身体表現性障害とは?原因不明の症状はなぜ起こる?知っておきたいこと

身体表現性障害とは、医学的な検査や画像診断などによって身体的な異常や病気が見つからないにもかかわらず、様々な身体の症状に苦しみ、日常生活に支障が出ている状態を指します。
ご本人にとっては、実際に感じている症状であり、そのつらさや苦痛は非常に現実的なものです。
なぜ症状が現れるのか原因が分からず、周囲の理解も得られにくいため、さらに大きな苦しみを抱えることも少なくありません。
この記事では、身体表現性障害の症状、考えられる原因、診断、治療法、そして周囲の接し方について詳しく解説します。
ご自身や大切な方が身体の不調に悩んでおり、その原因がはっきりしない場合に、この情報が少しでもお役に立てれば幸いです。

身体表現性障害は、過去の診断基準(DSM-IVなど)で使用されていた名称です。
この診断群に分類されていた疾患は、様々な身体症状が中心となり、医学的な疾患では十分に説明できないという特徴を持っていました。
しかし、「身体表現性障害」という名称は、「身体の症状を表現しているだけ」という誤解を招きやすく、ご本人が感じる身体的な苦痛を軽視しているかのように受け取られる可能性が指摘されていました。

国際的な診断基準であるDSMは改訂が進み、最新版であるDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では、「身体表現性障害」という名称は使用されなくなりました。
その代わりに「身体症状症および関連症群(Somatic Symptom and Related Disorders)」という新たな診断群が設けられ、その中に含まれる疾患の一つとして「身体症状症(Somatic Symptom Disorder)」が定義されました。

この名称変更の背景には、診断の焦点を「医学的に原因不明であること」から、「苦痛を感じる身体症状が存在し、その症状やそれに対する考え方、感情、行動に異常なほど多くの時間やエネルギーが費やされていること」に移した点があります。
つまり、症状の原因がはっきりしないことそのものよりも、ご本人がその症状をどのように捉え、感じ、それに対してどのような行動をとるか、そしてそれが生活機能にどの程度影響しているかに重点を置くようになったのです。

身体症状症の診断では、必ずしも医学的な原因が全くないことだけを条件とするのではなく、医学的な疾患がある場合でも、症状のつらさやそれに対する反応が、医学的な所見からは予測される程度を超えている場合に診断されることがあります。
この新しい考え方により、身体症状に苦しむ人々に対するより適切な理解と支援を目指しています。

身体表現性障害の主な症状【具体例】

身体表現性障害、現在の身体症状症では、非常に多様な身体症状が現れる可能性があります。
これらの症状は、特定の器官系に限らず、全身の様々な部位に現れることが特徴です。
そして多くの場合、これらの症状は医学的な検査を行っても、症状を十分に説明できる身体的な病気や異常が見つかりません。
ご本人は強い苦痛を感じ、日常生活(仕事、学業、社会活動、対人関係など)に大きな支障をきたすことがあります。

具体的な症状は、以下のようなものがあります。

身体表現性障害の運動に関する症状

運動に関する症状は、身体の動きや機能に影響を与えるものです。
これらは神経系の病気と似た症状を示すことがありますが、医学的な原因が特定されない点が異なります。

  • 麻痺: 体の一部や全身の力が入りにくくなる、または全く動かせなくなることがあります。例えば、突然足が麻痺して立てなくなる、手が動かせなくなるといった症状です。
  • 歩行障害: 足を引きずる、ふらつく、特定の歩き方しかできなくなるなど、歩き方に異常が現れます。
  • 失声: 声が出なくなる、またはかすれ声しか出せなくなります。話そうとしても声帯が震えず、ささやき声のようになることがあります。
  • けいれん: 意識はあるまま、手足や体が突然不規則に動くことがあります。てんかん発作と似ていますが、脳波検査などでてんかん特有の波形が見られないなどの違いがあります。
  • チック: 不随意に体がピクついたり、顔をしかめたり、特定の音を出したりする症状です。
  • 協調運動障害: 体の動きがぎこちなくなる、細かい作業が難しくなるなど、体の協調性が失われることがあります。

これらの運動に関する症状は、神経内科などで詳細な検査が行われ、神経系の病気が除外された後に身体症状症の可能性が検討されることになります。

身体表現性障害の感覚に関する症状

感覚に関する症状は、触れる、感じる、見る、聞くといった五感や体の内部感覚に関連するものです。

  • 痛み: 体の様々な部位に慢性的な痛みが現れます。腰痛、頭痛、腹痛、手足の痛みなど、部位や性質は様々です。痛みが長期間続き、鎮痛剤が効きにくい場合もあります。
  • しびれ: 手足や体の一部がしびれる、感覚が鈍くなる、またはピリピリとした異常な感覚が生じることがあります。
  • 触覚・温覚・痛覚の異常: 触れた感覚が過敏になったり、逆に鈍くなったりします。熱さや冷たさ、痛みを異常に強く感じたり、全く感じなかったりすることもあります。
  • 視覚の異常: 視野が狭くなる(求心性視野狭窄)、物が二重に見える、ぼやける、一時的に目が見えなくなるなどの症状が現れることがあります。
  • 聴覚の異常: 聞こえが悪くなる(難聴)、耳鳴りがする、特定の音だけが聞こえにくくなるといった症状が現れることがあります。
  • めまい: ぐるぐる回るようなめまい、ふわふわしためまい、立ちくらみなどが頻繁に起こることがあります。

感覚に関する症状も、脳神経外科や耳鼻咽喉科、眼科などで器質的な病気が除外された後に診断が検討されます。
ご本人は実際にその感覚を感じており、痛みの場合は特に、客観的な証拠がないことがさらなる苦痛につながることがあります。

身体表現性障害のその他の身体症状

運動や感覚以外にも、様々な体のシステムに関連する症状が現れることがあります。

  • 消化器症状: 吐き気、嘔吐、腹痛、下痢、便秘、食欲不振、胃のもたれなど、消化器系の不調が慢性的に続きます。過敏性腸症候群と似た症状を呈する場合もありますが、症状に対する過度な心配やこだわりが特徴的です。
  • 循環器・呼吸器症状: 動悸、胸痛、息切れ、呼吸が浅くなる、過呼吸などの症状が現れます。パニック障害の症状と似ていることもあります。
  • 疲労感: 強烈な疲労感や倦怠感が持続し、体を動かすことが億劫になります。休息しても回復しないことが多く、日常生活に大きな支障をきたします。
  • 皮膚症状: かゆみ、じんましん、特定の部位の発疹のように見える症状などが現れることがありますが、皮膚科的な原因が見つからない場合です。
  • 性機能に関する症状: 性欲の低下、勃起障害、性交痛など、性機能に関する悩みが身体症状として現れることがあります。
  • その他: 頻尿、発汗異常、喉のつかえ感(ヒステリー球)、嚥下困難(飲み込みにくい)など、多岐にわたる症状が見られます。

これらの症状は、内科や専門科で様々な検査を行っても原因が特定されず、「異常なし」と言われることが多くあります。
ご本人は症状に苦しんでいるにもかかわらず、周囲から「気のせいだ」「大げさだ」などと受け止められ、さらに孤立感を深めてしまうケースも見られます。
身体症状症では、症状そのもののつらさに加え、症状に対する強い不安や恐怖、症状について過度に考え続けたり、頻繁に医療機関を受診したりといった「認知」「感情」「行動」の側面に焦点が当てられます。

身体表現性障害の考えられる原因

身体表現性障害(身体症状症)は、単一の原因で発症するものではありません。
生物学的な要因、心理的な要因、社会的な要因など、様々な要素が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
特定の病気のように「これさえ治せば全て解決する」といった単純なものではなく、多角的な視点からの理解とアプローチが必要です。

身体表現性障害とストレスの関係

心理的なストレスは、身体症状症の発症や悪化に深く関わっていると考えられています。
人は、ストレスを感じると、心だけでなく体にも様々な反応が現れます。
例えば、緊張するとお腹が痛くなったり、強い不安を感じると動悸がしたりといった経験は多くの人が持っています。
身体症状症の場合、このような心と体の結びつきがより顕著に現れ、慢性化しやすいと考えられます。

  • 心理的ストレス: 対人関係の悩み、仕事や学業でのプレッシャー、家庭内の問題、将来への不安など、様々な種類の心理的ストレスが症状の引き金となることがあります。特に、長期間続く慢性的なストレスや、自分ではコントロールできないと感じるストレスは影響が大きいと考えられます。
  • トラウマ体験: 過去のつらい出来事(虐待、事故、災害、大切な人との死別など)が、身体症状として現れることがあります。心の傷が癒えないまま、体の不調という形で表面化することがあります。
  • 感情の抑圧: 自分の感情、特に怒りや悲しみ、不安といったネガティブな感情を表現することが苦手な人、あるいは感情を抑圧しがちな人は、その感情が身体症状として現れやすいという考え方もあります。言葉で表現できない感情が、体の痛みや不調という形で「表現される」と捉えることもできます。

ストレスが身体に与える影響のメカニズムとしては、ストレスホルモンの分泌や自律神経系のバランスの乱れなどが関与していると考えられています。
これにより、特定の神経経路や筋肉、内臓などに影響が出て、身体症状として認識される可能性があります。

身体表現性障害のその他の原因因子

ストレス以外にも、以下のような様々な要因が身体症状症の発症に関与していると考えられています。

  • 性格傾向: 完璧主義、几帳面、真面目で責任感が強い、心配性、他者の評価を気にしやすいといった性格傾向を持つ人が、身体症状にこだわりやすかったり、ストレスをため込みやすかったりすることが関連する可能性があります。また、自分の体の小さな変化にも過敏に反応しやすい傾向(身体化傾向)も関与していると言われます。
  • 幼少期の体験: 幼い頃に病気がちであった、親が病気に対して過度に心配する傾向があった、家族の中に慢性的な病気を持つ人がいたといった経験が、自身の健康や病気に対する過度な関心を形成し、身体症状症のリスクを高める可能性があります。また、幼少期の逆境体験(虐待など)も関連が指摘されています。
  • 環境要因: 社会的な孤立、サポートシステムの不足、困難な家庭環境、文化的な背景なども影響を与える可能性があります。特定の文化圏では、心理的な苦痛が身体症状として表現されやすい傾向があると言われています。
  • 生物学的要因: 近年の研究では、脳機能の偏りや神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリンなど)のバランスの乱れ、痛みを処理する脳の機能異常などが関連している可能性も指摘されています。ただし、これらが直接的な原因なのか、あるいは結果として生じているのかはまだ研究段階です。
  • 学習・強化: 身体症状を示すことで、周囲からの関心や配慮が得られた、あるいはつらい状況から一時的に逃れることができたといった経験が、無意識のうちに症状を維持・強化してしまう可能性もあります(行動主義的な視点)。

このように、身体表現性障害の原因は一つに絞ることはできません。
個人の体質、性格、育ってきた環境、現在の状況など、様々な要素が複合的に影響し合って発症すると理解することが重要です。

身体表現性障害の診断基準

身体表現性障害は、前述のように現在ではDSM-5において「身体症状症」という名称で診断されます。
診断は精神科医や心療内科医といった専門医が、時間をかけた丁寧な問診や診察、様々な医学的検査の結果を踏まえて行います。
診断は複雑であり、症状が他の医学的な病気によるものではないことを慎重に確認する必要があります。

DSM-5における身体症状症の診断基準の基本的な考え方は以下の通りです(簡略化して説明しています。正式な診断は専門家にお任せください)。

  1. 苦痛を伴う身体症状が1つ以上存在する: 具体的な身体の症状があり、それがご本人にとって苦痛である、または日常生活に大きな支障をきたしていること。症状は一つだけでなく複数ある場合も多いです。
  2. 症状またはそれに対する健康上の懸念に関連した過度な思考、感情、または行動: 以下の項目のうち、少なくとも一つが存在すること。
    • 症状の深刻さについて不均衡で持続的な思考を抱くこと。
    • 健康または症状について持続的に高度な不安を感じること。
    • これらの症状または健康上の懸念に対して、過度な時間およびエネルギーを費やすこと。
  3. 身体症状が医学的な病気と関連しているか否かに関わらず、苦痛な身体症状やそれに関連する過度な思考、感情、行動が持続的であること: 通常6ヶ月以上持続している場合に診断が検討されます。ただし、個々の症状が継続的に現れるわけではなく、症状の種類が時間とともに変化する場合もあります。

重要な点は、診断基準の2番目の項目で示されているように、症状そのものだけでなく、その症状に対する「認知(思考)」「感情」「行動」といった心理的な側面が診断の核となることです。
例えば、軽い身体の不調でも「これは重大な病気のサインだ」と過度に心配したり、異常に頻繁に医療機関を受診したり、症状のことばかり考えて他のことが手につかなくなったりといった状態が含まれます。

診断プロセスでは、まず内科や他の専門科で身体的な病気の可能性を徹底的に調べ、症状の原因となる医学的な病気がないことを確認します。
その上で、問診を通じて症状の詳細、症状が現れる状況、症状に対するご本人の考え方や感情、日常生活への影響、過去の病歴やストレス要因などを詳しく聞き取ります。
標準化された心理検査や質問票が用いられることもあります。

身体症状症の診断は、ご本人の苦痛を理解しつつ、安易に「気のせい」と片付けたり、逆に過剰な医療行為を行ったりすることなく、適切な治療や支援につなげるために非常に重要です。

身体表現性障害と他の疾患との違い

身体症状症の診断において重要なプロセスの一つは、症状が他の病気によるものではないことを鑑別することです。
特に、症状が似ている他の心身の疾患との違いを理解することは、適切な診断と治療のために欠かせません。

身体表現性障害と自律神経失調症の違い

「自律神経失調症」は、自律神経(呼吸、心拍、血圧、消化などの体の機能を自動的に調整する神経)のバランスが乱れることによって起こる、様々な身体症状の総称として用いられることが多い言葉です。
医学的な診断名としては曖昧な場合もあり、様々な症状(めまい、動悸、頭痛、倦怠感、発汗異常、胃腸の不調など)を指す広い概念として使われます。

身体症状症と自律神経失調症は、どちらも医学的な検査で明確な異常が見つかりにくい身体症状が現れる点で共通しています。
しかし、両者には重要な違いがあります。

比較項目 身体症状症(旧:身体表現性障害) 自律神経失調症(広義)
診断の焦点 苦痛な身体症状と、それに対する過度な認知、感情、行動に焦点 自律神経のバランスの乱れとそれに伴う身体症状
症状への反応 症状への強いこだわり、不安、過度な医療機関受診、症状中心の生活 自律神経の乱れによる症状そのものがつらい
原因 生物心理社会的な複合要因(ストレス、性格、環境、脳機能など) ストレス、生活習慣の乱れ、気候変動など、自律神経への影響
DSM-5での位置づけ 「身体症状症および関連症群」に含まれる正式な診断名 正式な診断名ではない場合が多い(症状の総称として用いられる)
苦痛の本質 症状そのものの苦痛に加え、症状に対する考え方や不安が強い苦痛 主に症状そのものによる身体的な不調感やつらさ

身体症状症では、自律神経失調症で見られるような症状も現れますが、診断の決め手となるのは、症状があることだけでなく、その症状に対するご本人の「過度な反応」があるかどうかです。「この症状は重病のサインに違いない」「症状のせいで何もできない」といった強い不安や信念を持ち、それが原因で日常生活が著しく制限されている点が身体症状症の特徴と言えます。

身体表現性障害と適応障害の違い

適応障害は、特定の明確なストレス(例:職場の人間関係、引っ越し、離婚、病気の診断など)に反応して生じる、心身の症状や行動の障害です。
ストレス因にさらされてから通常3ヶ月以内に症状が現れ、ストレス因がなくなると症状が改善するのが特徴です。
症状としては、抑うつ気分、不安、心配、いらいら、不眠といった精神症状や、身体の痛み、倦怠感といった身体症状が現れることがあります。

身体症状症と適応障害は、どちらもストレスが発症のきっかけとなることがある点で共通しています。
しかし、以下のような違いがあります。

比較項目 身体症状症(旧:身体表現性障害) 適応障害
原因 複合的な要因が絡むが、特定のストレス因が明確でない場合も多い 特定の明確なストレス因が存在する
症状の発現 ストレスとは直接関連しない身体症状も含む。症状が持続的・固定化しやすい ストレス因に対する反応として現れる。ストレス因消失で改善傾向
診断の核 苦痛な身体症状と、それに対する過度な認知、感情、行動 ストレス因に対する心身の反応とその苦痛
持続期間 通常6ヶ月以上 ストレス因消失後、通常6ヶ月以内(例外あり)

適応障害の場合、ストレスの原因を取り除くことが症状改善の重要な鍵となります。
一方、身体症状症では、ストレスが誘因となることはありますが、症状そのものやそれに対する過度な反応が一旦固定化すると、ストレス因がなくなっても症状が続くことがあります。
また、身体症状症では、特定のストレス源が見当たらない場合でも発症することがあります。

身体表現性障害は精神疾患か?

結論から言うと、身体表現性障害(現在の身体症状症)は精神疾患に分類されます。
DSM-5においても、「身体症状症および関連症群」は精神疾患の診断群の一つとして明確に位置づけられています。

これは、身体症状症が「気のせい」で済まされる病気であるという意味では全くありません。
ご本人が感じる身体的な苦痛は紛れもない事実です。
しかし、病気の本質が、身体的な異常だけではなく、身体の症状に対するご本人の「捉え方」「感じ方」「振る舞い」といった心理的・行動的な側面に深く根ざしていることから、精神医学的なアプローチが必要な病気として分類されています。

精神疾患であると聞くと、「心が弱いからだ」「精神的に問題があるからだ」といった否定的なイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、身体症状症は個人の意志や性格の弱さによって引き起こされるものではありません。
脳の機能異常、ストレスへの脆弱性、過去の経験、環境要因など、様々な要素が複雑に影響し合って生じる病気です。
精神疾患であるという分類は、その病態を理解し、適切な精神医学的治療(心理療法、薬物療法など)や支援につなげるために行われるものです。

ご本人やご家族が「精神疾患」という言葉に抵抗を感じることもあるかもしれませんが、これは病気の性質を正確に捉え、適切な専門家の助けを得るための第一歩であることを理解することが大切です。

身体表現性障害の治療法と治癒について

身体表現性障害(身体症状症)の治療は、単に身体症状を消すことだけを目的とするのではなく、ご本人の苦痛を軽減し、日常生活や社会生活の機能を回復させることを目指します。
そのため、様々なアプローチを組み合わせた包括的な治療が行われます。
治療には時間がかかることもありますが、適切な治療と支援によって多くの患者さんで症状の改善や生活機能の回復が見込まれます。

身体表現性障害の治療アプローチ

治療は、精神科医や心療内科医が中心となり、必要に応じて臨床心理士、作業療法士、理学療法士など、多職種の専門家と連携して行われることがあります。
主な治療アプローチは以下の通りです。

  • 心理療法: 身体症状症の治療において、心理療法は非常に重要な柱となります。
    • 認知行動療法(CBT): 身体症状に対する過度な不安や破局的な考え方(例:「この痛みは重病のサインだ」)、それに基づいた行動(例:頻繁な受診、活動の回避)に焦点を当て、より現実的で健康的な考え方や行動パターンに変えていくことを目指します。症状そのものを消すのではなく、症状に対する反応を変えることで苦痛を軽減し、日常生活の機能を回復させる効果が期待できます。
    • 身体指向性心理療法: 体験や感情が身体感覚とどのように結びついているかに焦点を当てる療法(例:ソマティック・エクスペリエンシングなど)が有効な場合もあります。
    • 支持的精神療法: ご本人の苦痛に寄り添い、病気への理解を深め、安心して治療に取り組めるようにサポートする療法です。
  • 薬物療法: 身体症状症そのものを直接的に「治す」薬はありませんが、併存する精神症状や特定の身体症状に対して薬物療法が有効な場合があります。
    • 抗うつ薬: うつ病や不安障害を併発している場合に有効です。また、一部の抗うつ薬は痛みの感覚を調整する作用があり、慢性的な痛みに有効な場合があります。
    • 抗不安薬: 強い不安やパニック症状がある場合に一時的に使用されることがありますが、依存性のリスクがあるため慎重に用いられます。
    • 鎮痛薬: 痛みが強い場合に処方されることがありますが、身体症状症の痛みは通常の鎮痛薬が効きにくいことも多く、他の治療法と併用されることが一般的です。
  • リハビリテーション: 症状によって体の機能(歩行、運動など)が低下している場合に、理学療法士や作業療法士によるリハビリテーションが有効です。体の動かし方や痛みの対処法などを学び、活動レベルを徐々に上げていくことを目指します。
  • 心理教育: 身体症状症についての正しい知識をご本人やご家族が学ぶことは、病気への理解を深め、回復に向けた動機付けを高める上で非常に重要です。「気のせいではないこと」「病気の原因やメカニズム」「治療の目的と方法」などを学ぶことで、病気に対する不安が軽減し、治療に積極的に取り組めるようになります。
  • 生活習慣の改善: 規則正しい生活、バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠、ストレスマネジメントなども、心身の状態を整える上で重要です。

治療はこれらのアプローチを単独で行うのではなく、患者さんの症状の種類、重症度、併存疾患、ご本人の希望などを考慮して、個別に tailored(調整)されます。

身体表現性障害における薬物療法

前述の通り、身体症状症を直接的に「治す」特効薬はありません。
しかし、特定の目的のために薬物療法が用いられることがあります。

薬物の種類 使用目的(身体症状症における) 注意点
抗うつ薬 併存するうつ症状や不安症状の軽減。慢性的な痛みの軽減(特にSNRIなど)。 効果が出るまでに時間がかかる(通常2〜4週間)。副作用(吐き気、眠気など)の可能性。医師の指示通りに服用し、自己判断で中止しない。
抗不安薬 強い不安やパニック症状の軽減(一時的な使用)。 依存性のリスクがあるため、原則として短期間の使用にとどめる。眠気やふらつきなどの副作用。
鎮痛薬 痛みの症状が強い場合(一般鎮痛剤、神経障害性疼痛治療薬など)。 身体症状症の痛みには効きにくい場合がある。長期使用による副作用や依存のリスク。専門医の管理下で使用する。
その他 症状に応じて(例:吐き気止め、整腸剤など)。 対症療法であり、根本的な解決にはならない。

薬物療法は、心理療法や心理教育、リハビリテーションといった他の治療法と組み合わせて行われることが一般的です。
薬だけで全ての症状がなくなるわけではないことを理解しておくことが重要です。
薬の種類や用量は、医師が患者さんの状態を慎重に評価した上で決定されます。

身体表現性障害は治るのか?治療期間は?

身体表現性障害(身体症状症)は、「完全に治って二度と症状が出なくなる」という意味での「治癒」を定義するのが難しい病気です。
しかし、多くの患者さんで症状の軽減や、症状があっても日常生活に大きな支障なく過ごせるようになるなど、改善が見込めます
治療の目標は、症状をゼロにすることだけでなく、症状に対するご本人の苦痛を減らし、健康への過度なこだわりから解放され、生活の質(QOL)を向上させることに置かれます。

治療期間は、症状の種類や重症度、発症からの期間、併存する他の疾患の有無、治療への取り組み方、周囲のサポート体制など、様々な要因によって大きく異なります。

  • 比較的軽症の場合や、比較的早期に専門的な治療を開始できた場合は、数ヶ月である程度の改善が見られることもあります。
  • しかし、症状が慢性化している場合や、複数の症状が複雑に絡み合っている場合、あるいは併存する精神疾患がある場合などは、治療に数年単位の時間がかかることも珍しくありません。

身体症状症の治療は、短期的な解決を目指すよりも、長期的な視点に立って根気強く取り組むことが重要です。
症状が良くなったり悪くなったりを繰り返すこともあります。
そのような波があることを理解し、一喜一憂しすぎず、治療を継続していくことが回復への道につながります。

治療の過程では、症状そのものへの対処に加え、病気の原因となっている可能性のある心理的な問題やストレスへの対処法を学んだり、日常生活の過ごし方を見直したりといった取り組みが重要になります。
ご本人だけでなく、ご家族など周囲の理解と協力も回復を後押しする大きな力となります。

身体表現性障害の方への周囲の接し方

身体表現性障害(身体症状症)の方を支える上で、周囲の理解と適切な接し方は非常に重要です。
ご本人は実際に身体的な苦痛を感じており、そのつらさは現実のものです。
「気のせい」で済まされたり、「怠けている」と誤解されたりすることは、ご本人をさらに苦しめることになります。

以下に、身体症状症の方への周囲の接し方のポイントをいくつか挙げます。

  • 症状を否定しない、苦痛に寄り添う: ご本人が訴える身体の症状を「気のせいだ」「たいしたことない」などと否定したり軽視したりしないでください。医学的な原因が見つからなくても、ご本人が感じる苦痛は本物です。「つらいね」「大変だね」など、共感的な言葉をかけ、苦痛に寄り添う姿勢を示しましょう。
  • 安易な励ましやアドバイスは慎重に: 「頑張って」「気合いで乗り越えよう」といった安易な励ましは、ご本人を追い詰めてしまう可能性があります。病気は意志の力でどうにかなるものではありません。また、医学的な知識がないまま、個人的な経験に基づいた治療法や健康法などを勧めるのも避けましょう。
  • 病気について正しく理解する: 身体症状症がどのような病気なのか、なぜ身体症状が現れるのかについて、ご家族など周囲の人も一緒に学ぶことが大切です。病気についての正しい知識は、ご本人への適切なサポートや、不必要な衝突を避ける助けになります。医療機関のスタッフに相談したり、信頼できる情報源(医療機関のウェブサイト、専門家が執筆した書籍など)を参考にしたりしましょう。
  • 過干渉にならない、自立を促す: 症状があるからといって、全てを代わりにやってあげたり、過剰に心配したりすることは、ご本人の自立を妨げる可能性があります。ご本人が自分でできることはできるだけ任せ、活動性を維持できるようにサポートしましょう。
  • 活動の機会を提供する: 症状のために家に引きこもりがちになることがありますが、適度な活動は心身の状態を整える上で重要です。ご本人の体調やペースに合わせて、無理のない範囲で外出や趣味、簡単な家事など、活動の機会を持つことを勧めましょう。
  • 医療機関への受診を勧める際の配慮: ご本人が専門医への受診に抵抗がある場合もあります。責めるような言い方ではなく、「原因が分からず不安だろうから、一度専門の先生に相談してみない?」など、ご本人の不安に寄り添いながら、選択肢の一つとして穏やかに提案しましょう。
  • ご家族自身の心身の健康も大切にする: 身体症状症の方を支えるご家族は、大きな負担を抱えることがあります。一人で抱え込まず、他の家族と協力したり、信頼できる友人や支援機関に相談したりするなど、ご自身の心身の健康も大切にしてください。ご家族が疲弊してしまうと、ご本人へのサポートも難しくなってしまいます。

身体症状症は、ご本人にとっても周囲にとっても理解しにくく、つらい病気です。
しかし、適切な理解と温かいサポートがあれば、ご本人の回復を大きく後押しすることができます。
焦らず、根気強く支え続けていきましょう。

身体表現性障害と難病指定について

身体表現性障害(現在の身体症状症)は、現時点において、日本の指定難病には含まれていません

日本の「指定難病」制度は、治療法が確立されておらず、長期の療養を必要とする疾患のうち、特定の要件(患者数が少ない、診断基準が確立されているなど)を満たすものを対象としています。
指定難病と認められると、医療費助成などの支援を受けることができます。

身体症状症は、ご本人にとって非常に苦痛であり、長期にわたる治療が必要となる場合も多い病気ですが、指定難病の基準を満たさないため、この制度による医療費助成の対象とはなりません。

しかし、指定難病ではないからといって、病気の苦痛や深刻さが否定されるわけではありません。
身体症状症は、精神科や心療内科といった医療機関で、健康保険を適用して診断や治療を受けることができます。
医療費については、通常の医療費負担(原則3割負担)がかかります。

将来的には、身体症状症を含む機能性身体症候群に対する社会的な理解が進み、患者さんへの支援体制が拡充されることが期待されます。
現時点では、利用可能な医療保険制度や、必要に応じて自立支援医療制度(精神通院医療)といった精神疾患に関する医療費の自己負担を軽減する制度の適用が可能かなどを、主治医や医療機関の相談員に確認することをおすすめします。

まとめ

身体表現性障害(現在の身体症状症)は、医学的な原因が十分に説明できない様々な身体症状に苦しみ、その症状やそれに対する考え方、感情、行動によって日常生活に大きな支障をきたす精神疾患です。
頭痛、腹痛、麻痺、しびれ、疲労感など、症状は多岐にわたり、ご本人が感じる苦痛は現実のものです。

この病気は、単一の原因ではなく、心理的ストレス、性格傾向、幼少期の経験、環境要因、生物学的な要因などが複雑に絡み合って発症すると考えられています。
診断は、他の医学的な病気を慎重に除外した上で、身体症状とその症状に対する過度な反応(思考、感情、行動)に基づいて専門医が行います。
自律神経失調症や適応障害など、症状が似ている他の疾患との鑑別が重要です。

身体症状症の治療は、単に症状を消すだけでなく、ご本人の苦痛を軽減し、生活の質を向上させることを目指します。
認知行動療法などの心理療法が中心となり、必要に応じて症状を和らげるための薬物療法やリハビリテーションなどが併用されます。
心理教育によって病気への理解を深めることも重要です。
治療には時間がかかる場合が多いですが、適切な治療と根気強い取り組みによって、多くの患者さんで改善が見込めます。

ご本人だけでなく、ご家族など周囲の理解とサポートは、回復のために不可欠です。
症状を否定せず、ご本人の苦痛に寄り添い、病気について正しく学び、無理のない範囲で活動を支援することが大切です。

身体症状症は、指定難病ではありませんが、医療機関で適切な診断と治療を受けることができます。
ご本人やご家族が一人で抱え込まず、精神科や心療内科といった専門機関に相談することを強くお勧めします。
専門家の助けを借りながら、病気と向き合い、回復への道を歩んでいきましょう。

免責事項: この記事は身体表現性障害(身体症状症)に関する一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療の推奨ではありません。個別の症状や状態については、必ず医療機関を受診し、専門医の診断と指導を受けてください。この記事の情報によって生じたいかなる結果についても、筆者および発行元は責任を負いかねます。

  • 公開

関連記事