮します。
特に、運動調節に関わる大脳基底核におけるドーパミンやノルアドレナリンといった神経伝達物質の機能異常がチック症の発症に関わっていると考えられています。

  • 抗精神病薬: これらの薬(リスペリドン、アリピプラゾール、ハロペリドールなど)は、脳内のドーパミンD2受容体に結合することで、ドーパミンの過剰な伝達を抑制します。
    ドーパミンの働きを抑えることで、不随意運動であるチックの頻度や強度を軽減すると考えられています。
    非定型抗精神病薬の中には、ドーパミン系だけでなくセロトニン系など他の神経伝達物質系にも作用するものがあり、これが定型抗精神病薬との効果や副作用の違いに関わっているとされています。
  • α2受容体作動薬: クロニジンなどの薬は、主に脳の青斑核という部位にあるα2受容体に作用し、ノルアドレナリンの放出を抑制します。
    ノルアドレナリン系の活動がチック症の発症や増悪に関与していると考えられており、その働きを穏やかにすることでチック症状を軽減すると考えられています。
    また、α2受容体はシナプス前終末にも存在し、ここでノルアドレナリンの放出を自己調節するフィードバック機構に関わっています。

これらの薬は、脳内の複雑な神経回路網に作用し、チック症状を引き起こす脳の過活動を抑えることで効果を発揮します。
しかし、脳の機能は個人差が大きく、チック症の原因も多様であるため、特定の薬が全ての人に同じように効果を示すわけではありません。
どの薬が有効かは、実際に試してみないと分からないことも多いです。

薬物療法の効果と注意点

チック症の薬物療法は、適切に使用されればチック症状を大幅に軽減し、患者さんのQOLを改善する上で非常に有効な手段となり得ます。
しかし、薬の効果や副作用には個人差があり、いくつかの注意点があります。

薬の効果が出るまでの期間

チック症の薬の効果は、通常、服用を開始してから数週間から数ヶ月かけてゆっくりと現れます。
効果がすぐに現れるわけではないため、すぐに効果がないからといって自己判断で中止せず、医師の指示通りに服用を続けることが重要です。

医師は、一定期間(通常は数週間)服用を続けた後に、チックの頻度や強度、日常生活への影響がどの程度改善したかを評価し、薬の効果判定を行います。
必要に応じて、薬の量を増やしたり、別の種類の薬に変更したり、他の薬を併用したりといった調整を行います。

主な副作用と対応

チック症の薬物療法で使用される薬には、様々な副作用が現れる可能性があります。
副作用の種類や程度は薬によって異なりますが、主なものとしては以下のようなものが挙げられます。

  • 眠気・鎮静: 特に抗精神病薬やα2受容体作動薬で起こりやすい副作用です。
    日中の眠気は学業や仕事に影響を与える可能性があるため、服用時間を調整したり、用量を減らしたりすることで対応します。
  • 体重増加: 特に非定型抗精神病薬で起こりやすい副作用です。
    長期的な健康リスク(糖尿病、脂質異常症など)につながる可能性があるため、定期的に体重を測定し、必要に応じて食事指導や運動指導を行います。
    薬剤の変更を検討することもあります。
  • 錐体外路症状: ドーパミン受容体遮断作用が強い薬(特に定型抗精神病薬や一部の非定型抗精神病薬)で起こりやすい副作用です。
    • ジストニア: 筋肉が持続的に収縮し、体がねじれたり、特定の姿勢になったりします(例: 首が曲がる、目が上を向くなど)。
    • アカシジア: じっとしていられず、体を動かさずにはいられない落ち着きのなさ。
    • パーキンソニズム: 手足の震え、筋肉の固縮、動作が遅くなる、表情が乏しくなるなど、パーキンソン病に似た症状。
    • 遅発性ジスキネジア: 長期にわたる薬物療法後に現れる不随意運動で、口をもぐもぐさせる、舌を突き出す、手足が勝手に動くなどの症状が出ます。
      一度出現すると治療が難しい場合があります。
    これらの錐体外路症状が現れた場合は、速やかに医師に相談が必要です。
    用量調整や薬剤変更、あるいは抗パーキンソン病薬などの副作用軽減薬の併用で対応します。
  • 循環器系の副作用: α2受容体作動薬(クロニジンなど)では血圧低下や徐脈が起こることがあります。
    特に立ちくらみには注意が必要です。
    抗精神病薬の一部でも心電図異常(QT延長など)が報告されています。
    定期的な血圧測定や心電図検査が必要となる場合があります。
  • 代謝系の副作用: 一部の抗精神病薬は、血糖値や脂質の値に影響を与え、糖尿病や脂質異常症のリスクを高めることがあります。
    定期的な血液検査でチェックが必要です。
  • ホルモン系の副作用: 一部の抗精神病薬は、プロラクチンというホルモンの値を上昇させることがあります。
    これにより、生理不順、無月経、乳汁分泌、男性では性機能障害などが起こる可能性があります。
  • 精神的な副作用: 不安、抑うつ、イライラなどが起こる可能性もゼロではありません。

副作用が現れた場合は、必ず医師に相談しましょう。
自己判断で薬を中止したり、量を調整したりすることは危険です。
医師は、副作用の種類や程度に応じて、薬の量の調整、他の薬への変更、あるいは副作用を抑えるための薬の処方などを検討します。
副作用の多くは、用量を調整することで軽減したり消失したりします。

薬物療法の開始と中止の判断

薬物療法を開始するかどうかの判断は、チック症状の重症度、患者さんの苦痛の程度、日常生活への影響を総合的に評価して行われます。
先述の通り、軽症の場合は経過観察や行動療法などが優先されることが多く、薬物療法は重症例や他の治療法で効果が不十分な場合に検討されます。

薬物療法を開始した場合、薬の効果と副作用を定期的に評価しながら、最適な薬の種類と量を見つけていきます。
チック症状が十分にコントロールされており、副作用も許容範囲内であれば、その状態を維持します。

薬を中止するかどうかの判断も慎重に行われます。
チック症状が長期間にわたって安定している場合や、自然に症状が軽減してきた場合、あるいは副作用が強く出てしまい継続が困難な場合などに中止が検討されます。
中止する際も、症状のリバウンドや離脱症状を防ぐために、医師の指示のもと徐々に薬の量を減らしていくことが重要です。
急な中止は、かえってチックが悪化したり、予期せぬ副作用が出現したりするリスクがあります。

特に子供の場合、チック症は成長とともに自然に改善することが多い疾患です。
そのため、薬物療法を開始した場合でも、定期的に薬の必要性を見直し、症状が落ち着いているようであれば減量や中止を試みることが一般的です。

子供と大人のチック症の薬物療法の違い

子供と大人では、チック症の薬物療法の考え方や注意点が異なります。

子供のチック症は、多くの場合、思春期にかけて症状のピークを迎え、成人期には自然に軽快あるいは消失することが期待できます。
そのため、子供のチック症治療では、薬物療法は必要最低限にとどめ、行動療法や環境調整などを優先することが多いです。
薬を使用する場合も、長期的な成長や発達への影響、特に脳の発達への影響を考慮し、より副作用の少ない薬を低用量から開始することが一般的です。
α2受容体作動薬(クロニジンなど)が比較的よく使用されるのは、抗精神病薬と比較して副作用が穏やかであること、またADHDの併存が多い子供に有用であるためです。
抗精神病薬を使用する場合でも、非定型抗精神病薬が定型抗精神病薬よりも好まれる傾向にあります。
子供に対する薬の使用は、必ず小児神経科医や児童精神科医といった専門医の管理のもとで行われる必要があります。

一方、大人のチック症は、小児期から継続している場合と、成人期に発症した場合(成人期発症チック症)があります。
大人のチック症は、症状が固定化している場合や、併存疾患(不安障害、抑うつ、OCDなど)がより複雑に絡み合っている場合があります。
社会生活や仕事への影響も大きくなりやすいため、薬物療法がより積極的に検討されることもあります。
大人の場合も、抗精神病薬やα2受容体作動薬が使用されますが、子供と比較して使用できる薬の種類や用量の選択肢が広がる場合もあります。
ただし、成人期発症のチック症は、他の神経疾患や精神疾患の症状として現れている可能性も考慮し、慎重な診断が必要です。
また、大人の場合も、行動療法や心理的なアプローチは依然として有効な治療法です。

年齢に関わらず、薬物療法を開始する際は、患者さんの全体的な健康状態、服用中の他の薬との相互作用、生活スタイルなどを考慮し、個々の患者さんに最適な治療計画を立てることが重要です。

チック症は治る?自然経過について

チック症は、症状が出現したり軽減したりを繰り返しながらも、時間とともに自然に改善していく傾向がある疾患です。
特に小児期に発症したチック症は、多くの場合、思春期にかけて症状のピークを迎えますが、その後は徐々に軽快し、成人期にはチック症状が完全に消失したり、大幅に軽減して日常生活への支障がほとんどなくなったりする人が多いことが知られています。

研究によると、小児期にチック症と診断された患者さんの約半数から3分の2は、成人期までにチック症状が消失するか、非常に軽度になることが示されています。
トゥレット症候群と診断された比較的重症なケースでも、成人期にはチック症状が軽快する例が多く見られます。

チック症の自然経過に影響を与える要因としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 発症年齢: 若い年齢(特に6〜8歳頃)で発症したチック症は、思春期以降に改善しやすい傾向があります。
  • チックの重症度: 症状が重症であるほど、成人期まで症状が持続する可能性が高くなりますが、それでも多くのケースで軽快が見られます。
  • 併存疾患: ADHDやOCDなどの併存疾患がある場合、チック症状の改善が遅れたり、成人期まで症状が持続したりする傾向があると言われています。
  • 遺伝的要因: 家族に重症なチック症やトゥレット症候群の方がいる場合、本人も症状が持続しやすい可能性があります。

ただし、自然経過はあくまで傾向であり、個々の患者さんによって異なります。
成人期になってもチック症状が持続し、治療が必要となるケースも存在します。
重要なのは、チック症が時間とともに変化する可能性がある疾患であることを理解し、症状に応じて適切な治療やサポートを受けることです。
チック症状が軽快しても、ストレスや疲労などで一時的に再発することもあります。

自然経過による改善が期待できる疾患であるからこそ、特に子供のチック症では、安易に長期的な薬物療法に頼るのではなく、行動療法や環境調整といった非薬物療法を優先的に検討し、必要最低限の期間、最小限の用量で薬物療法を行うことが推奨されます。

チック症の診断と相談先

チック症かもしれないと感じたり、子供や家族にチック症状が見られる場合は、適切な診断とアドバイスを受けるために専門機関に相談することが重要です。

医療機関を受診する目安

以下のような場合は、医療機関を受診することを検討しましょう。

  • チック症状が始まり、心配である場合
  • チック症状が長期間(数週間以上)続いている場合
  • チック症状が頻繁になったり、強くなったりしてきた場合
  • チック症状によって、学業や仕事、日常生活に支障が出ている場合
  • チック症状によって、本人や家族が精神的な苦痛を感じている場合
  • チック症状に加えて、不注意、多動性、衝動性、強迫的な行為や思考、不安、抑うつなどの症状が見られる場合
  • チック症状が突然始まり、以前には見られなかった場合(他の神経疾患の可能性も考慮)

医療機関を受診する際は、チック症状がいつ頃から始まったか、どのようなチックが見られるか、頻度や強さはどうか、どのような時に悪化するか・軽減するか、チック以外の気になる症状はあるか、これまでの病歴や家族歴などを整理して伝えると、診断がスムーズに進みます。
可能であれば、チック症状を動画で撮影しておくと、医師が症状を把握しやすくなります。

相談できる専門機関(精神科、小児神経科など)

チック症の診断や治療は、専門的な知識と経験を持つ医師が行います。
主に以下の専門科が考えられます。

  • 精神科: チック症は神経精神疾患の一つであり、精神科医はチック症やトゥレット症候群、およびそれに併存しやすい精神疾患(ADHD、OCD、不安障害、抑うつなど)の診断と治療を専門としています。
    特に思春期以降の患者さんや、併存疾患の治療が必要な場合に適しています。
  • 小児精神科: 子供の精神疾患を専門とする科です。
    子供のチック症や発達に関する問題を総合的に診察・治療します。
  • 小児神経科: 子供の神経系の疾患を専門とする科です。
    チック症は脳機能の異常に関連するため、小児神経科医も診断・治療を行います。
    特に、他の神経疾患との鑑別が必要な場合などに適しています。
  • 脳神経内科: 成人の神経系の疾患を専門とする科です。
    成人期発症のチック症や、他の神経疾患との鑑別が必要な場合に相談できます。

どの科を受診すべきか迷う場合は、かかりつけ医に相談したり、地域の精神保健福祉センターや児童相談所などに問い合わせてみるのも良いでしょう。

診断は、主に詳細な病歴聴取と問診、医師によるチック症状の観察に基づいて行われます。
チックの重症度を評価するために、イェールチック重症度尺度(Yale Global Tic Severity Scale: YGTSS)などの評価スケールが用いられることもあります。
血液検査や画像検査(MRIなど)は、他の疾患を除外する必要がある場合や、特定の併存疾患が疑われる場合に行われることがあります。

チック症の診断を受けた後は、医師と相談しながら、患者さんの状態に最も適した治療方針(経過観察、行動療法、環境調整、薬物療法など)を立てていくことになります。
一つの専門科だけでなく、必要に応じて複数の専門家(医師、心理士、作業療法士など)が連携して治療にあたる「集学的アプローチ」が重要となります。

チック症の薬に関するよくある質問

チック症に効く薬は?

チック症の症状を軽減させる効果が期待できる薬はいくつかありますが、チック症そのものを完全に治す薬はありません。
主な薬としては、抗精神病薬(リスペリドン、アリピプラゾールなど)やα2受容体作動薬(クロニジンなど)があります。
これらの薬は、脳内の神経伝達物質の働きを調整することで、チックの頻度や強度を減らすことを目指します。
どの薬がその人に最も効果的で、副作用が少ないかは個人差が大きいため、医師と相談しながら適切な薬を見つけていく必要があります。

チックに効く精神薬は?

チック症状の治療に用いられる精神薬には、主に抗精神病薬があります。
これは、チック症が脳内のドーパミン系の機能異常と関連していると考えられているため、ドーパミン受容体を遮断する作用を持つ抗精神病薬が効果を示すことがあるからです。
非定型抗精神病薬(リスペリドン、アリピプラゾールなど)が、副作用の観点から第一選択薬として使われることが多いです。
これらの薬は、もともと統合失調症などの精神疾患の治療薬として開発されましたが、低用量でチック症状の改善にも有効であることが分かっています。

チック症を抑える方法はありますか?

チック症を完全に抑える(消失させる)万能な方法はありませんが、症状を軽減させたり、チックと上手く付き合ったりするための方法はいくつかあります。
治療法としては、チック症状をコントロールするための行動療法(ハビットリバーサル法など)、チックを悪化させる環境要因やストレスを軽減する環境調整、そしてチック症状が重度の場合には薬物療法があります。
また、十分な睡眠や休息をとる、ストレスを管理する、規則正しい生活を送るといった日常生活での工夫も、チック症状の安定に役立つことがあります。
重要なのは、一人で抱え込まず、専門家に相談し、ご自身やご家族に合った方法を見つけることです。

チック症は精神障害ですか?

チック症は、DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では「神経発達症群/神経発達障害群」の中に分類されており、「精神障害」というよりは「神経発達症(障害)」として捉えられることが多いです。
これは、脳機能の発達に関連した障害という側面が強調されているためです。
ただし、チック症の診断や治療は精神科医や小児精神科医が行うことが多く、精神科領域で扱われる疾患の一つであることは間違いありません。
また、チック症にはADHD、OCD、不安障害、抑うつなどの精神疾患が併存しやすいことも、精神科との関連が深い理由です。
病気に対するスティグマ(偏見)を避けるため、最近では「神経発達症」という用語が使われることが増えています。

【まとめ】チック症の薬物療法は専門医との連携が鍵

チック症は、不随意な運動や発声(チック)が現れる神経精神疾患です。
症状の重症度や日常生活への影響に応じて、経過観察、行動療法、環境調整、そして薬物療法など、様々な治療選択肢があります。

薬物療法は、チック症状が重度で日常生活に大きな支障をきたしている場合に有効な手段となり得ます。
主に脳内のドーパミンやノルアドレナリンの働きを調整する抗精神病薬やα2受容体作動薬が使用されます。
これらの薬はチック症状の頻度や強度を軽減する効果が期待できますが、効果が出るまでに時間がかかったり、様々な副作用が現れたりする可能性があるため、慎重な使用が必要です。

特に子供のチック症は自然に改善する傾向があるため、薬物療法は必要最小限にとどめ、行動療法などを優先することが多いです。
大人のチック症では、症状が固定化している場合や併存疾患が多い場合など、より積極的に薬物療法が検討されることもあります。

チック症の治療において最も重要なのは、患者さんの状態を正しく評価し、一人ひとりに最適な治療計画を立てることです。
薬物療法の開始、用量調整、中止の判断は、必ず精神科医、小児精神科医、小児神経科医といった専門医の指示のもとで行う必要があります。

チック症でお悩みの方やそのご家族は、まずは専門機関に相談し、適切な診断とアドバイスを受けることから始めましょう。
専門医としっかり連携を取り、チックと上手く付き合いながら、より良い生活を送ることを目指していくことが大切です。

免責事項: 本記事は情報提供を目的としており、医学的なアドバイスを代替するものではありません。
チック症の診断や治療に関する決定は、必ず専門の医師と相談の上で行ってください。

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